第38話 離脱の奇策
囚われの女性たちは、身体よりも心の消耗が激しかった。僅かばかりの布を身に着け、それで気分を持ち直した者も居たが、放心状態に陥るのも少なくない。年の頃は成人女性が大半だが、10代の子もチラホラと見える。彼女たちの心の傷を癒やす薬までは、さすがに用意をしていなかった。
「そうか。話を総合すると、まともに動き回る賊は10人くらいしか居ないと」
問いかけに、1人の女声が頷いた。疲労を色濃く見せてはいるが、意思の明確な強い瞳が印象的だ。
「ここのリーダー、幹部と言えそうな男が3人。あとは取り巻きが6、7人くらいだと思います」
「そうか。それが理由だったのか」
「何の話ですか?」
「気にしないでくれ、ささやかな疑問が解消しただけだ」
レンパイヤを襲撃した人数の少なさはこれが原因のようだ。実質、10人ちょいの規模でしかなく、ミランダの予感は的中していたという事になる。
それを振り返れば、上辺だけの数値に踊らされた自分は愚かだった。クレバー。幾度となく求められてきた冷静な思考は、いまだに身についく気配も無い。
「聞いてよ勇者様、アイツらったら酷いのよ!」
聞き込みを続ける内、他の女性も喋りだした。怨みつらみのせいか、口ぶりは極めて饒舌だ。
「村から奪った食べ物で毎晩のように宴を開いて、そこに裸の私達を並べて……そして……!」
「あぁ、喋りにくい事は伏せてくれて構わないぞ」
「今夜もケツ祭りだ、とか叫びながら、延々と私達のお尻を叩きまくるのよ! もう信じられない!」
「ケツ祭り……!」
「本当にどうかしてるわよね。あそこまでお尻に執着するなんて、正気を疑うわ」
「正気を……!」
なぜかオレまで詰られた気分に苛まれる。まるで見えないナイフで滅多刺しにでもされた様な。
「そもそも騎士団だって酷いわよね。私達が助けを求めたのに、数が多すぎるとか言って見捨てたもの」
「ほんと頼りないよね。普段から偉そうにしといて、肝心な時には役立たずなんだもん」
「弱い者の気持ちなんか考えてくれない。私達が辛くても、彼らには関係ないから」
「普段は威張り散らして大口叩くくせに。意気地が無いのなら、御大層な剣など捨ててしまえば良いのです」
「あら勇者様、どうしました?」
「いや、うん、気にしないでくれ」
間接的な口撃が痛い。大口叩いたのも、ビビって見捨てようとしたのも、先日のオレと重なるものがある。
「ねぇみんな。今は愚痴なんか忘れて、脱出の方法を話さない?」
それだ。気分変えとミッション達成には、その話題が必要不可欠だ。
「話し合う前に聞きたいんだが、この中で戦える奴は居るか?」
答えはノー。皆が皆、極普通の婦女子だった。武器があるならともかく、丸腰では戦力として期待が持てない。そもそも戦闘行為を頼むにはコンディションも悪すぎた。
「強行突破するにしても、全部オレが倒さなきゃならんか。敵の方がずっと多いんだがな」
オレが先導すれば背後が守れない。逆に殿(しんがり)として留まり、彼女たちを逃がそうとすれば、前を塞がれた時に掴まってしまう。
どうしたもんか。手数の不足が厳しく、名案が閃く様子もない。そんな最中、更に要望が積み上げられてしまう。
「ねぇ勇者様。アタシ達も戦いたいよ」
「何言ってんだ。戦闘経験が無いんだろ?」
「でも、このまま逃げ帰るのは嫌なの。ここで浴びせられた屈辱は、この先ずっと付いて回るわ。だったら、些細な事でも戦闘に関わりたいの。ダメかな……?」
「無茶言うなよ。悪いが、君らは何の役にも……」
その時、閃くものがあった。そうだ、彼女たちを足手まといと考えるから、作戦が成り立たないんだ。1つの戦力として計算し直せば、確かな光明が見えてくる。
「みんな、聞いてくれ。こんな作戦はどうだ」
全員で顔を寄せ、事細かに説明していく。一通り話し終えるた所、反応は様々だった。
「それ、本当に上手くいきますか?」
「やってみなきゃ分からん。だが、一番勝算の高い案だと思う」
「危険じゃないかしら。普通に逃げた方が……」
「それだと完全に運任せだ。全員を無事に帰す保証もできない」
「面白そうじゃない。アタシはやるからね!」
血気盛んな1人が立ち上がり、高らかに宣言した。握り拳からは並々ならぬ決意が見て取れる。
「勝手に決めないでリノア。皆は戸惑ってるから」
「だったらアタシ1人でも構わない。それにね、ミレーナのブサイクなお尻じゃ全然役に立たないし」
「ブサイクじゃない。形にしろ柔らかさにしろ私のが一番」
「どこがよ。吹き出物はあるし、とても見れたもんじゃないわ」
「リノアの垂れたお尻なんか誰も見向きしない」
「垂れてない! それならアマンダの方がよっぽどだらしないわ!」
「ひぇっ! 私を巻き込まないでくださいよ!」
「おいおい。2人とも冷静になってだな……」
ここでヒートアップした両者がオレを鋭く睨む。なんて眼光だ。数々の死線をくぐり抜けたオレを怯ませるとは。
「ねぇ勇者様、アタシを選んでよ」
「ダメ。私のほうが適任。少なくともリノアよりは」
「いや、だから、一回落ち着こうぜ」
「じゃあこうしましょ。勇者様にどっちのお尻が優れてるか確かめてもらうの」
「上等。極楽の果てまで送ってみせる」
「やってごらんなさいよ貧ケツ女」
「それ趣旨が変わってんだろが!」
それから色々とあって、ひとまずオレは騒ぎからの離脱が許された。激高したリノアとミレーナだが、互いの尻をもみ合うという事態に。お前もやるな、そっちこそなという、理解に苦しむ場面を披露しつつも結論はうやむやになる。
そして一同が落ち着きを見せた頃、脱出案は採用された。意趣返し的な逃走劇の幕開けだ。
「ゲッヘッヘ! 今日も良いケツしてるじゃねぇか、たっぷりと愉しませて貰うぜ!」
1階の通路にオレの下卑た声が響く。木箱を挟んだ向こう側には、人質の女性陣が壁に手を着き、腰を折り曲げて並んでいる。
「キャアア! やめてぇーー!」
「リノア、演技にしても酷すぎる。真面目にやって」
「うるさいわね。だったらミレーナがやってみなさいよ」
「イヤァーーッ! 助けて、こんなの無理ィ!」
「うわぁ。顔色ひとつ変えずに、そんな声が出せんの……?」
「無駄口はやめようよ、本番だよ?」
何だか微妙な空気感だが、見た目の破壊力は申し分ない。粗末な布ごしに浮かぶなだらかな曲線が、整然と横並びになるので、傍目から見るだけでソワソワとさせられる。こんなもの、フェチズムを持たなくとも釘付けになるだろう。
もっとも、オレは変態ではないので強く惹き付けられる事はない。こうしてジッと視線を送り続けるのも、作戦遂行に必要な事なのだ。
「おいテメェら、こんな所で何してやがる……」
早くも1人釣り上げた。賊は何の警戒も見せず、戸惑いながらも人質だけを見ている。すかさず背後に飛び、剣を一閃させた。
「よしよし。まずは1人目だな!」
「どうよ勇者様。アタシの力、凄かったでしょ?」
「お、おう。次も頼んだからな」
そして元の配置に戻る。敵を釣り上げ、叩き伏せる。その間にポクゥンと音が鳴るのを聞きつつ、作戦を順調にこなしていった。
「これで10人目か。みんなお疲れ様、そろそろ逃げても大丈夫だろ」
「やっと終わった……前かがみだったから腰が痛いよ」
「上手くいったわね、まぁアタシがやったんだから当然かしら」
「クソ演技でバレかけた女がほざいてる」
「失敗は可愛さでカバーしてるから良いの!」
「まぁまぁ。ケンカは村に帰ってからゆっくりやろうよ」
こうして安全を確保したオレ達は、一列になって通路を抜けた。たまに擦れ違うバグ賊徒達は、やはり気にした風でもなく、アッサリと素通りを許してくれる。
入り口を開き、中庭にまで到着。久々の太陽が皆に微かに歓声を与えた。あとは門を出れば自由の身、という所で最後の関門が立ち塞がった。
「妙に騒がしいと思ったら、ネズミが紛れ込んでいたようだな!」
最後の敵はヒゲ面で頑強な身体つき。そして何よりも顔に見覚えがあった。
「お前はあの時の……生きていたのか!」
「そういうテメェは召喚士か、随分と世話になったよなぁ!」
立ち塞がるのは、いつぞや出くわした賊の頭目だ。敵は抜き放った大刀を見せつけ、肩に構えるなり吠え立てた。肌がひりつく程の大音声だ。
「チッ。こりゃ戦うしかねぇな。皆は退がっててくれ!」
ご武運を、という声を背中で聞きつつ、剣を抜いた。こちらの愛剣は、相手の得物に比べれば小さく、短い。
それでも、ここさえ突破すればお終いだ。ジワリと溢れる手汗を柄に宿しつつ、ただ正面に切っ先を向けて、対峙した。
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