第41話 月も隠れる夜に
どうしてこうなった、と頭を抱える時期はもう過ぎた。追加の依頼を受けてより2日が経過。早くも慣れというか、諦めにも似た感覚がオレを動かしていた。
ちなみにここは村はずれの平地。雪を退けただけの最低品質で設えた練兵場だ。集められた20人程度の若者達は、持ち手を削った棒切れを手にして、一堂に会している。ただし、だいたいの顔は青色吐息といった様子だった。
「なんだお前ら、その程度で根をあげるのか!」
もう今となっては状況を楽しむばかりだ。レストールで度々眼にした強面オッサンの教育法を、深い意味もなく実践している。根拠はないが、このキャラの方が飲み込みが早くなるはずだ、という気がしなくもない次第。
「ハァ、ハァ、少しばっかし休ませてくだせぇ」
キュナンは他の顔ぶれと同様に、息も絶え絶えだ。
「おう馬鹿野郎。疲れたからって敵が剣を収めると? 魔獣がトイレ休憩を挟むとでも? んな訳あるか、気を抜いた瞬間に首を斬られんだぞ」
「それは分かっちゃ居るんですが、アッシらはただの村人でして。貴方様のように強靭じゃございやせん」
その言葉に、何人かが同意の声をあげる。この展開は何となく予想をしていた。そして対処法も想定済みた。
「オレが特別ってのは見当違いだぞ。元を正せばオレも村人だったんだからな」
「まさか、そんなご冗談は……」
「信じねぇってのか。だったら見てみろよ、この悲惨なステータス画面をな!」
オレは惜しみなく、堂々と全てを明らかにした。これだけでも皆は酷くざわつき、中には眼を擦る者まで現れる始末。
「これ、本当に勇者様の?」
「名前を見てみろ。ちゃんとフェリックさんのモンだと分かるだろうが」
「レベル8、家なき勇者。能力値は……いくら何でも弱すぎやしないか!?」
「これだったらの木こりの兄ちゃんの方が強そうだ、レベル31だし」
そこそこ失礼な言葉が聞こえたが、ささやかな苛立ちは腹にしまっておく。むしろ十分なインパクトを与えたと誇るべきだ。
「分かったか。オレは特別に強い存在じゃない。だがこれまでに何度も死線をくぐり抜け、強敵とぶつかっても生き残った。なぜだか分かるか?」
この問いに答えられる者は居なかった。ただ目線を落として、チラチラと左右に振るばかりになる。
「それは執念だ。死にたくない、守りたい、強くなりたい。どんな事でも良いから執着する事だ。泥臭いとか気にするな。その想いが突破口を開き、やがて生存へと繋がる可能性を示してくれる」
「でも勇者様。アッシらは本当に戦いに向いてねぇんです。どんだけ鍛えても、本職に絡まれでもしたら歯が立たねぇんですわ」
「じゃあキュナンはむざむざと許すんだな。リノアがいたぶられた挙句に殺されるのを」
「えっ……」
「寝ぼけるなよ。負けるってのはそういう事だ。家は焼かれ財産は奪われ、大切な人も攫われる。今回はオレという助けがあったから良いものの、それが常にあるとは限らない。リノア達の命も相手の腹ひとつなんだぞ」
「それは分かっておりやす。分かってはおりやすが……」
「いいや分かってない!」
なぜかオレの心は熱く燃えたぎっていた。偉そうに講釈を垂れるほどの人間でもないのに。もしかすると、彼らに刻まれた負け癖の様なものが、何かに触れたのかもしれない。
「良いか、別に強者に頼るなとは言わん。だがそれはあくまでも、死力を尽くした結果であるべきだ。最初から他人に寄っ掛かろうと考える甘ちゃんに何が守れる! いいや誰一人として守れはしない!」
「勇者様……!」
心に着火成功。あとは大きく煽るだけ。
「立てよ同胞! オレは大して強かないが、この先も勇者として戦い続ける。理不尽な力に抗い続ける。その途上で命を散らしたとしても悔いなどあろうか! 愛すべき人の盾にならずして何の為の魂だ!」
「やります! オイラ、頑張ります!」
方々で熱い反響が巻き起こり、皆は再び木刀を振り始めた。やれやれ、と鼻息を漏らしていると、ステータス画面にささやかな変化を見た。
(チームワークのスキルがランクアップしてる……!)
気づけば中級クラスにまで成長しており、名称も「主導者の器」だなんて大仰なものに変化していた。棚から小麦パンでも落ちてきた様な偶然の産物だが、これも報酬のひとつとして受け取っておく。
それからも不揃いな素振りを眺めていると、遠くに動く陰を見た。ミランダだ。彼女は今日も治療を続けているらしく、今も老夫の付き添いをしてどこかへ向かうようだった。
今なら話しかけても平気だろう。ポケットに忍ばせた髪飾りの感触を確かめ、皆には筋トレ3種50回で本日終了と告げて、その場を後にした。
「ミランダ!」
オレが駆け寄った時には、既に彼女は1人だった。老夫を自宅に届けた後のようだ。
「フェリックさん。お疲れさまです」
反応としては悪くない。しかし、言葉からトゲが消えはしても、やはり視線は重ならない。
「治療は順調かい?」
「ええ、それなりに。このままでしたら今日の夕ごろには終わるかと」
「じゃあさ、暇になってからで良い。ちょっと時間を……」
要件を話し終える前に、駆け寄ってきた村人によって遮られてしまう。
「ミランダ様、容体が急変した奴がおりまして!」
「分かりました、すぐに伺います!」
ミランダは最後まで話を聞くことなく、小さな会釈だけ残して去っていった。なぜだろう。仲間であるはずなのに、こうも喋る機会に悩まされるのは奇妙すぎる。
だったらここはケティと話すべきか。まだ子供だから、心の機微とやらに疎いかもしれんが、相談相手として悪くはない。少なくとも、オレが不在の間、ミランダに付きっきりだったのだから。
「ケティ、ちょっと良いか?」
村の広場で見つけたケティだが、こっちはこっちで大変そうだった。彼女よりもずっと幼い子供達に囲まれており、右に左にと駆け回っている状態だ。
「なぁにお兄ちゃん。今ちょっと忙しいの」
「そ、そうか。ちょっと話でもと思ったんだが」
「それなら後回しで良いかな。ごめんねぇ」
「いや、オレこそ悪かった。子守を頑張ってくれ」
何だか、人使いの荒い事だと思う。村長にはつけ込まれたなと、恨み節に近い想いが脳裏を駆け抜けた。これでは報酬を弾んで貰わねば気が済まない。
「いくら吹っかけてやろうか。諸々合わせて3千ディナとか言ってみようか……」
黒い金勘定を弾きながら、足の向くままにさまよう。それからの事。誰かに肩を叩かれ、振り向いた。そこに立っていたのは正直な話、招かざる客ポジションの面々だった。
「ねぇ勇者様、時間あるかしら?」
「リノアか。それにミレーナも」
「こんにちわ勇者様。ごきげんいかが」
「機嫌なら斜めってから持ち直してない」
「ちょっとアタシ達とデートしましょ。近くに面白い名所があるのよ」
「悪いが暇じゃない。オレには訓練という役目が……」
「それはもう終わったわよね。つまりは暇って事よね、さぁ行きましょ」
「おい離せ!」
半ば強引に連れられたのは、村から程近い湖だった。名所という割には手が加えられた様子もなく、取り立てて珍しさはない。強いて言えば湖面が凍りついており、それが綺麗と感じる部分があるくらい。
「勇者様。ここは悲恋の湖よ」
「また随分と不穏な名前だな」
「ここを訪れた男女は永遠の愛を誓わないと、とんでもない不幸に襲われるという伝説が……」
「よりにもよって何で連れてきた!」
「勇者様ご安心ください。そんな名前も伝説もありませんから」
そう付け加えたのは、遅れて現れたアマンダだった。
「なによ。微笑ましい軽口に水を差さないで」
笑える要素は欠片も無かったが。
「話が拗れるので少し黙っててください。ミレーナ、お願いします」
「うん。リノアはちょっとお休み」
「ムゴッ。は、離しなさいよ!」
羽交い締めされ、口まで塞がれるリノアをよそに、アマンダは静かに頭を下げた。そして、どこか窺うような口調で問いかけた。
「勇者様。浮かない顔をなさってますが、何かありましたか?」
「そう見えるか?」
「ええ、とても。そしてミランダさんも」
「そうだな、何と答えたら良いか」
「ミランダさん、泣いてました。寝所が近いのでたまたま目撃したのですが、お1人で、膝を抱えながら」
「それ、本当か?」
アマンダはゆっくりと頷く。俯かせたその瞳は、湖面よりも深い色味をしていた。
「それがとても気がかりでして。よろしければ、お話を聞かせてもらえませんか?」
「もしかして、相談に乗ってくれるのか!」
「ええ。私としても、このままでは心苦しいので」
そこからは質疑応答だった。特に聞かれたのは、砦に攻め寄せる前の事だ。それをいくつか答えるうち、場の空気は濁りにも似た不穏さに包まれていく。
「あぁ、それは怒るのも無理ないわね」
リノアが納得した声色で言う。
「これは良くない。私だったら心痛で病む」
ミレーナは溜息とともに首を横に振った。
「すみません、勇者様。私達が軽率だったばかりに……」
アマンダは沈鬱な顔で頭を下げた。つまりは3人とも何かを確信したって事だが、オレだけが取り残された格好だ。
「ちょっと待ってくれ。皆はミランダの気持ちが分かるってのか?」
「ええ、まぁ、想像は出来ます」
「教えてくれ! オレは女心ってやつが全然分からん! 間違いでも良いから意見をくれないか!」
「女心とか、難しく考える必要は無いと思います。たとえば、立場を入れ替えてみたら分かりやすいかなと」
「入れ替えるって?」
「では仮に、勇者様が残って、ミランダさんが1人で向かったとします。不安に心を悩ます中、無事ミランダさんは戻りました。ただし、同世代の男性に囲まれながら。更にそのうちの1人に抱きかかえられていたら、どう感じます?」
「そりゃ、仲間が世話になったなと感謝するだろうさ」
「それだけでしょうか?」
こちらの心を見透かすかの様な念押し。確かに、想像しただけでも心に荒波が打ち付けた。
「嫉妬してんのよ。アタシ達が仲良くしてたから」
「一概には言い切れませんが、可能性としては高いと思いますよ」
「嫉妬か、そうなのか……?」
「ともかくは、一度くらい直接お話をした方が良いでしょうね」
「ああ、そのつもりだ」
「今夜は祝いの宴が開かれるそうです。楽しい雰囲気の中でなら話しやすいと思いますよ」
「そっか。ありがとう、参考になったよ」
それからは他愛の無い話を続け、村に戻る。そして、そこそこに時間を無為に過ごす内、陽が暮れた。
「祝いとは聞いてたが、結構盛大にやるんだな」
村人達は怪我が癒え、食材は潤沢で、人質も戻ったとなれば後はお決まり。飲めや歌えや、踊り明かせよの大騒ぎだ。村の中央に大きなかがり火を炊き、楽器を持ち寄っては熱っぽく奏でる。その音曲を全身に浴びながら、好きなだけ食って踊るという賑わいに染まっていた。
「ケティ、ミランダはどこにいる?」
「ほぇ? さっきまで居たと思うけどなぁ」
あちこちに視線を向けても見当たらない。充てがわれた席には、ほぼ手つかずの料理が残されていた。
「ミランダを探してくる。お前は飯を存分に楽しんでくれ」
「お兄ちゃんだけで大丈夫? ケティも付いていこうか?」
「いや、平気だ。1人で十分」
「そっか。じゃあよろしくね」
「それと、オレの飯も食っちゃって良い」
「オッケーオッケーここはケティに任せて!」
最後の返事は頼もしいくらいに速かった。そして言った側からオレの皿のロースト肉が瞬きのうちに攫われていく。風切り音は5つ。
だがそれも気にするまい。今はミランダだ。彼女を探し出さなくては。
「おおいミランダ、どこだ?」
宴の場から外れて、村のあちこちを探し回った。しかし、手がかりの1つも見つからない。今宵は生憎の曇り空で、村から離れると視界は酷く悪い。見慣れた人であっても探し出すのは困難だった。
「参ったな。隠れてるって事は無いだろうが……」
その時、崖の上で小さな悲鳴があがり、ドサリと雪が落ちる音を聞いた。それから発信源に急行してみれば、彼女は居た。
ただし、頭から雪を被り、手足だけが外に突き出た状態で。
「まったく。キミは何かに埋もれなきゃいけないルールでもあんのか?」
ミランダの手を掴んで救出。すると、少し困惑気味な顔に雪を乗せたものと対面した。
「……フェリックさん」
「ようミランダ。今は暇だよな?」
「ええ、まぁ、そうですね」
「だったら話をしよう。良いだろ?」
返事はない。だが、互いの視線はもどかしさを残しつつも、確かに重なる部分があった。
闇夜を焦がす灯りは大きく、その端がここまで届く。それはミランダの顔に、暖かな陰影を浮かび上がらせた。
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