第10話 やっぱり楽にならない暮らし

 ミランダを仲間に加えた事で旅の様相は劇的に変化した。3食のメシに心配はなく、怪我をすれば回復魔法だってかけてくれる。その活躍ぶりは治療師の面目躍如といったところだ。


「すごいなミランダ。君のおかげで楽になったよ」


「そうですか。お役に立てたなら幸いです」


「ミュウミュ!」


「うふふ。では今晩は焼き魚にしましょうか」


「あれ。ケティの言葉が分かるのか?」


 テオドールの話じゃ、魔獣と話せる人間は珍しいと言っていたような。


「あ、いえ、その。表情から察したんですよ」


「へぇ。もしかして、魔法職だと理解しやすいとかあるのかな? 魔力が上手いこと作用したり」


「どうでしょうね。不勉強ですみません」


 それきり、ミランダは口数を減らしてしまった。なんだろう。この態度には妙な違和感を覚えた。


 だが実際の所、そんなものは些細な気付きでしかない。これから立て続けに起こる災難に比べれば、有って無い様なものだ。それは魔獣と遭遇したのを契機に判明する。


「初めて見る敵が居るな」


「あれはアシッドロッグです。動きは鈍くても酸を吐くので侮れません」


「ちょうど背中を向けてる。このまま遠ざかろう」


「分かりました」


 オレ達は、でっぷりと太るカエルを睨みつつ、一歩ずつ後ずさった。ゆっくり静かに、急がずに。だがその時、隣では場違いな光景が起きてしまった。


「んキャア!」


 ミランダは裾でも踏んだのか、その場で尻もちを着いて倒れた。


「すみません、失敗してしまいました」


「今ので気付かれた。戦うぞ!」


 剣を抜き放ちつつ最前線に立った。相手は新キャラと言えど1匹のみ。何とか倒せる、と思いたい。


「フェリックさん、酸が来ます!」


「この距離でか!」


 横に駆けながら避けようとする。しかし狙いは正確無比、スネに直撃した。その瞬間、まるで焼きゴテを押し付けられでもしたような感覚に、思わず悶絶して転がった。皮膚の痛みはやがて骨を侵すようになり、激痛から意識が遠のいていく。


「痛い、痛いぃぃ!」


「フェリックさん気を確かに。ヒーリング!」


 そのときミランダの杖先が煌めき、オレの身体はほの青い光に包まれた。足の激痛はスウッと遠のき、傷口も塞がっていた。ただしズボンの裾には大穴が開いており、どれだけの怪我だったのかと思えばゾッとさせられる。


「ともかく。反撃だぞカエル野郎!」


「クケッケ、クケケケ」


「笑ってんなよオイ!」


 足が治ればこっちのもの。鈍重な敵の背後を取るのは簡単だった。無防備な背中。踏み込み、渾身の力で一閃。


 しかしその瞬間、敵の顔がグルリとこちらに向いた。骨格を無視した180度。オレはもう止まれない。破れかぶれで攻撃するのみだ。


「ミュミュッ!」


 そこでケティの蹴りが炸裂。カエルの顔は向

きが変え、酸液があらぬ方へ吐き出された。


「助かったぞケティ!」


 勢いそのままに胴を薙いだ。すると辺りには耳障りな絶叫とともに霞が生じ、やがて素材だけが残された。拳大の皮膚は、ぬめり腹と呼ばれるアイテムだ。指先で摘むなり、すぐさまインベントリへと投入しておいた。


「ふぅぅ。どうにか倒せたな」


「フェリックさん。お怪我は大丈夫ですか?」


「ありがとうミランダ。魔法のおかげで平気みたいだ」


 ミランダが傍まで駆け寄った瞬間、カチリという音を聞いた。途端に足元で魔法陣が生成され、周囲は魔獣で満ちるようになる。


「な、なんだこれ!?」


「すみません。魔獣招集の罠を踏んでしまったようです」


「罠だって!? ダンジョンでもないのに」


「フィールドでも超低確率ながら発生するそうです。一説によると0.01%ほどらしいですが」


「よりにもよってこのタイミングかよ!」


 相対する敵の数は多勢だ。ゴブリンにオニスズメバチ、アシッドロッグと、全部で10体は居るだろうか。包囲は完璧で逃げる隙間もない。かと言って勝てる要素も無かった。こうなれば奥の手にすがるのみだ。


「ここは王都グランディアナ、騒ぎを起こすと衛兵がスッ飛んで来るぜ!」


「ゲッ、ゲロロ!?」


 効果は上々。錯乱したハチとカエルは瞬く間に逃走していった。ただしゴブリンは、困惑したようでも逃げるまでに至らない。


「包囲が解けた、逃げるぞ!」


「はい!」


 隙をついて駆け出すも、さすがに許されはしなかった。7匹が2列並びで猛追を開始した。


「マズイな、このままじゃ追いつかれる」


「魔法をかけます、アクセレーション!」


 その瞬間、身体は綿毛のように軽くなった。もちろん駆け足も速くなり、ゴブリンたちをみるみるウチに引き離していく。


「すげぇ、魔法ってほんと便利だな」


「フェリックさん、油断なさらぬよう。まだ戦闘区域の外に脱していな……へブッ!?」


 まさかミランダ、木の幹に正面衝突し、手足を投げ出して倒れた。これは完全なる気絶というやつだ。


「クソッ。おぶるしかないか」


「ミュミュ?」


「ケティ。応援を頼む、死ぬ気で駆けるぞ」


「ミュッ!」


 それからは逃げに逃げた。倒木やら小川を飛び越し、時には草むらにダイブ。そうして全身が泥だらけになった頃、安全地帯まで到達した。その最中に新手とエンカウントしなかったのは、本当に幸運な事だと思う。


 窮地は脱した。しかし、降って湧いたような災難はこの後もまだまだ続く。日暮れを迎えて、野宿の準備を進めていた時の事だ。


「フェリックさん。寝床の用意ができました」


「すげぇ、草のベッドか。立派なもんだなぁ」


「錬金術の初級を会得していると、こういった暮らしに役立つアイテムを生み出せるのです」


「しかも焚き火まで出来てる。完璧じゃないか」


「はい。炎を嫌う魔獣は多いですから、これで安心して眠れますね」


 素晴らしいなんてもんじゃない。感謝の念とともにフカフカのベッドの上で寝転んでみた。だがその時、瞳に痛むくらいの閃光が煌めいた。


「えっ、今のは雷か?」


「そのようです。雷とくれば……」


 待っていたのは大雨だ。焚き火など瞬時に消え、ベッドも水浸し、せっかくの野営地は台無しになってしまった。仕方なく大木に寄り添い、息を潜めながら夜を明かす事を強いられた。


 それからも、困難はまだ終わらない。


「はぁ、喉渇いたな。どこかに小川でも無いもんか」


「フェリックさん、向こうに泉を見つけました」


「本当か、どれどれ……。ど、毒にかかったんだが」


「ミュミュ?」


「ダメだケティ、飲むんじゃないぞ……」


「大変! キア・ヒール!」


 まだまだ終わらない。


「フェリックさん。行方不明だったケティさんを無事、捕獲しました」


「クマックマ」


「えっ。それはマヒグマの赤ちゃんでは……?」


「グァァアアッ!」


「ヒェッ、お母さんグマの登場だ!」


「ミュウミュ?」


「ケティお前ぇ! 革袋の中で遊んでたのか!」


「フェリックさん、今はともかく逃げましょう!」


「待ってミランダ。赤ちゃんは置いていってーー!」


 このザマだ。森を抜けるどころか、身の安全すら危うい旅が続いた。


 それもこれも、実はミランダに備わるデバフによるものが原因だったのだ。そのマイナス方向にめり込んだスキル、ある意味で呪いめいた性質の脅威は一過性のものではない。


 原因の究明は最早、最優先課題となっていた。

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