第45話 志す理由

 新メンバーを加えて2日目の夜。オレはタイミングを見計らって話を切り出した。もちろん、テーマは散々な現状についてだ。


「はい、アレッサ以外は全員揃ってんな。会議始めまーす」


「お兄ちゃん。アレッサちゃんはどこ行ったの?」


「知らん。トイレか何かだろ」


 そこそこに広いカマクラで身を寄せ合いながら話すのは、もちろんアレッサの処遇についてだ。本人に直接告げる前に根回ししとこう、というのがこの場の趣旨だ。


「昨日に引き続き今日の戦闘も散々だった訳だが、アイツはダメだ。このまま連れ歩くとマジで全滅するかもしれない」


「つまりはノザンリデルに帰す、という事でしょうか?」


「そうだ。さすがにここで追い返すのは可哀想だから、街まで一緒に行くがな。区長さんから貰った薙刀も返さなきゃならんし」


「お兄ちゃん。アレッサちゃんね、凄く楽しそうにしてたの。だからね」


「同行を許す事は出来ないぞ。特に今日の戦闘を思い出せ、一歩間違えば全員死んでたぞ」


「それは、ケティが失敗したせいだもん。足を滑らして魔法を避けられなかったからだもん」


「そもそも、アイツの魔法をわざわざ避けなきゃならん時点でおかしい。敵にぶつけろという話なんだぞ」


 オレの焼け焦げたマントはミランダに再制作してもらい、髪の毛も治してもらった。だが、毛先がほんのり焦げ臭いのは今も変わらない。それも手伝ってか、昨日の光景は酷く生々しく思い返されてしまう。


「フェリックさん。仰る事はもっともですが、もう少し様子を見てあげませんか? 攻撃魔法の扱いは簡単ではなく、ある程度の慣れが必要なのです」


「簡単じゃないって例えば?」


「精霊の作用が強く出ます。雪国では氷の、南国では炎といったように、周囲に漂う精霊次第では魔法の発動が困難になるのです。その為に炎魔法に失敗したものと思われます」


「ここら辺だと炎魔法が難しいと。だったら氷魔法で攻撃すれば良かっただろ」


「寒冷樹には効きません。下手をすると魔力を回復させてしまい、より凶悪な敵に成長する可能性もあります」


「そ、そうか。だが、失敗するにしても限度ってもんがある。わざとでないにしても、味方を標的になるだなんて論外じゃないか」


「私が攻撃魔法を習っていた頃、的ではなくお祖母様に浴びせてしまった経験が多々あります。その時は防護魔法で事なきを得ましたが、見た目ほど簡単でない事は確かです」


 そう力説するミランダだが、あまり参考にならなかった。この子はしっかり者であると同時に不器用というか、かなりのドジだ。世間一般の感触とは開きがあるように思う。


「まぁあれだ。近接戦闘は申し分無いと思う。だからアレッサに確かめてみよう。魔術師としてではなく、前衛として戦うのなら仲間に加えてやると」


「すんなりと応じるでしょうか。わざわざ得意分野を捨ててまで魔法を勉強しているのですから」


「憧れとか、魔法少女の方が可愛いとか、そういう理由じゃないのか。気持ちだけで突っ走りそうなタイプだし」


「そうかもしれません。しかし、そうでない可能性も否定できません」


 その時、ザクザクと雪を踏む音が聞こえて、オレ達は口を噤んだ。すると入り口から満面の笑みが飛び出し、ハツラツとした言葉まで聞かれた。


「いやぁ長いこと外しちゃってスミマセン。ちょっとやんごとなき腹痛がありましてね」


「大丈夫ですか? お困りなら回復しますが」


「あぁ平気です。もうスカッと解決したんで。そんじゃお休みなさいませぇ」


 そう言うなりアレッサは入り口傍で寝転んだ。オレ達は顔を見合わせ、特に何を喋るでもなく消灯した。場合によっては、明日はノザンリデル。そんな事を思い浮かべるうち、浅い眠りへと落ちていった。


 それからの事だ。寒さから尿意を覚えたオレは、近くの茂みへ向かった。敢えて言葉を借りれば、スカッとした気分になり、すぐに寝床へ戻ろうとしたのだが。


「何だ、あの光は……」


 遠くで明滅する灯りは、ここからでは判別がつかない。まさか魔獣じゃないだろうな。右手にグラディウスを持ち、足音を殺して近寄ってみたところ、オレは思わず声をあげていた。


「アレッサ、何してんだよお前」


「エヒィッ。ゆ、勇者様……?」


 光の正体はアレッサの魔法だった。雪に突き立てた棒を的に練習をしているのだろう。しかし一撃すらも命中しておらず、背後の崖を焦がすばかりであるのは、月明かりが無情にも照らし出した。


「練習してたのか?」


「ええ、まぁ、そういうヤツですかね」


 それきりアレッサは押し黙ってしまう。その姿を眺めるうち、何故かやるせなくなり、意図しない程に大きな溜め息が出た。


「これは明日くらいに話すつもりだったんだが。魔術師をやめて、格闘家か剣士を目指さないか」


「えっと、ワタクシは、ダメな子ですかね?」


「魔法の成功率がゼロじゃあ、戦力としては厳しすぎるぞ」


「そうですよねぇ……」


「だから2択だ。転職してオレ達と旅を続けるか、それとも祖父さんの所へ帰るかだ」


「魔術師をやめる訳にはいかないんです。このまま続けさせてください」


「分かった。じゃあ明日は実家に……」


「でもその前にあと5日、いえ、3日だけください! それまでに魔法を使えるようになっておきますんで!」


「3日って言われてもな。そんな日数でどうにかなる訳が……」


「お願いします! どうかチャンスをください!」


 勢いよく頭を下げる姿には、確固たる意思と、必死で縋り付く気持ちがありありと見て取れた。この気迫、果たして憧れなんかの浮ついた気持ちから出るものだろうか。


 アレッサはもっと軽薄なタイプかと思っていたのだが、その認識は改めるべきかもしれない。


「何か理由でもあるのか。教えてくれよ」


「そうですよね。気になっちゃいますよねぇ」


 アレッサは顔を左右に降ると、手頃な岩を見つけては雪を払い、腰を降ろした。オレもそれな倣い、隣に座る。


「お察しかもしれませんけど、ワタクシは元格闘家なんです。魔術師に転職したのは半年前って所です」


「妙に強いのはそういう訳か」


「はい。ワタクシは才能に恵まれたらしくて、グングン成長していきました。お祖父様も眼にかけてくれましたし、それはもう日に日に強くなりました。鏡越しに映る筋肉を眺めては見惚れる毎日だったのです」


「そ、そうか」


「しかも超絶美少女です。期待のルーキーだ嫁さん候補だなんて、故郷は毎日のようにワタクシをもてはやしました」


「うんうん。そういう話は良いから、本題に入ってくれ」


「それではお話します。長くなりますが」


 アレッサは前置きを告げると、とつとつと語りだした。あどけなさを残す彼女の魂に刻まれた、一連の出来事を。


◆ ◆ ◆


 あれは忘れもしません。一年前の事です。まだ前勇者の悪事もありませんでしたから、割と平穏な毎日を過ごしていました。それは区長の孫として暮らすワタクシも同じで、いつまでもこんな日々が続くものだと考えていました。


「おおっとぉ、今日の大腿筋ちゃんはキレが格段に良いね。上腕三頭筋ちゃんも頑張っててちょっとした丘みたいじゃないの!」


 正面を褒めたなら背中も褒めてやらねばなりません。身体を逆側に向けて、やはり鏡の前で囁くのです。


「おやおや広背筋ちゃん。健気にも末広がりを見せてるね。そのうち夜空さえも覆い尽くすくらい伸びやかな……」


◆ ◆ ◆


「いや、うん。筋肉のくだりは要らねぇから」


「そうですか? なるべく正確にお伝えしたいんですけど」


「細かい部分は雰囲気から察する。重要なとこだけを教えてくれ」


「それではお話します。少し長くなりますが」


 こうして、今度こそ本当に経緯が語られるようになる。遠くからは虫の音が鳴るだけで、風のない夜だ。聞こえる言葉は随分と明瞭なものだった。


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