第46話 友の願いは
当時のワタクシは冒険者ギルドの養成所に通う学生でした。まだまだ半人前でしたが、下手な大人よりも強かった事もあり、特別に依頼を請ける事を許されていました。
もちろん、1人ではありません。魔術師の友達が常に一緒でした。
「はぁ、はぁ。おっすマリアーナ」
「おっすじゃありません。こんなに遅れるだなんて、アレッサが選んだ依頼でしょうに」
「いやぁ、それはその、急激な腹痛に堪えかねちゃって……」
「はい嘘。お腹の調子でごまかすのは、いつも話しにくい時ですよね」
「う、うん。ちょいと祖父様にお説教をねぇ」
「またですか。どうせ勉強を怠っていたのでしょう。武術だけでは真の強者にはなれないと普段から……」
「エヒィッ! もう小言は止めてよ、散々絞られた後なんだからぁ!」
「まったく。人の話を聞いてるんだか聞いてないんだか」
その日の依頼は特に変わったものはありませんでした。内容は輸送船の護衛で、言葉ほど大げさな事は無く、どっちかと言えば荷の上げ下げがメインというお仕事でした。
「ふぃぃ。こいつでお終いっと」
「お疲れさまですアレッサ。はい、冷たいお水」
「むぅぅ。マリアーナも手伝ってよ。力仕事を全部押し付けてさぁ」
「適材適所ですよ。私は船長さんと航路の相談をしてましたから」
「ちぇっ。頭脳労働者は良いご身分だよね」
船出は順調でした。程よい追い風で波は低く、視界も良好だったのです。だから仕事というよりは、舟遊びという気分が近かったでしょうか。
「イヤッホーー! 進め進めぇーー!」
「アレッサ。はしゃぎ過ぎです。海に落ちても助けてあげませんからね」
「ふふん、そんなにウカツじゃないもんね。それよりもさ、考えてくれた?」
「冒険者として一緒に旅をするって話?」
「そうそう。アタシ達が組めば最強も最強。強いし可愛いしで、垂涎モノのチームが誕生するんだよ!」
「自信過剰にも程がありますよ」
「大丈夫だって。マリアーナも結構可愛いからさ」
「論点はそこじゃありません」
そう言いつつも、感触事態は悪く有りませんでした。彼女も旅に出たい気持ちが強かったのです。
「まぁ、考えておきます。魔術の素晴らしさを、世界中に知らしめる事が出来ますしね」
「それにアレでしょ? 勇者様と出会って恋に堕ちたいっていう」
「なっ! わた、私はそんな不純な動機なんか!」
「知ってるんだよぉ。図書館で伝記を繰り返し借りてるでしょ。しかも、勇者様の章をウットリしながら読んでる事もね」
マリアーナは英雄譚が本当に好きでした。それこそ小さい頃なんか、アタシに勇者役をやらせて、彼女が魔王から助けられるなんて遊びばかりでしたから。
「ぬぬぬ……不覚。まさかよりにもよって、アレッサに知られるだなんて」
「まぁまぁ、そうカッカしないで。キレイな顔が台無しだよ?」
「だまらっしゃい! アナタこそどうなんですか。憧れとか、淡い恋心とか抱かないのですか!」
「アタシはホラ、勇者様も良いけど武闘派が好きっていう? 困難に打ち勝とうとする戦士の筋肉をアタシの筋肉が支えてもう大筋肉!」
「理解に苦しみます」
「あぁ、大筋肉が分かりにくかった? 簡単に言えば鍛え抜いた肉体で支え合って、2倍の筋肉であらゆる問題をまるっと解決するという……」
「輪をかけて理解に苦しみます」
他愛のない会話で盛り上がる最中も、船は目的地へ向けて進みます。やがて沖まで出て、海流に乗ろうという頃合いに、それは起きました。
それまで穏やかだった海にうねりが増し、海面が不自然に盛り上がるのを。
「な、何だあれは!」
船乗りの1人が叫びました。やがて大きな波と共に、巨大なウミヘビが姿を現したのです。人生で一度も見たことのない魔獣で、皆の驚愕ぶりは酷いものでした。
「ひぇぇ! 化け物だぁ!」
大の男達が腰を抜かして倒れる中、マリアーナだけは冷静でした。
「これはシーサーペント。なぜこんな海域に……!」
「マリアーナは知ってるの?」
「詳しくは存じません。人間が倒したという記録はほとんどありませんから」
「じゃあ弱点とか、習性とか知らないの?」
その時、船乗りの1人が会話を遮って、こう叫びました。
「おい、お前ら護衛だろ! オレらを守って戦え!」
「何をバカな事を。私達だけで敵う相手ではありません」
「うるせぇぞ。なんなら2人を放り投げて化け物の餌にしてやっても良いんだぞ!」
「浅ましい。仲違いする暇があるなら、全速力で逃げるべき……」
マリアーナは抗議しましたが、ワタクシは違いました。
「い、良いよ。やるよ。アタシがブッ倒しちゃうもんね」
「アレッサ、正気ですか!?」
「こ、こんな三下相手に逃げるようじゃ、魔王なんか倒せないし!」
「無茶です。戻りなさい!」
マリアーナの制止も聞かず、ワタクシは船の縁から跳びました。そして敵の身体に取り付き、手当たり次第に殴りかかったのです。反撃どころか抵抗すらなく、思う様に攻撃を叩き込む事が出来ました。
「いける、これはいける!」
長い首をしこたまに殴りまくったんですが、実際は効いていなかったようです。空に向けて首を払うことで、ワタクシの身体は高々と飛ばされ、やがて海面に強く叩きつけられたのです。
そして海深くまで身を投げ出したワタクシは、そのまま沈みそうになるのを、何者かが救ってくれました。それは他ならぬマリアーナでした。
「どうして、危ないのに」
「アナタに死なれでもしたら、夢見が悪いですから」
「あぁ、船が……」
薄れゆく意識の中で見たものは、シーサーペントの尻尾で破壊される船でした。そこで意識は一度、プツリと途切れるのです。
「アレッサ、しっかりなさい。アレッサ」
「……ここは?」
周りを見渡してみても、目につくものはありません。だだっ広い大海原が見えるばかりです。
「運が良かったですね。敵なら、あれからすぐに立ち去りましたよ」
「うぐぐ。相手にもされないとは、何という屈辱……」
「今は命があったことを喜びなさい」
しかしそうは言っても状況は最悪です。寒い海、吹き付ける風を受けて、船の残骸の上に横たわっているのですから。溺れはしなくとも危険である事に変わりはありません。
「さ、寒い……!」
「ジッとしてなさい。今、魔力を通わせてあげます」
「あぁ、そっか。魔術師は、そんな芸当も出来るんでしたっけ。なんか暖かくなってきた」
「そうですよ。傷は浅いのですから、この程度で弱音を吐くのはおよしなさい」
「うん。こんな所で死ねないよ。アタシは、世界を股にかけて大暴れするんだ。色んな強いやつと、たくさん戦うんだ」
「その調子。他にもやりたい事は?」
「ええと、うぅん。今はちょっと思いつかない。1回寝てから考え直すよ」
「アレッサ、寝てはいけません。早く起きなさい」
そうは言われても、まぶたを閉じる力は強く、堪えが利きませんでした。やがて薄目を開ける事すら困難になります。
「アレッサ。例の話、乗ってあげますよ。あちこち冒険の旅にでかけましょう。2人の名を世界に轟かせるのです」
「アレッサ。陸に戻れたら何をしたいですか。私は暖かなベッドで横になりたいです」
「アレッサ。先日、面白い本を見つけました。安心してください、アナタにも読破できそうな内容ですから」
そこで再び意識は途切れます。それからどれだけの間、海を彷徨っていたのでしょうか。丸2日間もの間、漂流していたのだと聞かされたのは、実家の慣れ親しんだベッドの上での事でした。
お祖父様はもちろん、家族の皆は泣いて喜んでくれました。私はマリアーナに会いたいと告げると、数日だけ待てと言われました。怪我の治りが遅かったこともあって、大人しく寝る事にしました。
そして3日後。お祖父様に連れられてやって来たのは教会でした。その時に見た光景は、一生忘れる事はないと思います。
「……嘘でしょ」
参列者の中にはマリアーナの家族と、養成所の先生や生徒の姿が見えました。そしてマリアーナ。純白のローブに身を包んだ彼女は、台座に横たわり、周囲を献花で埋め尽くしていました。青白い頬は、捧げられた桃色の花とはかけ離れており、それが一層に不吉な気配を漂わせるのです。
「アレッサよ。辛いことだが、お別れをするのだ」
お祖父様から手渡されたのは、同じ色の花でした。しかし、胸で爆発する感情から、手元で握りつぶしていました。そして、あろうことか思いつくままに罵ってしまったのです。
「ふざけないでよマリアーナ! あんだけ寝るなって言ったんじゃん! そのアンタがどうして眠りこけてんのよ!」
「アレッサ、止めなさい」
「海に落ちたら助けないって言ってたじゃん! 一緒に旅するって言ってくれたじゃん! その約束はどうすんのよ、嘘つき! 嘘つきッ!」
「いかん。誰か早く、アレッサを別室へ!」
「本当は生きてんでしょ、アタシをからかってんでしょ! 早く起きなさいよ、マリアーナ!」
これは後で教えてくれた事なんですが、彼女は延々と温めてくれた様です。ワタクシが気絶している間も、ずっとずっと守っててくれたんです。ただ皮肉なことに、怪我人だったこちらの方が生命力を持ち合わせていたのです。その為、このような結果になってしまいました。
全てを知ってからは部屋に閉じこもるようになりました。養成所の皆も、家族も、マリアーナのご両親でさえ責めたりしませんでした。悲運な事故として扱われた為です。いっその事、強く詰ってくれた方が楽だったかもしれません。
そんな想いを抱きつつ、ひたすらに考え続けました。マリアーナの為に、亡くした幼馴染の為に出来ることはなんだろうと。自室で勝手に卒業してからも、休むこと無く、ずっと。
◆ ◆ ◆
「なるほど。そんな過去があったのか」
普段の様子からは想像も出来ない話だ。良家の娘として生まれ落ち、悠々と暮らしてきたのだとばかり考えていたのだが。
「命を救ってもらったのだから、マリアーナの夢を引き継ごうと心に決めました。それで罪滅しとなるかは分かりませんが」
「だから魔術師として生きてると。魔術の素晴らしさを知らしめる為に」
「はい。勇者様の旅に加わったのも、マリアーナの夢なんです。あの子は勇者の章を暗記しちゃうくらい、繰り返し読んでましたから」
「そうか。大体は理解した」
そこで横目に見たのは憂いた顔だった。普段のように、底抜けなまでの明るさは微塵も感じられない。
「話を聞いた上で質問だ。お前はそのままで良いのか?」
「そのまま、とは」
「友達との夢を叶えたいんだろ」
「はい。ですから、魔術師になろうと……」
「そっちじゃない。2人で世界に名を轟かせると言ってくれたんだろ。それはつまり、格闘家と魔術師の2人って事だろ。お前に魔術をやれとは言ってなかったよな」
「それは、まぁ、そうですけども」
死者は黙して語らない。故人の願望なんて、生者の方が勝手に解釈するものだ。
「オレは何度となく死にかけたけどさ。仮にオレだけ死んだとしても、仲間に何かを強いたりはしないさ。それこそ好き勝手に、伸び伸び生きて欲しいと願うだろうよ」
「そういうものでしょうか」
「まぁお前の人生だ。オレがとやかく言うことじゃない。この数日のうちに、何らかのケリをつけておけよ」
「数日……?」
「待って欲しいんだろ。その代わり、5日が限度だぞ。それ以上は1日も待たないからな」
アレッサの沈んでいた顔に明るいものが差し込んだ。明るみを帯びたのは月明かりのせいでは無いだろう。
「ありがとうございます! 誠心誠意がんばりますので!」
感謝の言葉は背中で受けて、その場を立ち去った。それから寝床まで戻ってみると、2つの寝息が出迎えた。どちらもグッスリと寝入っているらしい。
「さてと。返品する気満々だったが、少し気が早かったかな」
オレはインベントリに眠る破岩刀を装備し、刃の鞘を払った。威力はあれど重たすぎる贈り物だ。片付ける前にもう少しだけ練習してみようと、片刃の切っ先を眺めつつ、そんな気分に浸るのだった。
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