第40話 帰りたいのに帰れない

 夕焼けに燃える空、赤みを帯びる雪道。魔獣の1匹も出ない帰路は穏やかそのもので、会話が弾むせいもあり、もはや山遊びに近い様相だった。


 それなのにだ。妙に空気が重たいのは何故か。それは恐らくメンバーを二分する壁の堅牢さが原因だろう。


「へぇ、ミランダさんて治療師なんだ。凄いねぇ」


「ありがとうございます。ですが、特別自慢する程の素養はありません」


「やっぱ手に職ってヤツですよね。私も何かしら勉強してみたいです」


「そうですか。頑張ってください」


「勇者様をサポートするんだもの。ストイックに日々精進って感じなのかしら?」


「時間を見つけては勉強しています」


 何だろう、どこか隙間風にも似た寒気を感じる。言葉の上では問題なくとも、水面下というか、見えない空中戦でも起きているような錯覚を覚えてしまう。


「ところでミランダさん。勇者様とはどんな関係? もしかして恋人とか?」


「やめなよリノア。失礼すぎる」


「これくらい良いじゃない。それでどうなの、男女の仲だったりする?」


 返答まで小休止あり。それから返された言葉は、そこそこ予想通りのものだった。


「あくまでも旅の仲間です。とりわけ深い仲という訳ではありません」


「という事は勇者様に相手は居ないの? アタシが立候補しても良いかな?」


「やめなってば。田舎娘が厚かましい」


「ミレーナだって田舎モンでしょ」


 オレは話の最中も幾度となくミランダに視線を送っているのだが、一度として重なる事はない。原因はよく分からんが、やらかした感触が強くある。そして何か話しかけようにも、周りを囲む娘たちに阻まれて上手くいかない。それに会話も手品のように全く途切れないので、切り込むタイミングすら見えない有様だ。


(参ったな。でもまぁ、送り届ければお終いだし)


 そう、この状況はあくまでもイレギュラー。クエストさえ完了してしまえば、またいつもの光景が戻るはずなんだ。何やら微妙に親しくなってしまったお嬢さん方を村まで帰せば、もうおさらばのサヨナラ。なんていう結末を思い描いたのだが。


「おぉ、娘たちを取り戻していただき、ありがとうございました。して、村の財についてはいかがでしょうか?」


 失念していた。そう言えば、食料や財産なんかも奪われてた事を思い出す。


「ええと、それなんだがな。頭目を撃破したから手下は散り散りに逃げた。砦を探せば色々と見つかるだろうよ」


「なるほど。では若い衆を遣わす事としましょう」


「そんじゃオレ達はお役御免に……」


「もし差し支えなければ、その護衛をお願いできますでしょうか?」


 願いは儚く。オレはまだ手放して貰えず、残りの仕事も完遂する事を求められた。まぁそれは仕方ない。そもそも取り戻すのは村人だけでは無かった。


「もちろんだとも。ケティとミランダはどうする?」


「うぅん、ケティはちょっと眠くなっちゃった」


「私は力仕事に向きませんので。その間に村で治療を任されようと思います」


「そ、そうか。じゃあ別行動にしよう」


 この状況はマズイんじゃないか。チームの皆が異様に冷たい。砦に決死の覚悟で挑み、無事生還したにも関わらず、なぜか皆の気持ちがバラけてしまった。より正確に言えばオレだけが弾き出された格好だ。どうにかして機嫌を直して貰わないと。しかし、女性の扱いなど知らない自分にとって難度が高過ぎる話だった。


 そんな事を考えつつ、比較的元気な男衆を連れて砦へとやって来た。そこにはもうバグ賊徒も消えた後だ。物音ひとつない無人の屋内は、廃墟の趣があり、何とも言えない寂寥感(せきりょうかん)を感じさせた。


「勇者様。アッシらの財産はどこにありそうですかね?」


「たぶん上の階だろうな。1階は空き部屋ばかりだし、地下も牢屋しかなかった」


「では、上に参りやしょう」


 上階はオレも初めて足を踏み入れるのだが、構造としては1階と似ていた。ただし大部屋が多く、部屋数は比較的少ない。そのうちの一室は宴会場として扱ったのか、大広間に食い散らかした跡の目立つ大テーブルがある。余所に移れば寝所に辿り着いたのか、寝具が敷き詰められる光景を眼にした。


「ここまでお宝なし。まさか、秘密の隠し部屋に、なんて事はないよな」


 そして残すは通路の端、頭目の私室らしき部屋だった。結論から言えば、懸念は杞憂へと成り代わった。


「なんだよ。随分と溜め込んでやがる」


 室内は簡素なテーブルと椅子、そしてベッドがあるだけで、他には金銀財宝が積み上げられている。こうしてひと所に集められると、中々の圧迫感にツバを飲んでしまう。


 勝者が敗者から総取りするってのは、他ならぬ賊側の理屈。これら全てかっさらったとしても罪悪感など生まれようも無い。


「勇者様。こっちにも部屋があるんですが」


 この私室は他と違い、通路から隔絶された部屋があった。そちらに向かってみれば、広くないスペースに食料が保管されていた。新品の木箱や樽には、干し肉を始めとした食材の数々が詰め込まれている。そして用途を分けるように、反対側には魔獣の素材が山を成していた。


「結構な数ですね、勇者様。これを売ったら結構な額になるんじゃねぇですか」


「食材扱いかもな。錬金術があれば、飯に出来る……」


「どうかしたんです?」


「いや別に。もう1つの疑問が解消したってだけだ」


 この周囲に魔獣が居ない理由が判明した。雪賊団が狩り尽くしたとみて間違いない。かき集めた素材を売るか食うかはさておき、ここに溜め込んだという訳だ。


 これは悪党連中の、恐らく唯一無二と言ってよい功績だ。治安維持は基本的に騎士団や自警団の仕事なのだから。


「さてと。どうやって持ち帰ろうか?」


「この雪道では台車を使えやせんので……」


 そう言ってキュナンは、大きな革袋をいくつか取り出した。まぁ当然か。人力搬送でやるしかあるまい。


「やっぱ人海戦術か。だったらインベントリを使っても同じだろうよ」


「いえいえ勇者様。この袋はですね、重量を半減させる効果があるんですよ」


「本当か?」


「もちろん。ただし体積ばかりは変わりやせんので」


「かさばるって事か。でも便利には違いないな」


 手持ちの袋は3枚。整理の為にもそれぞれ食材、貨幣、希少品と分けて詰め込んでいく。食い物と金は他の2人に任せ、オレは高くそびえるアイテムの山と向き合った。


「こんだけ金ピカな物に囲まれてもな。死んじまったら何の意味もねぇわな」


 宝石に指輪、立派な意匠の錆びた剣、艶やかな布地。手当たり次第に詰め込んでいくうちに、とあるアイテムで手が止まる。


「これは髪飾りか。何かブドウみたいだな」


 花をモチーフにしているのは分かるが、その名を知らない。赤紫の小さな花がズラリと縦に並んでいる、可愛らしくも華やかな造りだ。


 ミランダの蒼くて長い髪に似合いそうだ。そんな事を思い浮かべるなり、隣のキュナンに声をかけていた。


「なぁ、これは誰かの所有物か?」


「ええと、ちょいと見覚えありやせん。詳細から確認できやすか?」


「詳細って、あぁ。インベントリを使うのか」


 かつて勇者の館で習った事を実行してみた。すると、アイテム名は「優しき歓待」とあり、所有者の欄はカラの状態だった。


「おかしいな。誰の名前も出て来ねぇぞ」


「だとすると、遺跡やダンジョンから持ち出した品となりやすね。そして誰も装備出来なかったから、所有者が居ねぇんです」


「ふぅん。だったら貰っちゃおうかな。後で村長さんに聞いてみよう」


「もしかして、プレゼントですかい?」


「まぁそんなところだ」


 それからも詰め込み作業は続けられ、満載になった時点で砦を発った。


「ふぅ。あと二往復くらいは必要かな」


 問いかけに返事は無い。初対面の男は良いとして、キュナンが無視するというのは珍しい。更に言えば、このタイミングで絶望の淵に立つかの様な顔色を晒すのも、極端に珍しく思えた。


「どうした。何か心配事か? それとも体調でも崩したか?」


「勇者様。リノアは良い子です。どうか幸せにしてやってくだせぇ」


「助け出した女の子の事だよな。急に何言ってんだ?」


 なぜだキュナン。どうしてそこで泣く。


「アッシは幼馴染なんでよぉく知ってるんです。アイツは花が好きで、そして、強い男が好きって事も……」


「幼馴染……!」


「厚かましいお願いだって、よぉく分かってます。どうか幸せにしてやってくだせぇ! アッシは、アイツの傷つく姿を見たかねぇんです!」


 この時、オレの直感が結論から導き出した。これは恐らく、かつてオレとハンナが引き裂かれた時に酷似したパターンじゃないか。あのクソゴミカス騎士団長野郎の立場を、今度はオレがやらされてるんじゃないか。


 そう思えば古傷の疼(うず)きとともに、胸の奥へ冷えた物が降りていった。


「落ち着けって。あの髪飾りは、オレの連れに渡すつもりだから」


「えっ。リノアじゃねぇんですか?」


「会って半日程度の相手をそこまで想えるかよ」


「そうですかい。でも、女達は勇者様に群がると思いやす。強い男と子孫を残すのは、村としても助かりやすし」


「そこまで面倒見きれるかよ。仕事が終わったら早々に帰るからな」


 なんだか面倒だ。かなり厄介な事態に巻き込まれようとしている。もちろんオレに深入りするつもりは無いので、愛憎劇などお断りなので、颯爽と立ち去る事に決めた。


 本当に、颯爽と立ち去りたかった。


 それから数度の往復を繰り返し、全ての物品を運び終えると村長宅を訪れた。扉を開き、松明と囲炉裏の灯りに照らされる人陰を見て、思わず足を止めてしまった。


「ミランダ、それにケティも」


「フェリックさん……」


 何を話せば良いのか。幸いにもミランダは留まってくれたが、それは膝で眠るケティの為だろう。そんな勘ぐりを入れてしまう自分が、変わってしまった間柄が、胸に深く突き刺さるようだ。


「治療の方は終わったのか?」


 囲炉裏の端に腰を降ろしつつ、無難な話題を振った。無視される覚悟もあったが、意外にも返事は滑らかな口調だった。


「芳しくありません。深手を負われた方が多く、とても一朝一夕では……」


「そっか。大変だったな」


 だがそこから後は村の問題だろう。オレ達は規定の仕事を終えたのだ。報酬さえ貰ってしまえば、明朝にでも発てば良い。それで全てが元通りになるはずだ。


「勇者様。キュナンより話は聞き申した。財産も全て取り返していただけた様で」


 村長の晴れやかな顔が半分だけ照らされる。陰に隠れた残りにどんな感情を潜ませてるのか、少し言い淀む気配を醸し出した。


「どうした。これで依頼は完了だよな?」


「あのぅ、大変申し上げにくいのですが、もうしばらく留まってはいただけませぬか? 勇者様には、村の若い衆に武芸を教えていただきたく」


「何でだよ、もう十分働いたろ!」


「お連れ様とは既に話を通してございます。我らが心安らかに暮らせるよう、何卒お力添えを」


「本当か、ミランダ?」


 問いかけには頷きで返される。そして、そこそこ真っ当な理由も付け加えて。


「私からもお願いします。重傷者はいまだに多く、皆さんが回復するまでお待ちいただけませんか」


「いや、気持ちは分かるけどさ。でも傷薬までくれてやった訳だし……」


「それに、すぐに出立すると遺恨を残す事になりそうです」


「遺恨って……あぁ」


 村長の背後に浮かぶ満面の笑み、それが3つ。それらはオレと視線が重なるなりパァッと明るさを増した。少女が浮かべる笑顔をここまで重荷に思った事など初めての経験だ。


 早く帰りたい。元の暮らしに戻りたい。そんな願いは虚しくも、囲炉裏の灰で覆い隠されたかのように迷子となった。

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