第9話 仲間になっちゃいなよ
岩壁から救った少女は名をミランダ、新米の治療師だと言う。歳はオレより少し若く、20歳前なんだとか。だが彼女には申し訳ないが、オレの興味は完全に別の所にある。
鼻を蹂躙する香ばしい薫り。振りかけた塩が踊り狂えばテラテラと光る脂の中へ。こんなもの見せつけられて待つだとか、腹ペコォのオレ達にとって拷問でしかない。
「さぁ出来ましたよ。召し上がれ」
召し上が、のタイミングで鶏モモ肉にかぶりついた。冷ます暇すら惜しくなり、噛みちぎっては舌先を暴れさせ、ハフハフと熱を解放する。焼き加減良し。塩気と脂の味わいは更に良し。ひたすら夢中になって肉をかじり続けた。
隣をチラリと見れば、ケティは苦戦しているようだ。どうやら熱すぎるらしい。一緒になってフウフウと息を吹きかけてやると、相棒もようやく肉にありつけた。口に散々詰め込んでは、くぐもった歓声を上げるようになる。
「まだまだありますから、遠慮なく仰ってくださいね」
口に物を詰め込んだオレ達は、無言で何度も頷いた。今なら山盛りでも食えそうな気がしている。
ミランダは小首を傾げつつ微笑むと、嫌な顔ひとつせず調理を再開した。手にしたのは食材ではなく、なんと魔獣の素材。ゴブリンの爪だとか一見食えそうに無いものを、瞬く間に変化させてしまうのだ。
これが「フードクリエイション」という魔法で、魔力を持つアイテムなら何でも変換出来るとの事。素晴らしいなんてもんじゃない、この力はもはや奇跡そのものだ。
「はぁぁ食った食った。ありがとう、助かったよ」
「とんでもない。私にもう少し技能があれば、もっと手の込んだ料理をご用意出来たのですが」
「良いんだよ。オレだって安い素材しか持ってなかったんだし、そもそも美味かったよ。なぁケティ?」
「ミュウミュッ!」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「ところでさ。ふと気になったんだが、なんで岩の中にめり込んでた? しかも一人きりで」
「ああっ、そうでした! 今、私の仲間たちが窮地に……」
ミランダがそう言いかけた時だ。彼女の言葉を遮るような大声が辺りに響き渡った。そちらに眼をやれば、何者かが指を差す姿が見えた。
「見つけた、ここに居たぞ!」
駆け寄ってくる甲冑姿の女、仲間だろうか。しかしその割には顔が憤怒の形相だ。そう思った時には全てが手遅れだった。
固く握った拳が鋭い軌跡を描き、ミランダの頬をしたたかに殴りつけ、地面に転ばせてしまう。それでも女は足を止めず、追撃の姿勢をとった。事情なんか知らない。しかし見過ごす訳にはいかなかった。
「何だテメェは。邪魔すんなよ、どきな!」
「ふざけんなよ、いきなり何すんだ!」
「アァ? テメェもまとめてブッ飛ばしてやろうか、色男の兄ちゃんよぉ?」
謎の女と対峙して睨み合う。すると、相手の後方から新たに2人現れるのが見えた。
「リーダー、ミランダが居たって本当!?」
魔術師と格闘家風の女だ。恐らくは、この通り魔の仲間だろう。向けられる視線は刺すように鋭く、事態が悪化したのを確信した。最悪、戦闘になるかもしれない。すぐに剣を抜けるよう、利き足を半歩だけ下げた。
「ハンッ。なんだい、アタシらとやる気? 何があったか知らんが、半日足らずで男をたらしこむだなんて、とんでもない性悪女だな」
「ミランダを悪く言うのは止めろ。オレ達は彼女の魔法に助けられただけだ」
「助けられた、ねぇ。コイツに、ねぇ?」
「どんなトラブルがあったかは知らん。だがオレは彼女を守るからな」
「知らないなら教えてやるよ。この女はな、アタシらを罠に嵌めて、皆殺しにしようと企みやがったんだ」
「何だって……?」
とてもじゃないが信じられない。思わずミランダの方を見ると、彼女は這いつくばったままで叫んだ。それは悲鳴にも似た声だった。
「違います、誤解です! 私に悪意などありませんでした!」
「嘘つくんじゃねぇ! 悪気がない割には洞窟の罠を的確に踏んだじゃねぇか。魔獣招集で大軍をおびき出し、落とし穴でチームを分断するとか、狙ったとしか思えねぇだろ」
「しかも当の本人はワープ罠で避難。これ悪質。処刑されても文句は言えない」
「信じてください、わざとではないんです!」
「この期に及んで何を信じろってんだ、クソ女。それよりもだ。切り刻まれる覚悟は出来てんだろうな?」
相手が身構え、剣も抜いた。オレもすかさず剣を構えて相対する。
「どけよ。テメェも仲良く鮮血を散らしたいのか?」
「悪いが恩義にはうるさい方でね。それに……」
脳裏に一瞬だけ、ハンナとローガンの仲睦まじい姿が浮かんだ。
「強いヤツらが、勝手気ままに振る舞うのが大嫌いなんだわ」
「笑わせんなヒョロガリのくせに。おおかた、駆け出しの冒険者ってところだろうが、テメェの旅もここでお終いだな!」
「フェリックさん、逃げてください! 3人を相手に敵うハズがありません!」
悲痛な叫びには頷いて応える。逃げる気はない。なにせオレには秘策があるのだから。
「オレが駆け出しの冒険者だって? バカ言うなよ。ケンカ売る相手を見抜けないだなんて、お前らこそ終わってんぞ」
「何だと? だったら何者だって言うんだ」
「聞いて驚け。オレは村人だ!」
「む、村人だとぉ!?」
3人が一斉に怯んだ。思いの外に効いたらしい。掴んだペースを譲らぬよう、一気に攻め掛かる。
「冒険者が村人を攻撃したらどうなるんだっけ。たしか、街という街に似顔絵を貼り出されて、衛兵と死ぬまで追いかけっこだったかな?」
「ぐ、ぐ、クソが!」
「リーダー、こんなのハッタリだ。村人がこんな深くまで森にやって来る訳がない」
「ほぅ、オレの力をみくびる気か? だったら食らえ!」
空いた左手を掲げて耳目を集める。惹き付けて、惹き付けて。それから万端の気合を充填した手を正面に突き出した。
「ようこそ、ここはレストールの村だ。暴力沙汰はご法度だぜ!」
「こ、この力は……うわぁーーッ!?」
「しっかりしろ、リーダー!」
やたらと毛色ばむ女が膝を屈した。ちょっとやり過ぎたかもしれない。
「この力、本物だ……」
「そ、そんな!」
「お前も聞いたろうが。無駄にハリのある声質、うっとおしい抑揚。ブックマークでしかないセリフをありがたがる小者感。コイツは間違いなく、雑多な村人だ……!」
どうしよう。一発くらいブン殴りたくなる。ミランダの仇とでも叫びながら。
「チッ、仕方ねぇ。もう行くぞお前ら」
「リーダー。おめおめと引き下がんのかよぉ!?」
「こうなりゃ手出しできねぇ。もっとも、治療師の1匹じゃ森を抜けられず、魔獣の餌食になるのが関の山だ。苦しんだ挙げ句に野垂れ死にするシーンを拝めないのは残念だが、それはもう諦めるよ」
その言葉を最後に、リーダー格の女が合図をした。あとの2人は未練を匂わせつつも、結局は同意したらしい。足元に魔法陣を出現させては全員がその場から消失した。ファストトラベル機能を発動させたのだ。
これにて窮地は脱した、しかし後味は良くない。そのせいで辺りには重たい空気が漂い、喉にいがらっぽさが感じられた。
「あの、2度も助けていただき、ありがとうございました。身の危険も顧みず……」
居住まいを正したミランダが深々と頭を下げた。ただし瞳の色は暗く、先行きを見てなどいなかった。痛々しく腫れた頬を治さないのは贖罪(しょくざい)のつもりだろうか。
「これからどうする気だ?」
敢えて問いかけてみる。予想通り、返事は詰まり気味だった。
「はい。どうにかして、最寄りの村まで戻ろうかと」
「辺りは手強い魔獣だらけだぞ。ちゃんと帰れるのか?」
「それは、女神のお導きにすがるしか」
「だったらさ、オレとチームを組んでくれよ。一人旅なんて危険だろ?」
ミランダの顔が弾かれたように持ち上がった。暗雲に染まる瞳に、一筋の光明をとらえている。
「よろしいのですか? 私は決して有能な人間ではありません。それどころか……」
「飯を作れるだろ。しかも回復魔法だって使えるなら、オレ達にとって最高の仲間だよ。なぁケティ?」
「ミュウミュ」
「つう訳だからさ。君さえ良ければ、一緒に旅をしないか?」
差し伸べた手に、おずおずと指先が乗せられる。すると互いの視線が重なり、微笑みが繋がった。
「不才の身ですが、宜しくお願いいたします」
「頼りにしてるからな、ミランダ」
「こちらこそ、フェリックさん」
千載一遇のチャンスを掴んだ瞬間だ。何せ今後は食料に悩まされずに済む。しかも、それ以外にも有用な魔法を使えるんだ。頼もしいなんてものじゃない。人生最高にツイてる日とすら思える程だった。
しかし、物事とは上手くいかないように出来ている。何か問題を解決すれば、決まって新たな問題に直面するものだ。そんな世知辛さを思い知るのに、丸1日さえも必要なかった。
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