第11話 スキルの罠
何かがおかしい。単なるドジにしても度が過ぎている。そう確信したオレは、ミランダと真っ向から対峙した。切り立った崖の上。そこそこの高さがあり、全身に吹き付ける風も、どこか不吉なものに感じられた。
「じゃあミランダ、話し合いといこうか」
「それは構わないのですが、なぜこの様な場所なのですか?」
「ここなら魔獣に包囲される心配はないだろ」
「その代わり、見つかれば絶体絶命なのですが……」
「そん時は正面突破だ。さぁ手早く終わらせてしまおう」
オレが要求したのはステータス画面で、彼女に備わる能力だった。だが、個人情報をガッツリと眺めるのは気が引ける。見られたくない項目だってあるだろう。考えあぐねた結果、彼女自身に読み上げてもらう事にした。
「では参りますね、スリーサイズは上から92、65……」
「ちょっとミランダさん!?」
「何でしょうか。特に詐称していませんが」
「本当だ……って、そうじゃない! オレが知りたいのはスキル欄だよ」
「あぁ、そうでしたか。失礼しました」
「一体何だと思われてんだ、オレは……」
少しハプニングはあったものの、すぐに目的の達成を迎えた。彼女は回復魔法中級と、錬金術の初級を会得しているようだが、そこは大して問題じゃない。これまでの動きからも明らかな事実だ。
問題は別のスキルにある。
「えっと、運命のイタズラ……って何?」
「これは私が治療師となる際に課せられたスキルです。聞く所によれば、やたらと不運に見舞われるのだそうで」
「なんだそれ、呪いそのものじゃねぇか」
「とんでもない、神は試練を与えるもの。この労苦を糧として、いつしか大輪の華が開き、多大なる幸福を授けてくれるのです」
ミランダが握りこぶしを胸元に添えた。物事をポジティブ全開で解釈すれば、そんな結論になるのだろう。
「労苦ってレベルを超えてる気がするんだが……」
「それと、常に悪いことばかり起きるとは限りません」
「それはここ数日を振り返って言ってるんだよな?」
「もちろんです。私はフェリックさんと運命的に知り合えました。貴方のような高潔な方とお近付きになれた事は、何物にも勝る幸運なのです」
そんなセリフを笑顔で言われたら、もう負けだ。これ以上追求しようがない。
それに、マイナス面を考慮してもミランダは優秀だった。レベル12の治療師で魔力特化型。現場判断も的確で、回復や補助魔法は存分な効果を発揮し、危険な戦闘を有利に進める事が出来ている。
むしろ、貧弱でろくなスキルのないオレこそが糾弾されるべきだった。
「この際だから白状するけど、オレの職業はホームレスなんだ」
「そうだったのですか? 本来なら私が救うべきお方に救われてしまうだなんて。修行が足りていませんね」
「その辺は関係性がややこしくなるから忘れよう。そんなわけで、オレは超絶弱い。見ろよこの無惨なステータスを!」
オレは恥を承知で全てをさらけ出した。いつの間にかレベルが6にまで上がっていたのだが、体力がほんのり増えただけで、おおよそが初期値のままだ。スキルだって酷いもんで、挨拶とオトモダチ初級が際立って仕方ない。
こんなオレと冒険を共にだなんて、鼻で笑われても仕方ないと思う。
「すまん。オレってやつは、こんなモンなんだ」
「そうですか。ステータスの割には鋭い動きをしていると思いますよ」
「多分ケティのお陰だろ。それよりも、嘲笑ってくれて構わないんだぞ?」
「とんでもない! どのようなご身分であれ、フェリックさんは頼れるリーダーですもの」
「ミュウミュ!」
「お、おうよ。ありがとう……」
意図せず傷口を舐めてもらえた。悪い気はしないが、問題解決まで道半ばだ。
「せめてオレがもう少し強くなれればなぁ。そしたら戦闘も楽になるんだが」
「失礼ですが、振り分けはいかがされてますか?」
「振り分けって?」
「ええと、レベルアップをすると能力値にポイントを加算できるのですが……ご存知なかったと?」
その問いには頷くしかなかった。そもそもレベルアップしていた事にも気付けていなかった訳だし。
「まぁ、あれだ。加算ってのは今でも出来るんだよな?」
「えぇもちろん。振り分けは自体は、時と場所を選びません」
「じゃあ、早速やってみようかな」
付与されたポイントは10ほどある。これを使えばオレでも多少は強くなれるのか。
振り分け先は筋力に体力、素早さ器用さと並び、最後に知力の5項目だ。迷う気持ちはあるものの、オレの役割は前衛なのだから、やはり筋力に振るべきだろう。
「よし決めた。筋力に10ポイント入れちゃおう……!?」
数値を振り分け、決定しようとした瞬間、身体に異変を覚えた。胸が、いや上半身が苦しい。やがて布でも裂ける音が聞こえるなり、ふっと身軽な心地になった。
「どうしたんだ、オレ?」
「フェリックさん。急に筋力を増やすと、服のサイズに困る事になりますよ」
「えっと、まだ決定してないんだが……」
「仮決定でも数値を割り振ると、結果の姿を示してくれるんです。分かりやすくて助かりますね」
「もしかして、素早さに振り分けたら?」
「ズボンが破けてしまうかと」
無しだ、無し。上半身はまだ許せるにしても、下半身が裸とか完全にNGだろ。それは贔屓目に見たって途方も無いヘンタイじゃねぇか。
「じゃあ体力かなぁ、知力に振っても仕方ないし、器用さもピンと来ないし」
「体力に振ると生命力に溢れるみたいです。なので、その……」
「どうしたの?」
「な、な、何でもありません!」
ミランダは顔を両手で覆ってしまった。頬だけでなく耳まで真っ赤だ。つまり、そういう系統の結果が現れるらしく、振り分けは断念せざるを得なかった。オレはヘンタイじゃない訳だし。
「そんじゃあ振り分けは、服とか準備した上でやらなきゃならんと。面倒くさっ」
「ならばスキルを育ててはいかがでしょう? 多めにポイントを消費しますが、有用ですよ」
「いや、挨拶とか伸ばしても意味ないだろ」
「ならば新スキルの解放です。5ポイント消費で、空きスロットに新たな能力が宿ります」
「それは何を習得するか、事前にわからないのか?」
「全ては女神様のお導きです」
なぜだろう、ミランダには悪いが不吉な気分にさせられた。それでも、何らかの戦闘技能が追加されれば心強いし、拒む理由だって無い。とりあえず1つ試しに解放してみたんだが。
「ええと、チームワーク初級? なんか微妙なもんが出たな」
「フェリックさん、敵です!」
まるで頃合いを計ったかのように、アシッドロッグが1体現れた。唯一の退路を塞がれた形だ。こちらが身構えると同時に、敵も大口を開いて先手を取ろうとする。
しかしミランダの方が素早く、ミスティックサイトの魔法が発動した。これにて視力を奪われたカエルは、顔を右に左にと向けて困惑するばかりになった。
「ケティ、応援を頼む!」
「ミュウミュ、ミュウミュ!」
「よし貰ったぁ!」
強く踏み込んでの一撃は唐竹割り。頭上からの振り下ろしに追撃など要らず、後には素材だけが残された。
「素晴らしい。さっそく新スキルが役立ちましたね、フェリックさん」
「うん、全く実感がないけど。そうなのか?」
「はい。スキルのおかげでフェリックさんの踏み込みが、普段よりもコンマ2秒早まりました。良かったですね」
「んなもん誤差レベルじゃねぇか!」
もう、どうでもいいや。残りのポイントは全て能力値にドン。これ以降、しばらくの間はスキルに見向きもしなくなったんだが、それも当然の流れだ。
信じられるのは基礎能力だけ。ほんとスキルなんかクソ喰らえだ。
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