第42話 曇天の契り

 崖の上には、おあつらえ向きにも木の根っこが大きく張り出していた。雪を払い除け、並んで腰を下ろす。


 眼下で繰り広げられる宴は、喧騒がここまで届くほどに盛り上がっていた。大きなかがり火も、天を焦がすだけでなく、オレらの元まで暖色の光をもたらしてくれる。それが何かを浮き彫りにするようであり、逆に隠そうとする様にも感じられ、自然と口数は減る一方だった。


(さてと、何を話したら良いかな……)


 話題はあるのに無言のままだ。ミランダも崖下に眼を向けたままで何も語らない。やはり先日の失態を謝らなくては、重苦しくなるばかりだ。


(でも、なんて切り出せば……!)


 実は謝罪の言葉が見つかっていない。モテすぎちゃってゴメンとか、そんなモノばかりが浮かび、速やかに投げ捨てる。どうせなら、アマンダに適切な台詞を学べば良かったと悔やまれた。


「フェリックさん。あちらには行かないのですか?」


 ミランダの見つめる先、かがり火の傍に佇むリノアの姿があった。


「別に良いよ。約束がある訳でもないし」


「聞いた話では、この宴で結ばれる男女も少なくないとか」


「そうなんだ。でも、良いんだよ」


 かがり火の傍で、キュナンがリノアに話しかけ、袖にされる場面が見えた。立ち尽くすキュナンと離れ離れになっている。どうやら気の強さに手を焼いてるらしい。


 また、そこから視界を別に移せば、3皿を同時にかきこむケティの姿まである。


「アイツ……いつになったら程々を覚えるんだか」


 給仕のおばちゃんが皿に盛り付けた傍から平らげてしまう。乗せる食う、乗せる食う。リズミカルに繰り返される作業は、もはや意地のぶつかり合いなのか。腹を満たしたいおばちゃんに、満ちる気配のないケティ。皿を挟んだ戦いは軍配を左右に揺らしながら、結末の予見を許さなかった。


 そんな遠い光景を眺めるうち、おもむろに口を開いたのはミランダだ。


「フェリックさん。すみませんでした」


「すみませんって、どうしたのさ。謝るのはむしろ……」


「ここ数日の間、少し不適切な態度をとってしまいました。許していただけますか?」


「もちろんだとも。いや、オレこそ謝るべきなんだ。ごめんよ」


 それからも無言を挟む。お互いに頭を下げて万事解決、という空気ではない。2人を阻む壁はまだ頑強なままだった。


 突破口は見えない。せめてアリの一穴くらいの光明でも差せば、やりようもあるのだが。考えあぐねつつ、思考の端を捉えようと悪戦苦闘する所、キッカケはまたもやミランダからもたらされた。


「どうすれば良いか、分からなかったんです」


「分からない、とは?」


 言葉はすぐに続かなかった。彼女は両足を三角に折りたたむと、膝に口を付け、しばらく押し黙った。大人びたミランダには珍しい仕草だと感じる。


「あの日、フェリックさんが戻られた時、私は心底喜びました。ですが大勢の女性を連れるのを見て、穏やかな気持ちでは居られなかったんです」


「あれは事故みたいなもんだが、不謹慎だったよな。反省してる」


「いえ、フェリックさんは悪くありません。勇敢でいて品行方正、そしてお優しいのですから。多くの女性に愛されるのも当然です」


「愛されるって、そこまで大げさな話じゃないさ。珍しい状況に浮かれてるだけだろうよ」


「たとえそうだとしても、フェリックさんの功績が認められるのは喜ばしき事。それなのに私は祝福が出来ませんでした。そして考え込むうち、貴方のお顔を見るのも苦しくなり……」


 そこで1度言葉が途切れた。思い出されたのは稲穂の揺れる景色。あの時も、お互いの顔ではなく、向こうに広がる光景を見ていたものだった。


「私は、今更になって思うのです。フェリックさんに相応しい仲間は、パートナーは、やはり人間なのではと。聞けばリノアさん達も活躍されたそうで、ただボンヤリと待つばかりの私とは大違いです」


「そこまで考え込まなくても……」


「魔人である上に足手まといな私は、速やかに立ち去るべきなんだと。そんな考えが過ぎる様になりました」


「それは違うぞミランダ!」


 オレは思わず強く遮った。それで戸惑ったらしいが、そのまま喋り続けた。


「オレはあの日の戦闘で死にかけたんだ。認めたくねぇがボスは格上で、全く歯が立たなかった」


「苦戦したと聞いてましたが、そこまでとは」


「本当に紙一重の勝利だった。オレがしぶとく生き残れたのも、ミランダとケティの存在はとても重要だった」


「そんな苦境であったのに、お側に居られませんでした。やはりより良いお仲間を探した方が……」


「オレ達はもはや他人同士では居られない。前にも言ったが、種族の違いなんか忘れてしまえ。今後何が起ころうとも、2人を手を携えながら歩いていきたい。その決意は一度だって揺らいだ事はない!」


「フェリックさん……」


 その時、何気なくポケットに触れた所、髪飾りがあるのを思い出した。もちろんミランダへの贈物だ。


「そうだ。忘れる前に渡しておこう」


「これは……」


「雪賊団の砦から拝借したやつだ。村長の許可ならとってある」


「もしかして、私に?」


「気に入らなかった? 可愛らしいデザインだと思ったんだが、さすがに好みかどうかは知らなくて。そもそも女性の気持ちってのも分からんし」


「そうですね。確かにフェリックさんは、女性の扱いについて知らなすぎます」


 ミランダは口では呆れつつも、手を伸ばし、髪飾りを自身の髪に着けた。そしてようやく、普段どおりの柔和な笑みを浮かべてくれた。


「勘違いさせちゃっても、知りませんからね」


 その時、雲に隠された月が隙間より現れ、ミランダの顔を照らした。蒼い光が隠されたものをほのかに映し出す。


「似合ってるじゃん」


 ミランダの謎解きめいた言葉には答えず、見たままの感想だけを述べた。


 それから夜が明け、迎えた翌朝。朝食に呼ばれたオレ達は、久しぶりに3人揃って飯を食うことにした。


「おはようございます、フェリックさん」


「おはようミランダ。ケティはまだ寝ぼけてんのか?」


「眠気よりも胸焼けの方が辛そうです」


「食い過ぎだよ、まったく……」


 ケティは顔を青白くさせながら、白湯を大事そうに啜った。程々にしておけと今更ながら忠告をしたのだが、返された言葉は『悔い無し』という漢気(おとこぎ)溢れるものだった。


 もはや何も言うまい。伸びたい方へ才能を伸ばしたら良い。


「おっはよう勇者様!」


「勇者様。昨晩はどこへ行ってたの」


 騒がしく現れたのはリノアとミレーナだった。しかし、滑らか過ぎる口調も、何かに気付いて陰りを見せた。


「ミランダさん、その髪飾り……」


「どしたのリノア。馴染みの品?」


「違うわよ。飾りというか、モチーフの花が気になっただけ」


「あぁ、アナタは花に詳しいものね。何が気になる?」


「藤の花よ。その花言葉は『ずっと傍から離れない』とか、そういう意味があんの」


 思わずむせた。まさかそんな意味が込められてるとは知らなかった。


 チラリとミランダの様子に眼を向けてみる。すると、特に驚いた風でもなく、いつも通りの口調で答えるだけだった。


「こちらは昨晩、フェリックさんからいただいたものです」


「えぇ! そうなの!?」


「やっぱり2人は恋仲だった。なんか怪しいと思った」


 リノア達がブゥブゥと文句を並べるが、ミランダは微笑みを絶やさない。それどころか、食事が冷めると指摘する余裕までみせた。


(勘違いさせちゃっても知りません)


 昨夜の言葉が蘇る。そういう意味が込められていたのか。今になって理解できたのだが、特に否定する気持ちもなく、手元のパンにかじりついた。


 ずっと傍に居たいというのは、本音そのままなのだから。


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