第4話 子猫だって活躍したい

 助けた子猫にはケティと名付けた。名前を気に入ってくれたらしく、オレの肩に乗っては小躍りを繰り返した。随分とゴキゲンのようで。腹がしっかり膨れたからだろうが、こっちは逆に色々と擦り減らしていた。


「金がヤバイなぁ、どうしよっか……」


 切実な悩みは尽きない。独りの寂しさが薄れたかと思えば、今度は資金難へと一直線。どうしてこうも安定しないのか、答えがあるなら知りたい。


 今のように問題が生じると不思議なもんで、空にたゆたう白雲が、今じゃクリームチーズなんかに見えてしまう。現時点で飢えてる訳でもないのに。それだけ、金や食事に不安を覚えているという事か。


「食い物はあと3日分だけだし……うん?」


 何気なくインベントリを確かめた所、飯の残りが減っていた。10個はあったハズなのに。


「ケティ。黙って食ったりはしてないよな?」


「ミュウウ」


「いやさ、さっき確認したら残りが9個に……って、また減ってる!?」


「ミュミュッ!」


「これ、もしかしてバグなのか?」


 アイテム消失バグ。頻度も発動条件も不明なそれが、よりにもよって食料に牙を剥きやがった。聞いた話によれば道具だけでなく装備品も対象らしく、戦闘中に武器を取られたら一大事だ。


 何か対策は無いものか。考えあぐねた結果、とある仮説が脳裏に閃いた。


「要らねぇものでインベントリを埋め尽くせば、案外上手くいくかも?」


 そう思い至ると、何でもかんでも突っ込んだ。小石に枯葉、棒きれにセミの抜け殻、何かの種。そんな有象無象を革袋に投入すると、自動的にインベントリへと登録されていく。ズラリと並ぶサムネイルが、わんぱく少年のそれと等しくなった。


 そうして満載の状態を保ったままで旅路を急ぐ。しばらくして、再びインベントリを開けば悪い方の予想が当たっていた。


「どうやら、バグだったみたいだな……」


 ゴミで綺麗に埋め尽くしたハズが、一番後ろだけ空いている。消えたと考えるべきだった。


「疑って悪かったよ、ケティ。許してくれ」


「ミュウミュ?」


「そうだなぁ。これからずっと、葉っぱとか担いで行く必要があるな、面倒臭ぇ」


「ミュゥゥ」


「仕方ないさ。別の手段が見つかるまでの辛抱だ」


 とりあえずは勝った。バグという見えない脅威を、見事にかわした格好だ。不思議と胸がすく想いになり、足取りだって軽くなる。だが気分良く歩むオレ達を、過酷な大地は素通りなんか許さない。


 敵だ。前方を塞ぐようにして現れたのは3匹のゴブリン。多勢に無勢だが、今や頼るべきものがあるので安心だ。ドラゴンすらも撃退した信頼と実績のある挨拶スキルが、今この瞬間も火を吹く事になる。


「ようこそ、ここはレストール村だ!」


 効果あり。ゴブリン達は眼を見開いて驚き、仲間と顔を見合わせている。


「ゲゲッ?」


「クケケェ……」


 実はこのゲーム、街や村など居住区域での戦闘行為は『システムにより』禁じられている。それは人も魔獣も、それこそ伝説の勇者だって例外ではない。住民を残虐に刈り取る要素を入れてしまっては、全年齢対象として売り出せないからだ。


 だからオレの挨拶により、居場所を誤認した魔獣たちは混乱するのだ。牙を剥いて良いか悪いかが分からず、考えるうちに錯乱し、やがて逃げ出してしまうという寸法だった。


「ゲッゲェ」


「クケッ、クケェーー!」


「マジかよ、騙し通せなかった!」


 ゴブリン達は横一列になって突撃を開始した。迷いなんか微塵も見せぬ瞳で。もしかすると、一定の知能がある相手には効かないのかもしれない。


「掴まれケティ、逃げるぞ!」


「ミュウミュ、ミュウミュ!」


「お前何を……って、あれ?」


 ケイティが踊りだした瞬間、不思議と力が湧いてきた。オレの肩に腰掛け、合わせた両手を上下に振るという、可愛いだけの仕草だと思われたのだが。


「もしかして、応援スキル?」


「クケェーーッ!」


「あぶねぇ!」


 横に飛び退って避けたのだが、随分と素早く動けたもんだ。ゴブリン達が眼前の敵を見失う程度には。


 そうしてアッサリ背後を取れた事も信じがたいが、チャンスではある。1匹、2匹と斬撃を加え、最後の1匹と切り結ぶ。そこでも力で圧倒し、石斧を跳ね上げたら、返す動きで追撃。ゴブリンを肩口から両断して撃滅に成功した。


 転がる3つの成果を前に、しばらく呆然と突っ立ってしまう。剣を鞘にしまった頃、実感が怒涛の勢いで押し寄せてきた。


「すげぇぞケティ! オレ達で3匹相手に勝ったんだ、しかも圧勝だぞ!」


「ミュウミュ!」


「よしよし。これだけ戦えるなら希望が持てるぞ。次の町までガンガン稼ごうぜ!」


「ミュッ!」


 意気揚々とはこんな感覚か。足取りは軽く、敵を前にしても怯まない。素人剣法でも基礎能力で圧倒し、襲いかかる魔の手を次々と撃破していった。


 そして意気消沈とはこんな感覚か。食料は早晩に尽き、飲まず食わずの日々が続いてしまった。インベントリにあるのは水の他に、葉っぱとか小石とか。激烈な空腹だ。もはや剣を杖代わりにでもしなければ、一歩も進めないまでに追い込まれている。


「おいケティ、町だぞ。オレたちは助かったんだ!」


「ミュゥゥ」


「しっかりしろ。あと少しだからな!」


 肩にブラ下がるケティは哀しくなる程に軽かった。消耗が見るからに激しい。一刻も早く何か食べさせるべきだろう。


「町に、着いた、良かった……」


 思わず腰砕けになるが、まだゴールじゃない。不審がる人々を掻き分けて向かったのは雑貨屋。食料品店より割高だが、のんびりと町中を探し回るゆとりは無い。


「いらっしゃい、くたびれたお客さん」


「食い物を頼む。今すぐだ」


「そうだなぁ。有るものと言えば保存食くらいだ。干し肉やら魚の干物、それとキャベツの漬物だな」


「肉をくれ、2人前」


「まいど、180ディナだ」


 カウンターに硬貨を叩きつけ、すぐに店を出た。この非常時に広場を探すハズもなく、道端に座り込み、数日ぶりの飯にありついた。


「ケティ。肉だ、食って良いんだぞ」


 スライスされた1枚を差し出してみたところ、眼を光らせたケティが飛びつき、強奪していった。まるでツバメの狩りみたいに滑らかな動きだ。食いっぷりも貪るという様子で、一心不乱にがっついている。


 それを横目にオレもかじる。すると塩気が快楽となって口内を駆け巡り、噛みしめる度に肉から甘味が溢れ、喉元を熱く焦がしながら下りていく。


(あぁ、生きてるんだなぁ……)


 などという実感からは程遠い。ケティと肩を並べて無我夢中に食いまくり、たまに井戸水で喉を湿らせ、また食べる事を繰り返した。雑貨屋には何度も何度も買いに走り、店番の呆れ顔など気にも留めず、ついには保存食で腹を満杯にした。


 そうしてやっと感じられたのは命の尊さ、食物のありがたみ。それと、お金の大事さだ。


「やべぇぞ。完璧な無一文だ……」


 胸に去来するのは無鉄砲な散財への恥と、目前に迫る貧困への恐れだ。財布は見事に空っぽ。なけなしの小銭すらなく、宿代だって1人分さえも用意できない。


「とりあえずだ。町の外で野宿しようか」


「ミュウミュ?」


「町中での野宿は禁止だぞ。衛兵に見つかったら牢屋行きなんだ。だからどっかの森で眠る、オッケー?」


「ミュッ!」


 明日からどうしよう。足取りは重くなるばかりだが、希望が無い訳ではない。インベントリには戦闘の成果として、ゴブリンの爪がそこそこある。それを元手として、もう1度旅を軌道に乗せたいところだ。


「よし。今晩はこの辺で眠るとするか」


「グルルル……」


 ふと聞こえたのは腹に響く唸り声。梢の隙間から零れ落ちる月明かりが、逞しい獅子の四肢を照らし出す。


「こ、コイツは確か、デザスターライオンだぁ」


「グルァァーー!」


「掴まれケティ!」


 オレ達は逃げた。懸命に懸命に逃げ回った。やっぱり野宿は危険と隣り合わせ。一日も早く宿代を稼ぐべきだと、心に固く誓うのだった。



 

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