第37話 共感 or not共感

 風はやや強く、時たま突風。それが粉雪を散らして視界を遮るのだが、偵察する側としては幸運だ。見渡す限りが平坦で、身を隠すとしたら僅かな起伏だけ。もし晴天だったら、オレの姿など丸見えだったに違いない。


「これは本当に女神の加護かもな」


 身を屈め、小高い雪山を経由して近づいていく。足が雪を噛む音さえも風が守ってくれるのだから、ありがたい話だ。


「それにしてもスゲェ数だな。2千超えもデタラメじゃなさそうだ」


 砦はイメージ程大きくなく、そのせいか外側は大量の賊徒でごった返していた。外周の壁の上、門の周辺を固めるのは理解出来る。しかし、警備とは明らかに無縁そうな場所をうろついているのは不思議だった。


「何してんだアイツら。暇なのか」


 手持ち無沙汰で暇を持て余している、というのは予想できたが、それでも不自然だ。何をするでもなく、ただ呆然と雪原に突っ立っているだけなのだから。かと思えば、生気のない足取りでフラフラとさまようばかり。寝ぼけたケティの方が、まだ理知的だとすら思えた。


「魔法で自我を奪われている、とか?」


 既に顔の区別まで確認できる距離だ。だから一層違和感というか、怖気にも近い感覚を覚える。地味なマントに革鎧だけ着込んだ敵は、大体が同じ顔をしていた。顔立ちだけでなく装備も体格も寸分違わない。こんな異常事態は噂レベルでも見聞きした事は無い。


「これは一体どういう事だ……うん?」


 人数の割に不気味な静けさを見せる光景で、一箇所だけ妙な気配を醸し出していた。そちらを注視すれば、壁の一画で暴れる人物が居た。それも尋常な様子ではなく、壁に下半身が埋もれ、上半身を激しく狂乱じみた動きを見せていたのだ。


 拷問か、ひどい事を。初めはそう受け取ったのだが違う。その人物はデタラメに両手や首を動かすと、やがて壁から一歩飛び出し、何事も無かったように歩きだした。そして驚くべき事は、すかさず次の人物が壁に現れた事だ。


 なぜ、どうして。壁が人を生むなど古今東西ありはしない異常事態だ。呆気に取られつつ眺めていれば、ふと脳裏に閃くものがあった。


「もしかして、増殖バグ?」


 他に理屈など思い浮かばない。ただ、魔法による召喚でないのなら、バグだと解釈する他ない。壁から生まれた男達が自我もなくさまようのも、正規の手段でキャラメイクされなかったせいだろう。まるで中身を忘れたかのような肉体は、延々と生み出されては放り出されるばかり。


「まぁ、そりゃそうだわな。本物の勇者でも千人規模の敵と戦えるはずがない。正規のクエストにバグが絡んでるという事になるか」


 そこまで分かれば腹も決まった。マントを顔にまいて変装し、砦に近づいてみる。幸いにも連中と似た様な装備だ。誰かに咎められる事もなく、関門の突破はすんなりと成功した。


 ただし人混みだ。中庭と呼ぶには無骨すぎる空き地に、増殖した賊徒が大勢立ち尽くしており、掻き分ける様にして進む必要に迫られた。


「本当に自我がないのか。オレの事なんか全然見ちゃいないな……」


 目の前を通り過ぎても、立ち止まっても、それこそちょっと小突いても反応がない。覆面から無機質な瞳を露わにし、ただ虚空ばかりを見つめている。ちょっと危ない気もするが、好奇心から話しかけてみる事にした。念のため挨拶スキルを実行させておく。


「ゲッヘッへ。ここは泣く子も黙る雪賊団のねぐらだぜ。死にたくなけりゃとっとと消えるんだな」


 極力、それらしく振舞ってみたがどうだろう。相手はというと、やはり瞳の色合いを変えず、さらに虚空へ顔を向けたまま呟きを繰り返した。


「見本テキスト。ここにセリフを記載してください。文面ルールについては別途最新のファイルより確認する事」


「お、おう兄弟。何を訳わかんねぇ事を」


「作業完了後、校正チームに依頼出しが必須です。必ず適切なプロセスを踏襲してください」


 男は同じ言葉を繰り返し続けた。気味が悪い。しかしバグ化した敵だらけなら、潜入する分には大助かりだ。悪目立ちしないよう動きも真似てみる。


 両手はダラリと下げ、体を左右に揺らしながら歩く。そして5歩も進めば立ち止まり、あらぬ方を凝視してからまた、おもむろに歩き出す。ひどく時間を浪費している気分に苛まれるが、恐らく最も安全な潜入法だった。


「こっからが砦内部か。意外と暗いな」


 石造りの通路は視界不良だ。明かり取りの窓が少ないせいか、日暮れよりも薄暗く、松明の灯りが恋しくなる。しかし灯りを求めるバグ賊徒の姿は見えず、オレもそれに倣(なら)う事にした。身体をユラユラと揺さぶって歩く事しばし。徘徊して盗み見た内部構造は、ある程度把握できた。



 通路の左右に小部屋があり、大体の扉は半開きで、中にはバグ賊徒がギッチギチに密集している。他に壊れた木箱や樽があるくらいで、重要な物が隠されているようには見えない。そして通路に隣接する昇りと降りの階段。どちらからも人の気配は感じられず、また暗さから様子が窺えなかった。


「どうしようか。こういう時、ボスがどこに潜んでいるか。そして、人質をどこに隠しておくのがセオリーか……」


 何となく謎解きに血が騒ぐ。先読みの攻略ってのも何気に楽しいもんだ。


 だからこの時、オレは完全に油断していたと思う。背後から忍び寄る足音を、ただのバグ賊徒だと決めつけていたのだから。


「おいお前。なぜこんな所に居る!」


 肩を掴まれて、強引に振り向かされた。


「えっ。喋った!?」


「うわっ。テメェ喋れんのか!」


 お互いに一歩飛び退く。そして睨みあうのだが、状況の悪さに舌打ちした。言われてみれば他に人の姿は無く、バグ賊徒どもはこの辺りには寄り付きもしないようだ。


 咎めた男は強く警戒している。腰の剣に手をかけ、いつでも斬りかかれる姿勢だ。どうする。戦えば他の連中にも気づかれてしまい、最終的には袋のネズミだ。そうなると選ぶべき手段は1つだけだった。


「えへ、えっへっへ。嫌だなアニキ、怖い顔しないでくだせぇよ」


「笑ってんじゃねぇよ。何モンだ」


「最近仲間にいれて貰ったんでやす。仲良くしてくだせぇよ」


「どうだか……だったら親分に突き出して白黒ハッキリつけてやる」


 まぁそうなるよな。万事休すか。この場を乗り切るには、どうすれば良いか。こいつの気質は、思想は、興味は何か。せめて一瞬の隙を生み出せれば。


「おっと。それはアニキにとっても上手くねぇってもんですよゲヘヘ」


「はぁ? 訳わかんねぇ事言うと腕の一本も切り落とすぞ!」


「いえね、実はオレは知ってるんですよ。とんでもねぇお宝ちゃんとか、豪勢な飯の山に美女の海。その在り処ってやつをね、エッヘッヘ」


「び、美女の海……」


 案外早くかかった。男は生唾を飲み込んで闘気を限りなく減衰させた。もう一押しで落とせそうだ。


「でもねぇ、親分に聞かれちゃあ喋らん訳にはいかねぇや。どうすっかなぁ、分け前はまた、親分が散らかした後にって事になっちまうけどなぁ」


「おい待て」


「まぁオイラも死にたかねぇんでね。滅多な事考えねぇで、ささっと親分に報告してきやすわ」


「待てと言っただろ!」


 男はオレを隅に追いやると、酒臭い息とともに凄んだ。


「報告は少し待て。その前にオレに教えろ、その美女の在り処ってヤツを」


「えぇ、勘弁してくだせぇよ」


「お前の事は黙っててやる、だから先に教えやがれ。報告も2日後くらいにするんだ」


「分かりやしたよ。誰かに聞かれちゃ大変だ。アニキ、もっと近くに」


「こうか?」


 ズイと寄せられる顔、長く伸びる首。ここまで阿呆だと憐れみすら覚えてしまう。


 もちろん宝の在り処など嘘っぱちだ。素早く男の背後に回ると、その首を渾身の力で締め上げた。


「死んだ様に眠れやボケェ!」


「げ、ゲフッ……このヤロウ」


 無防備な相手に長い時間は要らない。ダラリと腕が下がるのを見てから、端っこに敵を隠した。


 それから、何か手がかりがないかと懐を漁ってみる。するとインベントリの中から、ゴミや空き瓶に紛れて真鍮の鍵が眠っていた。ところどころ錆びついており、かなりの年代物のようだ。


「これはどこかの部屋か、それとも宝物庫とか……」


 アイテム名には地下牢の鍵と表示されている。いや別に良いんだけど、親切で助かるんだけど、推理の余地が一切無いというのは脱力物だった。


「そんじゃ降り階段を行きますかっと」


 下の様子を窺いつつ踊り場を数度越える。すると、肌にまとわりつく湿気と共に、1つの大部屋を目の当たりにした。隅で燃え盛る松明が一角をパチパチと照らし出す。頑丈な牢屋、女性のすすり泣く声、そして見張りの男。間違いない、ここに人質が集められているのだ。


 ここで問題となるのは見張りの男。強襲するか、それとも。思案を重ねる事しばし、腹を決めたオレは足音を隠しもせず、牢屋に向かって真っ直ぐ歩き出した。


「誰だ、交代の時間じゃねぇぞ!」


 男が剣に手をかけつつ、松明の光をこちらに向けた。熱気が肌に届くのを感じるなり、オレはそれらしい表情を作った。


「おう兄弟、そうイキるんじゃねぇよ。オイラはちょいと遊びに来ただけなんだから」


「遊びにって……お前!」


 こちらが鍵を見せつけると、男は怯んで後ずさった。


「なにビビってんだ。すぐ戻せばバレやしねぇよ」


「そ、そうか? 兄ィに怒られちまうんじゃねぇか?」


「だったら尚更早く済ませねぇと。お前も楽しみてぇなら急げよ」


「へへ、勿論だぜ。ここは女の匂いが強くってさ、もう辛抱たまらんかったんだ」


 鍵を放り投げると、見張りはまるで宝石でも扱う様に両手で受け取り、鍵穴をまさぐった。ギチリ。耳障りな音とともに錠前が開くのを見て、オレは一気呵成。猛襲した。


「そこまでだボケが!」


「グェ……ェ」


 両手を組み、無防備な首を目掛けてハンマーパンチ。他愛の無い事に、それだけで男は倒れ伏して動かなくなる。おやすみ良い夢を。もし死んでたとしたら、次は真人間でありますように。


 それから牢獄へと足を踏み入れたのだが、やはりというか悲鳴の応酬だった。来ないで、ケダモノだとか、一通りの罵声を頂戴してしまう。暗くてほぼ見えないのだが、人陰や気配からして、大勢の人間が囚われている事も分かった。


「みんな落ち着いてくれ。オレは勇者フェリック。レンパイヤ村から頼まれて来たんだ」


「えっ。本当に? 私たち助かるの?」


「ああそうだ。怪我人は居ないか? 2人くらいまでなら薬で……」


 落ちている松明を拾い、それを牢獄の中へと向けた。だが今度もまた悲鳴が返ってくる。


「やめて、明るくしないで! みんな裸なんです!」


「えっ、すまん。そうとは知らなかった……」


 ほんの一時だけ牢獄内が照らされ、人質の姿が露わになる。確かに一糸まとわぬ姿ではあった。しかし、胸の下から太ももまでは謎の力が作用し、黒い陰で絶妙に隠されている。まるで胴体に筒状の服を着せたようにしか見えず、恥じ入る格好とは思えなかった。


 そこで思い出したのは、ここは全年齢対象のゲーム世界であること。服を脱がしたからといって、裸が拝めるように創造されて居ないのだ。


「勇者様、そこの木箱に布があると思います。それで隠しますので」


「わ、分かった。ちょっと待っててくれ」


 言われるままに牢獄の外、箱や樽を漁って布を調達した。程よいサイズ感に割いてから手渡せば、それが衣服扱いとなり、女性陣から黒い筒は消失した。



「その格好の方がよっぽど恥ずかしいじゃないか……」


 急ごしらえの服が醸し出す際どさに、オレはつっこまずには居られなかった。やはり年頃の女性というのは良く分からん、ここの荒くれ者の方がよっぽど分かりやすいのに。そう思いはしても、口をつぐんでおいた。


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