第19話 たまには人助けを

 瀕死の肉体による呼吸は浅く、そして速い。この生存者達は助かるのか。その答えは、ミランダの顔を見ても分からない。杖が輝くのを眺めるばかりだ。


 生命力を取り戻す為のヒーリング。それを1人1度。だが反応は今一つで、単なる衰弱とは違うように思えた。


「これは、毒に当たったみたいだな」


 よほど追い詰められたのだろう、足元には食べかけのキノコが散乱していた。カサも茎も真っ白なそれは、よりにもよって口にしちゃいけない代表格。見た目がキレイだから食えるとは限らない好例だ。ひとかじりでもトップクラスの猛毒を患い、やがて確実な死が訪れる。なぜオレが詳しいのかと聞かれれば、若気の至りと答えるしか無く、寸でのところで救助された時の記憶が蘇ってくる。


 それから、ケティがうっかりキノコに食らいつこうとするのを制するうち、ミランダは再び杖を掲げて叫んだ。


「しっかりしてください、キア・ポイズン!」


 どうやら全力での治療に臨むようだ。全身をほの蒼い光に包み、渾身の魔法が発動する。そして想いは通じた。土気色に染まる3つの顔はみるみるうちに血色の改善が見られた。


 しかしまだ青白い。まだまだ看護する必要があるようだ。


「く、食い物ォ……」


「フェリックさん、お願いがあります。食料をいくらか分けてあげませんか?」


「えぇ? オレ達だって余裕は無いんだぞ」


「百も承知で申し上げています。私に出来る事なら何でもしますので、どうか食料を……」


「ブフッ!? 滅多な事を口にするんじゃないよ、まったく」


 その心意気に感応した自分は甘いのか。そう呟きつつインベントリを開け、小石やら葉っぱに囲まれたお食事セットを取り出した。残り2食。そのうち1食を分け与えるんだから、高く付くぞと思う。


「ほらよ。パンと燻製肉、それとチーズだぞ」


「さぁ皆さん。お水もありますから、どうぞ召し上がれ」


 震える手が料理へと伸ばされる。3等分されたパンを、肉を食らっては水を飲み、今度はチーズを頬張る。それなりに長い時間をかけて食べ終わった頃には、連中も正体を取り戻していた。


「……何で助けたんだよ」


 そしてこの態度。やはり見捨てるべきだったか。


「アタシらはな、テメェらなんか死んじまえって思ってた。墓でも見つけたら、墓標にツバ吐いて蹴り倒してやるとか、本気で考えてたんだぞ。それなのに……」


 リーダー格のヒメリがうつむいた。深紅の雫を模したイヤリングが、留め具から細やかな音を出す。無骨な戦士スタイルに不似合いだなと、何となく思った。


 それはさておき、ミランダはどうするのか。手厚い治療の直後に罵倒だ。これまでの経緯も付け加えれば、杖で引っ叩くくらいの権利はあると思う。


 しかし、結果はそうならない。柔らかく握りしめた拳を胸元に当て、春風にも似た爽やかさで微笑むのだ。


「助けられる命があるのなら手を尽くす。それだけの事ですよ」


 それを受けたヒメリは、あろうことか歯ぎしりで返す。隣のお仲間が恥じ入った様に俯くのとは対照的で、敵意じみた形相でまくしたてた。


「クソが。恩義なんか感じねぇからな。テメェには殺されかけたんだ、今回のでおあいこにしてやる。感謝しろよグズ女!」


「ありがとうございます、私は一向に構いません」


「テメェってヤツは本当に気に食わねぇ! なぜ笑っていられる、どうしてキレねぇんだ! 命を救った代わりに大金ふっかけるくらいの事をなぜやらねぇんだ、この偽善者め!」


「すみません、仰ってる意味が……」


 何だろう、この光景。助けてやったのに、なぜかこっちが責められるのか。理不尽が許されるのか。これ以上関わるだけ無駄でしかない。


「ミランダ。もういいだろう、そろそろ行こう」


「ですが、村までお届けした方が良いかと」


「喚く元気があるんだ、自分らで帰れるだろ。それに魔術師まで居る訳だし、罠対策だって出来るんだぞ」


「……ウチのは初級しか使えねぇ。だから罠を防ぐ事なんか出来ねぇよ」


「うん、そっか。でもオレ達には急ぎの用がある。お前らに構ってるヒマは無いぞ」


「調子に乗んな! 村人ごときがアタシらを護衛するだぁ? フザけた事ぬかすとブッ殺すからな、野垂れ死にして森の養分にでもなっちまえ!」


 ヒメリはそう叫ぶなり立ち上がった。そして大股開きで立ち去ろうとしたのだが、明らかな愚策だ。まもなく罠を踏み抜き、丸太が勢いよく飛び出してくる。ヒメリは背中を的確に打たれ、天高くふっ飛ばされると、最後に地面へと叩きつけられた。


 気絶でもしたのか、その場から動こうとしない。ミランダは急ぎ回復をと杖を構えたのだが、それはヒメリの仲間達によって止められた。


「もう良い。ありがとう。後は私達だけで何とかする」


 魔術師の女がペコリと頭を下げた。続けて格闘家の女も、快活な笑みと共に口を開いた。


「アタシも感謝してるよ、ありがとうな。ヒメリはボロクソに言ってたけど、多分同じ気持ちだと思う」


「アイツも感謝してるって? 殺すとまで言ってたぞ」


「まぁ、なんつうか、ヒメリは筋金入りの負けず嫌いだから。でもきっと、心には響いてるよ」 


「本当か?」


「たぶん、そうだと、思う……?」


 追求すれば口調が怪しくなる。まぁ、あの乱暴女の評価なんか別にどうだって良い。


「それじゃあな、ミランダ。どこかで会ったら酒でも飲もうや」


「はい、その時はぜひ!」


「それもまぁ、無事に生還出来たらの話だけどさ、タハハ……」


 格闘家が渇いた声で笑った。薄らとした悲壮感をにじませるが、オレには理解が出来ない。


「待てよ。お前ら魔術師を連れてるだろ。この前みたいにファストトラベルを使えば良いじゃねぇか」


「魔法は使えない。この有様」


 魔術師が口惜しそうに差し出したのは、真っ二つに折れた杖だった。


「なるほど。だから魔法での帰還が出来なかったと」


「でもね、任せて。ここに良いものが有る」


 魔術師の女が取り出したのは半透明の水晶だった。短い詠唱のあとに一筋の閃光が煌めき、やがて手元の水晶と共に消失した。


「これでオッケー。罠対策の完了。帰還に大難無し。クラウダはヒメリを背負って」


「オクテビアさぁ、そんな便利なもんが有るならさっさと使えよ!」


「だってこれ超高い。お金は大事」


「仲間の命よりもか?」


「1番が私の命、2番がお金」


「うんうんそうかい。んで、アタシらは?」


「15番目くらい」


「ハァ……。今更だけど、ミランダを追い出した事、死ぬほど後悔しちゃうよ」


 クラウダという格闘家の女は、気絶したヒメリを背負うとその場を後にした。それにオクテビアも続く。そのまま居なくなるかと思いきや、最後に振り向き、手を振ってくれた。別れ際に殺伐とした雰囲気は微塵もなく、意外にも和やかなものとなった。


「行ってしまいましたね。でも、わだかまりが解けて嬉しいです」


 見送るミランダは満足気だ。達成感からか、慈愛の笑みを去り行く背中へと向けている。


 しかし、話をここで終わらせる訳にはいかない。彼女には交わした約束を果たす責任があるのだ。


「ミランダさんや。さっき、何でもすると言ったよね?」


「は、はい! もちろんです!」


 オレは彼女の全身を舐め回すように見た。足首から顔色に至るまでじっくりと。最後に、緊張で固くなる顔を長々と見つめると、強く言い放った。


「じゃあ、これから出口まで一緒に走ってもらう。泣き言なんか聞かないから覚悟するんだぞ」


「分かりました、精一杯がんばります!」


「罠を避けながら一気に攻略する、オレの後にピッタリ付いてこいよ!」


 オレ達は駆けに駆けた。空きっ腹での駆け足は相当に辛い荒行だったが、不思議と足取りは軽かった。連中の笑顔が、思いの外に喜ばしく感じたのかもしれない。たまには人助けも悪くないと、深く感じ入る出来事だった。


 そう、激しい息切れと空腹に目眩を覚える瞬間までは。

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