第1話 旅立ちは逃亡劇にも似て

 モブ村人。それがオレに与えられた役割だ。その事に疑問なんか抱かない、いや、諦めたという方が正しいか。


 何の潤いも無い人生だ。華々しく戦いもせず、名品名作を生み出す事もなく、ただこうして村の入口に突っ立っている。サボッているのとは違う。オレの仕事は、主人公である勇者御一行に話しかけられたら、村の名前を告げる事なのだから。


 ようこそレストール村へって感じで。


 それにしても思う。打ち捨てられたものってのは哀れで寂しいもんだ。ぼんやり立ち尽くすオレ、昼間から酔っ払うアル中のオッサン、そしてこのゲーム。皆が皆、何かしらに捨てられてしまった存在だ。それが本作の購入者なのか、ゲーム内のキャラかという違いはあるにせよ。


「いつになったら幸せになれるんだか。女神様は、末端のオレなんか見ちゃいないんだろうな」


 空はどこまでも青いのに、出てくるのは愚痴と溜息ばかり。それもこれも、仕事が軌道に乗っていないせいかもしれない。


 ゲームプレイが放棄されたのに合わせて、勇者も救世の旅を中断している。それはオレの存在意義を奪いかねない話で、村名を告げるべき相手とお目にかかれないのだ。たまに誰かが通りがかったと思えば、残念な事に顔見知りだったりする。


「ようこそ、ここはレストール村だぞ」


「知ってるよ。わざわざご苦労」


「村の中じゃ暴力行為は禁止だからな。すぐに衛兵が飛んでくるぞ」


「だからそれも知ってる。こちとら、いつもの納品なんだよ」


 このザマだ。やって来るのは商会の連中ばかり。商店通りへと忙しなく馬車を走らせては、またどこかへと旅立っていく。こんな光景が延々と日暮れまで、それが毎日。


 さっきの様に商隊からあしらわれるのはマシな方で、一番辛いのは待ちぼうけを食らう時間だ。人々があくせくと働く中、ボーーッと1人突っ立っているのは、何ともやるせない気持ちになる。


 ついにオレは堪えきれなくなり、持ち場をフラリと離れた。近くでたむろする酔っぱらいに話しかける為に。


「なぁオッサン。毎日そんな風で辛くないのか?」


「このゲームはなぁ、難易度が高い上にバグが多いんだ。アイテム消失、敵の異常出現とか、色々な」


「プログラムされたルーチンから抜け出そうとは思わないのか? どうせ捨てられたゲームだ、購入者に義理立てする必要も無いだろ」


「未来のゲームなら修正データをネットから受け取れるんだが、残念ながらここは旧型機の世界。後日修正の叶わない孤立したソフトだ。何事も諦めが肝心ってやつだ」


 ダメだ、話が噛み合わない。それに何を言ってるかも微妙に分からん。何だよネットって、知らねぇし。ゲーム内データという存在であっても、やはり酔っ払うと支離滅裂になるんだろうか。どうでも良い事だが。


 それから長い長い体感時間を乗り越えて、迎えた日暮れ。日が落ちる寸前に商店通りへ向かい、村唯一の配給所へとやってきた。閑散とした空気感の中、カウンター越しに職員と向き合い、本日の報酬をいただく。オレのような生産しない村人は、賃金ではなく配給を授かるのがルールだ。


「今日もお疲れさまです」


 受け取る際、自分でも驚くくらいに細い声を出してしまった。


「やぁフェリック。働かずに食う飯の味はどんなものかね?」


 神経質そうな窓口の男は、メガネを直すと同時に蔑んだ。オレも返す言葉が見つからず、肩をすくめて退散するしかなかった。


「別に、好き好んで突っ立ってる訳じゃない。そういう役割なんだよ……」


 帰路は松明に照らされる足元を眺めながら。路地裏をタンタンと歩み、帰宅。3畳間に寝袋とテーブルだけがある質素な部屋だ。年代物の石壁は苔に塗れており、ジメッとした陰鬱な臭いが充満していた。


 晩飯は配給の小麦パンにチーズ、最後にトマトを頬張る。そうすれば後は眠るだけ。ロウソクを吹き消し、月明かりを眺めながら寝袋の中で寝転んだ。


 これがオレの1日だ。この先何日も何年も何百年経っても変わらず、分岐点の無いレールだけが続いている。誰にも感謝されず、認められない日々が、ただ延々と。


「さすがに可哀相すぎないか、オレ!?」


 ようやく気づいた自分の悲惨さ。どうしてこんな目に遭わなきゃならんのか。何の因果で、村八分みたいな扱いを受けなきゃならんのか。


 百歩譲って、罪人であれば多少は理解も出来るが、最初から爪弾き者のポジションに立たされているのだ。不毛で不遇の極地みたいな立ち位置に。


 夜がゆっくりと更けていく。だが眠気は一向に寄り付かず、むしろ胸の内は熱い鼓動が脈を打っていた。


 何かがおかしい、このままで良い訳がない。オレだって幸せになる権利はあるはずなんだ。

たとえ、チョイ役という取るに足らない存在だとしても。


 そう思えば、あとは行動に移すだけだ。要らない荷物をまとめ、日が昇るのを待ってから商店の扉を叩き、家と共に売却。そうして手にしたのは驚くくらい哀れな金額だった。財布が痩せ細った金属音を鳴らす程、お手頃価格で買い叩かれてしまった結果だ。


「まぁ、無理もないか。ボロ屋のうえに小さいもんな」


 だが一応の金にはなった。それを元手に買い求めた武具は、銅剣と革の胸当てのみ。最低限に留めておく。身を守るにはささやか過ぎるが、新品の輝きだけは頼もしく見える。続けて雑貨屋で傷薬と食料を揃えたら買い物もお終いだ。


 それからは村の入口に『よーこそレストール村へ!』との看板を建てた。オレの代役だ。雨風に負けぬよう、しっかりと地面に打ち付けておく。


 これにて準備万端。最後に、全ての締めくくりにと商店通りの端までやってきた。花屋だ。売り物が目当てなのではなく、店番の女性に用があった。


「やぁハンナ。調子はどう?」


「あらフェリック。どうしたの、その格好は?」


「ちょっとね、旅に出ようと思ってさ」


「急な話じゃない。寂しくなるね」


 彼女はオレと幼馴染という設定がある。そのせいか、見慣れた姿でも全てが愛おしく感じられた。


 深紅色の長い髪は後ろ縛り、年季のこもるチュニック、袖や裾から覗く泥だらけの手足。どこにだって飾り気は無いのだが、オレにとっては輝やかしい。これが愛の為せる業、というヤツなんだろうか。


「あのさ、オレ、神託所へ行ってくるよ。何か稼げそうな仕事に就こうと思って」


「ここからじゃ随分遠いんじゃない? 王都まで行かないと」


「そうだな。だから道中は訓練しまくってさ、良い職業に就いたら必ず帰ってくるよ。だから、その時は……ええと」


 オレと結婚してくれ。そう言いたいが、最後のセリフが出てこない。まるで喉を蓋で閉じられたかのようだ。気恥ずかしさと熱意が接戦を繰り広げ、百年間は争った心地にさせられる。


 そんなオレの葛藤を遮るようにして、ハンナがにこやかに口を開いた。


「大変だと思うけど頑張ってね。話は変わるけど、私はもうじき結婚するから」


「えっ、ケッコン!?」


「そうなの。丁度良いから紹介するね。ローガンよ」


 奥からノッソリと現れたのは、年の近い大男だ。だがコイツがなんだという。ハンナは幼馴染だ、横からヒョコッと乗り込んできた奴に渡す訳にはいかない。彼女を幸せにするのはオレであるべきなんだ。


「彼はね、グランディアナ王国の騎士団長なのよ」


「どうもどうも。我が名はローガン・ナイトロード・グランディアナです」


「き、騎士団長……!」


 その言葉に嘘はなさそうだ。首にブラ下がる金細工は騎士勲章。それが誉れであることは庶民のオレでも知っている。麻のシャツから飛び出した腕も丸太のように頑強で、厳しい訓練のあとが垣間見えた。


「だからね、仕事は安定してるし。お給金もすっごいのよ」


「どうもどうも。年収は100万ディナを超えております」


「ひゃ、ひゃくまん!?」


 オレの家を100軒売っても届かない額だ。そんなもんを毎年貰えるとか、とんでもねぇ話だ。


「それに強いもんね。魔獣から助けてくれた時はビックリしちゃった」


「どうもどうも。鍛えてますから、近接戦闘スキルは概ねマスターしております」


「うぅ……やめてくれ。もう分かったから」


 反射的に耳を塞いでしまった。自己紹介だけでこのダメージ。格上の、遥か雲の上の世界を覗き見るだけで、ここまでの痛手を負ってしまうとは。


 そして一片の慈悲すら無く、トドメの大技が繰り出された。


「そろそろ赤ちゃんをって、話してたんだよね」


「どうもどうも。子供だけで小隊を組めるくらい、たくさん授かりたいものですな」


「うわぁぁーー末永くお幸せにィィーーッ!」


 オレは逃げた。涙をあちこちに散らしながら、人々の振り返る姿を無視して村の外へ。そして気づけば、郊外まで一気に駆け抜けていた。


「チクショウ、オレだって幸せになってやる! 絶対だからな!」


 無人の野で独り叫んだ。涙と鼻水の汚れを拭いもせずに。夜逃げするヤツでも、もう少しマシな顔をしているだろう。そう思いはしても、不思議と拭い取る気にはなれなかった。


 この様にしてオレの長過ぎる旅路は、逃亡劇にも似た形で始まった。レベル1の村人で、ロクな装備もスキルもないという、無謀極まる旅が。

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