第44話 物理的な超魔法

 宿で旅の疲れを癒し、当座の食料を買い込む。それが終わってしまえば出立できるのだから、少人数編成というのは身軽なものかもしれない。いつもの3人に1人加えた所で準備に大差は無かった。


「さぁさぁ始まりますよ! 世界を救う大冒険の旅路が!」


 アレッサは有言実行、オレ達の旅に本気で加わるつもりらしい。ただし、気負った気配は一切見せておらず、どこか旅行に出かけるような浮かれっぷりである。一歩間違えば死ぬ危険がある、特にオレ達のような貧乏所帯は餓死の可能性がつきまとう事を知らないのだろうか。


「本当についてくる気か? 楽な旅じゃないんだぞ」


「おっとこれは心外。ワタクシの覚悟を疑いますか?」


「何だか妙に楽しそうだからさ」


「そりゃもう勇者様のお供ですから。憧れが実現した訳ですから」


「イメージほど良いもんじゃない。妙な幻想を抱いてないで、お家に帰った方が利口ってもんだぞ」


「今更返品とか勘弁してくださいよぉ。お祖父様からの餞別もあった訳ですし」


「まぁ、確かにすげぇもの貰ったよ」


 オレの右手に装備されるのはグラディウスではない。支度金代わりに渡された長物も長物、人間の背丈を大きく上回る程の薙刀だった。湾曲する刃は鋼鉄製で幅広。そのため重量感は相当で、扱いに難しいが破壊力にも期待が持てる。遠心力を活用すればどこまで攻撃力が伸びるか想像も出来なかった。


 アイテム名は破岩刀(はがんとう)とある。これなら岩どころか龍でも粉砕できそうに思えた。しかも持ち手部分に宝石が仕込まれており、そこに魔力を込めると特別な使用も可能らしい。だが、それよりも先に基本の型を覚えるべきだった。こんな重量武器の扱いなんか知らない。


「それ、お祖父様のお古なんですよ。冒険者だった頃のやつです」


「マジかよ。こんな重たい物を使いこなしてたのか?」


「もう自分の手足のみたいに。現役の頃は、野生のメガヒドラを一刀両断にしたそうですよ」


「いや、ほんと何者だよお前の祖父さん」


 サラッと飛び出したその魔獣は、何十人もの腕利きを集めて討伐するような大物だ。倒しました、で済むような相手ではない。


「そんな事より勇者様、これからどこへ向かうんです?」


「ここから南にノカドっていう街なんだが知ってるか?」


「はい、全くもって存じません!」


「返事だけは異様に良いな、まさか『ノー』が返ってくるとは思わなかったぞ」


 旅の目的、とまで言うと大げさに聞こえるが、ノカドへと向かう事にした。テオドールの孤児院へ顔を出すためだ。別れ際には『稼げる職に』みたいな宣言をしたものだが、その夢が叶わぬままに再会というのは少し恥ずかしくもある。それでも勇者とかいう名誉職にありつけたのだから、悪い顔はされないだろう。


「それに新顔の力量を確かめるなら、新天地よりも慣れ親しんだ場所の方が良い」


「えっ。何か仰いました?」


「独り言だ。それよりもアレッサは戦闘準備を怠るなよ。いつ何時襲われるか分からないからな」


「合点でございます!」


「ほんと返事だけは良い……」


 ちなみに気になる他の面々だが、アレッサとは概ね上手くやっているようだ。ケティとはリボンの結び方で打ち解け、ミランダとは魔術と魔力の相関関係について自論を戦わせては、互いの見識について褒めあったりした。あらかじめ、相性は悪くないと見込みはしたが。


 とりあえず人間関係は良好。後は戦闘で役立つかどうか、そこを冷静に判断するべきだろう。場合によっては薙刀ごと送り返すつもりでいた。


「それにしても面倒だな。何日もかけて移動するのは」


「ファストトラベルが使えるのなら、そういった煩雑さもなくなりますが」


「エヒッ。それってもしかして、ワタクシに言ってます?」


「魔術師の仕事だろ。そんで、どうなんだ?」


「いやぁ、お恥ずかしながら、よその街を全然知らないんで……」


「行ったことなけりゃ使えないか、じゃあ仕方ない」


「あぁ残念だなぁ参ったなぁワタクシの超魔力をお披露目したいんですけどねぇ!」


 わざとらしくも宣(のたま)うアレッサだが、ご自慢の魔力を披露する機会はすぐに訪れた。それは街道の途上で迎えた、崖に挟まれる隘路(あいろ)での事だ。


「お兄ちゃん、敵だよ!」


「ほんとだ。何か見覚えあるぞ」


 前方を塞ぐように立ちはだかるのは凍てついた樹木。寒冷樹という名の魔獣だった。


「まだ敵は遠いな。アレッサ、攻撃を頼む」


「ええ!? それはもしや、魔法を使えって感じですかね?」


「他に何がある。任せたからな」


「フェリックさん、伏せて!」


 咄嗟に身を屈ませると、耳許が凍りつくような轟音が駆け抜けていく。大きな氷柱は崖の岩肌に直撃して、遠くで不穏な破裂音を響かせた。


「敵さんも遠距離攻撃は得意か……力試しなんて場合じゃないな」


「お兄ちゃん、どうするの?」


「よし、オレとケティで右の奴を倒す。アレッサは左に魔法で攻撃。ミランダは戦局を見極め、怪我人が出たらすかさず回復だ」


「分かりました、お気をつけて」


「よし、散開!」


 そう告げるなりオレは駆けた。それを追い抜かすケティは、早くも敵の目前へと迫り、牽制する動きを見せた。それは2体双方の注意を引きつけ、狙いもそちらへと集中した。雪道であってもケティの動きに何ら陰りは見せず、ムチのようにしなるツタの攻撃を危なげなく回避した。


 それと時をおかずして背後からただならぬ気配が生じた。アレッサの凛とした叫びと共に、魔法による攻撃が炸裂するのだ。


「炎よ悪しき魂を焼き尽くせ、ファイヤボルト!」


 だが何も起きない。笑っちゃうくらい、本当に何も起きない。それこそ松明ほどの炎すらも出現はしなかった。


「あれ、あれあれぇ? 手応えはあったのに」


「おいアレッサ、ふざけてないで真面目に……」


「フェリックさん足元が!」


「足元って……うわぁ!?」


 ミランダの警告で下を見れば、雪で敷き詰められたハズの地面が突然、赤黒い色味を帯びるようになる。前のめりにかわす。しかし間一髪で間に合わず、立ち昇る火球が背中を激しく焼いた。


「あっちぃーーっ!」


「フェリックさん、しっかり!」


 背中から雪に飛び込み、追っつけてヒーリング。それで事なきを得たが、焦げた臭いが一連の騒ぎを色濃く残す。


「お兄ちゃん、遊んでないで早く!」


「分かってる、ちょっと事故っただけだ!」


 飛び起きてケティの元へ急いだ。敵の手数、もといツタの数に苦戦しているのか、防戦に終始する光景が見える。


 右手に破岩刀を装備。重たい。両手持ちに切り替える。足を雪に深々と沈めながらも、敵の傍まで急行した。可及的速やかに。


「いくぞ魔獣、こいつを食らえ!」


 中天に掲げた薙刀。重みで腕が震える。それにも構わず一閃に振り下ろし、雪を弾けさせ、地面をえぐった。もちろん魔獣はひとたまりもなく、その場には痩せこけた枝が残される。


「よし。後1体だな!」


「お兄ちゃん、危ない!」


 ケティに横から突き飛ばされた。揺れる視界の端で、幼い身体がツタで払われるのが見えた。直撃だ。


「大丈夫か、ケティ!」


 返事はなく、そして雪の上で突っ伏したまま動かなくなる。気絶したのか、しかし、致命傷になる程の威力には見えなかったのだが。


「しっかりしろ、今行くぞ!」


 雪を踏みつけて走る。迎撃のツタ。かわしたつもりだが、左腿に鋭い痛みが走る。この程度なら平気だ。そう思って駆け出した足は身体を支えきれず、膝から崩れ、顔から地面に飛び込んだ。


「さ、寒い……なんだよこれ」


 視界はボヤけ、歯の根は噛み合わずにカタカタと鳴り、四肢から力が抜けた。かつてない事態に思考を巡らせても、頭は空回りを続けるばかりだ。


「フェリックさん、今行きます!」


 ミランダが杖を片手に駆け出した。しかしその動きも虚しく、飛矢の罠を踏んで肩を負傷してしまう。


「あれぇ!? また失敗しちゃいましたが!」


 アレッサの方は杖の先に炎を宿しながら叫んだ。お前はもう帰ってくれないか。


「ヤバいですよ、このままじゃ家宝の杖がエライことに!」


 お前が戦力にならなかったばかりに、オレ達は今、どエライ目に遭ってるんだが。


「ムムム、こうなっては仕方ないです。このまま良い所ナシだなんて許されません!」


 アレッサも駆け出した。しかしこれは見間違いか、凍てつく岸壁を垂直に駆けては跳んで、一瞬のうちにオレの前に到着した。そして先端が燃え盛る杖を大きく持ち上げ、敵に向けて一気に振り下ろした。


「ワタクシの超魔法を味わいなさい!」


 違う、それ魔法違う。薄れゆく意識の中、オレは確かに感じた。物理攻撃を魔法と強弁する姿を。そして、細腕がやったとは思えない破壊力で、寒冷樹が粉々に消し飛ぶのを。


「フェリックさん。お気を確かに、フェリックさん!」


「おぅ、ミランダ……?」


 覗き込む顔には、不安の尾を引く笑みが見えた。


「良かった。眼を覚ましたのですね」


「……ケティは?」


「ケティちゃんなら、少し前に目覚めました」


「ほぇぇ。まだ頭がワンワンするよぉ」


「寒冷樹は、直接攻撃を受けると低体温症を患うそうです。接近戦は危険だと、アレッサさんに教えて貰いました」


「そのアレッサはどこにいる?」


「私の後ろです」


 声をかけてみれば、ビクッと震える肩が見えた。何らかの責任を感じているようだが、先程の一件は笑って許せる程度の失態ではなかった。


「アレッサ、嘘偽り無く答えろ」


「は、はいぃ。勇者様……」


「どうして何度も失敗したんだ?」


「いや、最後は華々しく活躍したじゃないですか! なんつうか、エンチャントの魔法で」


「失敗したんだよな?」


「はい、スミマセン……」


「お前、魔法が下手くそだろ」


「そ、そうかもですね。練習はしてるんですけど」


 やはり特別な理由があった訳ではない。単純に実力不足だっただけだ。それが分かれば、もう1つの疑問を尋ねるだけだ。


「あと実はメチャクチャ強いだろ。それも桁違いなくらいに」


「ええ、まぁ、そんな感じかもですねぇ……」


「ステータス画面を見せてみろ」


「……分かりました、です」


 そうして、酷くゆっくりとした動きで見せつけられた画面は、思わず眼を見開いてしまうものだった。レベル6の魔術師、扱えるのは中級まで。


 そこは別に良い。問題は能力値の方で、軒並みが異常な数値を示していた。それこそオレに比べてゼロが1つ多く、妙に知力が低いことを除けば、大活躍できる力を持っているのが分かる。


「お前、どうしてまたこんな……ウグッ」


 不意に押し寄せた頭痛で足がよろめく。


「フェリックさん。今は無理をなさらず、続きはまた明日にしましょう。ケティちゃんも今日は早く寝てください」


「うぇぇ。まだ眠くないもん」


「ダメです。すぐに拠点を造りますから、大人しく休んでてくださいね」


 そうして、いつもより早く野宿の準備が進められた。アレッサに問いかけたい事は多くあるが、情けないことに頭は本調子まで回復していない。


 そしてアレッサ本人からも真相は語られず、そのまま夜を明かす事となった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る