第43話 魔法少女は饒舌なり

 晴れてレンパイヤ村から解放されたオレ達は、軽快な足取りで帰路を進んだ。おあつらえ向きにも、見渡す限り青空という好天だ。薄雲が千切れては流れ行く様が、儚くも美しく見えて、少しだけ綻ぶ。


「今日は天気が良いな」


「そうですね、本当に」


 オレの呟きにミランダが同じ調子で答える。この何気ない会話が復活しただけでも、心は軽やかになるというものだ。


「それにしても村長、まさか5千ディナもくれるとはな……」


「奪われた財産以上のものが戻ってきたとの事でしたし、お金にゆとりが生まれたのでしょう」


「これはノザンリデルに戻ったら美味いもんでも食わなきゃ。なぁケティ?」


「ふんだ。知らないもん!」


 ミランダに引き続き、今度はケティがご機嫌斜めだった。理由については、出立前に本人が暴露した事もあり、考えあぐねる必要はなかった。


「いつまで怒ってんだ。そろそろ機嫌直せよ」


「だってぇ、お姉ちゃんにはこぉんなに綺麗なお土産あったのに、ケティには何もないんだもん!」


「だからその代わり晩飯を譲ってやったろ。しかもミランダの分まで食いやがって」


「ケティだって着飾りたいお年頃だもん。ご飯よりアクセサリーとか欲しいんだもん」


「それは昨晩しこたま食いまくって腹を3倍に膨らませて居眠りした奴のセリフか?」


「たまんないよねぇ、お腹イッパイにして気絶するの。最高に気持ち良いんだぁ」


「やっぱり飾りっ気より食い気じゃねぇか」


 いつしか口調はジャレあう色合いに落ち着いた頃、道の様子も変化した。なだらかな坂が急斜面の山道へと変わったのだ。


「ミランダ、転ぶと危ないから乗りなよ」


「そうですか。すみません」


「前と同じように、体を近づけつつ離さないようにな」


「その具合がいまだに掴めないのですが……」


 それからいつぞやの様に背負ったのだが、ケティの応援は要らなかった。砦の戦闘でレベルアップしたおかげだ。一人を背中におんぶしても雪山の道を下れるのだから、成長のあとが実感できた。


「オレも一応は強くなってんだな」


 そう思えば喜びの様なものが込み上げてくる。たとえ、村人から指差してまで笑われたステータスだとしても。


「あっ。お兄ちゃんが笑ってる。お姉ちゃんとくっつけて嬉しいんだ!」


「そういう笑いじゃねぇから!」


 騒がしく、いつもの様な賑やかさで歩いていく。魔獣の出ない道は比較的歩きやすく、日暮れ前にはノザンリデルまで戻る事が出来た。


 それからは馴染みの宿で一泊。ご自慢の湯を堪能して、洗い立てのシーツが敷かれたベッドの上で眠る。目覚めれば朝食で、今回ばかりはまともな食材を購入した上で調理をお願いした。魔獣の素材という代用品ではなく、正真正銘の真っ当な料理なのだ。


 定収入の無いオレらにとって贅沢ではないか。否、もはや貧民ではない。何せ財布には5枚もの銀貨に加え、スッと数えるには多すぎる銅貨が詰まっているのだから。たまには良い物を食っても許されるだろう。


「おいひい! このお肉、脂が甘くて美味しいよぉ!」


「うん、うんうん。これは別格だなマジで」


「お2人とも、料理は逃げませんから。1つずつ召し上がってください」


 両手に肉を持つ行為を咎められてしまった。オレはすぐさま改めたのだが、ケティはスタイルを変えず、夢中になって貪り続けた。惚れ惚れする程の貪欲さ。こんな所に魔獣の習性が残されているのかもしれない。


「ところでフェリックさん。これからはどうします?」


「そうだなぁ。全ッ然考えてねぇわ」


「やる事ないなら船に乗ろうよぉ。海を渡って新しい街に行くの!」


「えぇ? 止めとこうぜ、船賃がバカ高ぇんだ」


「じゃあどうするの?」


「まぁ順当に考えたら……」


 そう、当たり前の話をすれば金策だ。今は幸運にも6千近い大金を手にしているが、使っていればいずれ尽きる。うっかり装備を新調すれば今日明日にでも消えちまう額だ。


 だから収入源。それもコンスタントに稼げる手段を求めて、冒険者ギルドへとやって来たのだが。


「おう勇者様よ。あいにくだが参加希望のメンバーは居ないぞ」


 この仕打ち。薄笑いを浮かべるギルマスが何だかムカついて、拳で軽く殴りかかる。もちろんアッサリと避けられてしまうが。


「八つ当たりすんなって。前勇者の悪評が尾を引いてんだから諦めろよ」


「何か宣伝とかしてくれよ。今は清く正しい勇者があらゆる才能を求めてるって」


「それは正式な依頼か? だったら3千ディナから請け負ってやるぞ」


「金稼ごうって話してんのに、どうして大金を払わなきゃならんの」


「まぁ諦めなよ。冒険者も前みてぇに稼げねぇから。執着するだけ損だぞ」


「どういう事だ?」


「メンバー外のお前さんには教えらんねぇな、用が済んだなら帰った帰った!」


「チッ、また来るからな。覚えてろぉ!」


 使い古しの捨て台詞とともにギルドを後にしようとしたのだが、眼前で扉が押し開けられた。咄嗟の事で何もできず、顔面への直撃を許し、鼻に軽くないダメージが通ってしまう。


「マスター! 風の噂で勇者様が戻られたと聞きましたがッ!」


「いってぇ……!」


「あぁ勇者様! 誰にやられましたか! そんな不届き者はワタクシの最終魔法で消し炭に……」


「お前にやられたんだよ!」


 改めて見た相手はまだ幼い年頃の女の子で、さすがにキレ散らかすのは憚(はばか)られた。怒鳴った事を軽く詫び、外へ出ようとしたのだが、少女はどいてくれない。右に左にと避けたのだが、相手も鏡のように動いては正面を塞いだ。


「なぁ君、そこを通してくれよ」


「ご無沙汰しております、勇者様。何やらお仲間を探しておられるとの事。ぜひこのアレッサを正義の軍に加えてくださいませ!」


「えっと、ご無沙汰? 誰だっけ?」


「えぇ!? 大陸でも屈指の美少女たる、このアレッサをお忘れですか?」


 どうしよう、覚えがない。あご先まで伸びるライトグリーンの髪。立派な杖を持つあたり魔法職だろうが、半袖のチュニックにハーフパンツと、およそ雪国暮らしとは思えない軽装で、もはや暴挙としか言えない。


 ただし、こんなおかしい奴はレンパイヤで見かけなかった。となると、それ以前に出会っている事になるので、時系列順に遡ってみる。すると意外にも早く記憶をくすぐる光景が浮かんできた。


「もしかして君は、お祝いの席で……」


「良かった、覚えてて貰えましたか!」


「南区長の孫娘だっけ。歳はたしか19歳?」


「そうですそうです。これでスッキリしましたか?」


「ああ、思い出せたよ。ありがとうな」


 話が通じた所でアレッサの脇を通り過ぎようとした、だがそれは寸前で阻まれてしまう。


「ちょいちょぉい! そこで終わらないでくださいよ」


「なんだよ。まだ用があるっての?」


「だから、旅の仲間に加えてくださいよ。ワタクシ、こう見えても魔術師なんですから」


「えっ。本当に?」


「しかもですよ、当然ながらギルドメンバーです!」


「マジで!?」


 振り向いてギルマスの顔を見れば、コクリと肯定が返ってきた。どうやら嘘ではないらしい。だが、どうにも受け入れ難いのは格好のせいだろうか。


「魔術師の割には、それらしくないよな」


「そうですか? だってホラ、家宝の杖まで持ち出してますから。コイツはちょっとやそっとのお金じゃ買えない超絶希少な逸品なんですよ」


「いや普通はローブとか着るじゃん。魔法の発動に良いとか、そんな理由で」


「これは動きやすさ重視です! めっちゃ走れますから!」


「あっそう。ところで、区長さんは知ってんのか?」


「えっと、何がですかね、エヘヘ」


「オレの仲間に加わる事。もっと言えば年単位の旅に出る事を承知してるのかって事」


「あのぅ、それはですね、こう……。言葉にはしてないんですけど、心では伝えたと言いますか。目線だけで話し合った感じなんですけど」


「オッケーなるほど。じゃあ祖父さんの所へ行こうか」


「エヒッ。そこまでしなくても! 旅に出ちゃえばこっちのモンですから!」


 怪しいなんてもんじゃない。これは保護者に引き渡して、キッチリとお灸を据えて貰わねばならん。うやむやにすれば、後を付いてきたりと面倒な事になりそうだ。


 そうして連行したのは南区長の自宅。幸いにも区長は在宅で、すぐに応対してくれた。


「勇者殿。こたびは孫娘がご迷惑をおかけして、大変申し訳ない」


 テーブル越しでの陳謝は誠実さの感じられるものだった。これで話は終わり、解決に向けて一直線になるなと。そう思っていたのだが。


「アレッサよ。冒険などと言っておらんで部屋に戻りなさい。そろそろ家庭教師が来る時間だ」


 着々と整えられていくアレッサ包囲網。しかし彼女に観念した様子は見えない。それどころか、静かなる闘気をさらけ出し、背筋を鋭く伸ばした。そして大きな瞳を鋭く細めてから言い放ったのだ。


「お祖父様。貴方はかつて大陸に名を轟かせた程の英傑であるのに、数々の武技を学ばれたというのに、恩を知らぬとはどういう了見でしょうか?」


「なっ。ワシを恩知らずと申すか!」


「はい。このままワタクシを街に留めたのなら、そう断じる他ありません」


「ならば問おう。何故、恩知らずなどと」


「勇者様は、所縁(ゆかり)の無いワタクシ達の為に悪党を懲らしめ、さらには財産までも取り戻していただきました。その大恩に報いたのが食事のみとは。果たして釣り合うとお思いですか! 絶望という暗雲を取り払い、生きる糧まで手にした恩はその程度のものなのですか!」


 熱弁するところ悪いが、オレ達は飯だけで問題なかった。オレやミランダは舌鼓を打って喜び、特にケティなんかは大層ご満悦だった訳だし。


「ムム……。しかし我らとて、特別裕福という訳では」


「貧しいなら貧しいなりに覚悟を見せるべきです。勇者様は世界を救うべく、危険な旅に身を投じておられます。その一助となるのを何故止めますか。人様の辛苦の上でのみ成り立つ平穏を貪(むさぼ)る事を何故恥じないのですか、それを恩知らずと評して何がおかしいのですか!」


 やばい、この娘は意外にも弁がたつ。旗色の悪さは区長の顔を見れば一目瞭然だった。


「そなたの申す事はもっともだ。ならばワシが勇者殿のお供を……」


「腰の曲がった体でしょう。過酷な旅に耐え切れるとは思えません。ここは区長の孫たるワタクシが街を代表して、勇者様の補佐を担います」


「行楽や旅行とは違う。凄惨なる戦いに明け暮れる、血みどろの旅となるぞ」


「ワタクシの才気と経験は、お祖父様ならよくご存じでしょう」


「場合によっては死ぬ事になるやもしれんのだぞ。その覚悟はあるか」


「大望を抱いた日より、身も心も勇者様に捧げております。もちろん、この命でさえも」


 話は良くない方向へと舵を切った。そして区長の頬を伝う一筋の涙。それに気づいた時は既に手遅れの領域だった。


「よかろう! そなたは命がけで勇者殿をお守りするのだ!」


「ありがとうございます、お祖父様!」


「勇者殿。不出来な孫でございますが、どうか旅のお供に……」


「勝手に決めんな! ミランダも何か言ってやれよ!」


「私は賛成ですね。魔術師のお力があれば心強いですし、今後はギルドも利用できます」


 ミランダさんは思いの外乗り気のようだ。


「ケティ、お前は何かないのか!?」


「ほぇ? ケティはね、お友達が増えて嬉しいなぁ」


 こっちはこっちでホンワカするだけ。頭を左右に揺らして上機嫌な事で。こうなれば、オレだけが反対する訳にもいかなかった。そこはかとなく嫌な予感がしていても、参加を認めざるを得ない。


「わかったよ。アレッサ、これから宜しく頼むぞ」


「はい! 超絶美少女の活躍にご期待ください!」


「美少女でも何でも良いが、うちらは貧乏だからな。辛くても文句言うなよ」


「エッヒッヒ。勇者の嫁ポジション、ゲットだわ」


「何か言ったか?」


「えっと、ポジティブに頑張りますって言いました!」


 こうして新たな仲間を迎えたオレ達だが、結論から言えばアレッサはかなり微妙な能力だった。嫌な予感が的中した形だ。魔術師だと聞いていたのに、実質、魔法がほとんど使いものにならなかったのだから。


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