第47話 コツを掴むまでは

 明くる朝。仮拠点のカマクラを後にしたオレ達は、南へと向かう街道から大きく外れ、西に直進。ごつい岩場で荒れた坂を下りつつ、渓谷へとやってきた。


「雄大な景色だな。崖がズビャアと切り立ってんぞ」


「お兄ちゃん。どうしたの急に、大自然を楽しみたいだなんて」


「やっぱね、たまには遊びも必要だって。ワクワクするだろ?」


「もう。唐突なんだから」


 傍の川は凍りついていない。流れが急であるせいだろう。そこで胸ビレの広い魚が水面から飛び跳ね、宙を舞う羽虫に喰らいつくのだ。


「ホラ見ろ、魚だ。魚が跳ねたぞ」


「へぇそっか凄いねぇ」


「もっと興味を持てよケティ。ちなみに今のは食えるやつだ」


「えっ、そうなの?」


「串に刺して火にくべるんだ。するとな、ジュワァと脂が染み出してきてな」


「ジュワァって……?」


「香ばしく焼けたパリッパリの皮と一緒に、こうかじるだろ?」


「パリッパリの……?」


 オレはゼスチャーで焼き魚を食べる仕草を見せた。ケティは俄然興味を持ち、両手の隙間をまん丸に開いた眼で凝視している。


「あぁたまんねぇ。香りと脂で口の中がお祭り騒ぎだぜ!」


「美味しいの!? ケティも食べたい!」


「そりゃお前、素材での代用品と違って天然物の焼き魚は絶品だぞ。お供物に使ったりするくらいだからな」


「お魚さん獲ってくる!」


 ケティは叫ぶなり飛び出し、中洲と呼ぶにはお粗末過ぎる岩場に着地した。そして水面を睨みつけ、手のひらを叩きつけていく。噂で耳にした熊のやり口に似てると思った。


 そんな光景を遠目から眺めていると、ミランダが静かに寄り添った。その顔に浮かぶのは、慈愛の笑みだけではない。


「宜しいのですか、フェリックさん?」


 全てを察したのか、問いかけの言葉は短い。


「少しだけ様子をみる。アレッサには5日やると話をつけておいた」


「そうですか。分かりました」


 ミランダは安堵の表情を浮かべると、遠くで腰掛けるアレッサに視線を向けた。あちらでは真剣な様子で魔導書を読み耽っており、オレ達の会話なんぞ耳に届いてない様子だった。


「随分と嬉しそうだな?」


「やはり、頭ごなしに追い返すのは気が引けましたから」


「そっか。事情を知っちまえば、雑に扱えないしな」


「事情ですか。何か話をされたので?」


「ちょっと喋る機会があったからさ」


 かく言うオレものんびりできるご身分では無い。皆が寝静まった頃にはトレーニングが待っているのだ。川辺から外れた所に拠点を建て、仲間が寝静まるのを見計らって始まるのだ。


「それにしてもクソ重いよな、この大薙刀」


 数度の戦闘で分かったのは、使いこなすには筋力が不足している事。振り下ろしはまだ良いにして、横薙ぎにしたものなら、身体が泳いで転んでしまうという有様だ。そして振り下ろしですら、持ち上げて叩く動作にバカみたいな時間がかかる。ケティの援護なしには当てる事すら叶わないだろう。


「あの爺さんも物を選べってんだ。長剣とか盾とか、他にもあるだろうに……!」


 薙刀を振った傍から態勢を崩し、背中から転んでしまう。これではどちらが振り回されてるのか分かった物ではない。


「やっぱ返品するか。オレには合わないって……」


 そう思った矢先、遠くの暗闇で炎が明滅するのを見た。それを眼にする内、簡単に諦めようとする自分が恥ずかしくなる。


「せめて、コツくらい掴んでおかなきゃ笑われちまうわなぁ!」


 無様な訓練は夜通しで続けられた。そして明け方を迎える前に僅かな眠りを貪(むさぼ)る。やがて聞こえる物音に眼を覚ませば、むくれっ面のケティが迎えてくれた。


「おはよう……嫌な夢でも見たのか?」


「違うもん。そんなんじゃないもん」


「ミランダ。何かあったのか?」


「魚を捕まえられないのが悔しいみたいです。昨晩も抜け出しては練習してましたから」


 ケティ、お前もか。そう思いつつも口には出さずにおいた。


「むむむ。せめてコツくらいは掴まないと、納得が出来ないよ!」


 セリフまで被せんでよろしい。やはりオレは何も言わずにおいた。


 それからのオレ達の足取りはというと、渓谷沿いにフラフラと歩くだけだ。川から離れたくないというのはケティの要望だ。こちらとしても文句は無いので、拠点を変えぬままに翌日、そのまた翌日も過ごす事になる。


 そんな朝にミランダから「おねだり」があった。恐らくは出会って初めての事じゃないだろうか。


「フェリックさん。もしよろしければ、魔獣の素材を分けては貰えませんか?」


「それは構わんよ。何が良い?」


「寒冷樹だと助かります」


「あぁ、飯にしたくても苦い粉にしかならんやつか。好きにして良いよ」


「ありがとうございます。少しだけ頂戴しますね」


「ちなみに何に使うんだ?」


「私も皆さんに触発されまして、何か挑戦してみたくなりました」


 拠点を設けて3日も経つと、誰も遊びだ観光だとは言わなくなった。各々が目論むものだけを目指して、一心不乱に励むばかりとなっていたのだ。かく言うオレも、今や夜を待つことはせず、ただ開けた場所に出ては薙刀を振りまくる。


「きちぃな。まだ全然糸口すらも見えてこねぇ……」


 一応、縦攻撃の方はカタがついた。腕の力だけでなく、腿や背中の筋肉も活用し、背負投げのような感覚で叩きつける。そうすれば攻撃速度は早まるし、それほど疲れない。


 問題は横回転の方だ。遠心力が強すぎて制御ができない。横一文字に振り抜いた後、力づくで止めようとすれば転んでしまうか、あるいは腕に強烈な負担がのしかかってしまう。かと言って半端な振り方では攻撃として弱い。


「待てよ、横でも腕の力に頼らないほうが……?」


 思いつき、ダメ元で閃き通りに試してみる。横一閃に薙ぐ。ただし今度は腰のひねりに重点を置いてみた。すると、身体のブレは小さくなり、態勢の崩れもマシになった。


「なるほど。腰の回転も使うとやりやすいんだな」


 オレは薙刀の型なんか1つも知らない。それは長剣でも変わらんのだが、とにかく我流、自己流で解釈するしか無い。より楽な動き、より動きやすい形を求めて暗中模索する時間は続いた。


 そうして息があがり、足取りが怪しくなった頃だ。さすがに今日は終わろうとした所、遠くに炎の明滅を見た。


「大丈夫か、アイツ……」


 声をかけようかとも思ったが止めておいた。残された日にちもあと僅か。気の済むまでやらせるのが正しいのだろう。そのまま拠点へ戻ると、束の間の眠りと戯れた。


 迎えた翌日。ケティのやかましい声で目が覚めた。腹が減った、飯まだかと騒ぐのだ。


「あれ。ミランダは居ないのか?」


「おはようございます。すみません、寝過ごしてしまいました」


「珍しいな。キミが寝坊するだなんて」


「はい。昨晩は一歩進んだ錬金術に励んだのですが、なかなか上手くいかず、ついつい夜ふかしを」


「なるほど。頑張ったんだな」


「いえいえ。せめてコツを掴むまでは、自慢にもなりません」


「そのセリフ回しは流行ってんのか?」


 それからは携帯食を加工しての食事になった。待ちわびて飛びつくケティや、めっきり口数の減ったアレッサと共に空きっ腹を満たす。手持ちの食料も残りわずかだ。5日という約束がなくとも、そろそろ潮時という頃合いだった。


 ちなみに大薙刀の習得はというと、さすがに毎日触っていただけあって、多少は慣れてくるものだ。的に見立てた木の棒を切断したり、連続的に攻撃できたりと一定の収穫はあった。

 

 肝心のアレッサはというと、根を詰めて練習中だ。上手く言ったという話は、まだ聞こえてこない。そして翌朝、迎えた最終日。流石にオレも疲れが溜まり、ひたすらに眠りこけていた。しかし安穏と眠る事をケティが許さなかった。


「お兄ちゃん起きて、起きてぇ!」


「ゴフッ。何すんだよ……」


 朝イチでのダイビングアタックは強烈だった。肺から空気が押し出されて息苦しくなる。


「見て見て、魚が穫れたの! しかもたくさん!」


「えっ。ほんとだ!」


 カマクラの中で飛び跳ねる魚は計6匹、大量だ。早速木の枝をみつくろい、グラディウスで木串を用意してやる。


「フェリックさん、おはようございます」


「おはよう。その防具はどうしたんだ?」


「昨晩、作成してみました。人数分ありますので良かったらどうぞ」


「へぇ、木綿の手甲か。温かいな」


「思いの外に難航しましたが、悪くない品質ですよ」


 ミランダの挑戦も成功したらしい。達成感からか、これまた珍しく力強い笑みを浮かべ、大きな鼻息を吐いた。


 ありがたく頂戴し、身につけてみる。僅かだが防御力が増し、氷属性に対しての耐性もある。それに何と言っても指先を温められるのが嬉しかった。


「あとはアレッサだけか……」


 本人からの報告は無い。彼女は飯もそこそこに、またどこかへと出掛けてしまった。やはり上達していないのだろうか。


「泣いても笑っても、今日までだからな」


 ジュウジュウと食欲を誘う音。程良く焼けた魚にかぶりついた。やはり脂は美味いのだが、はらわたの強い苦味が口の中を一色に染め上げてしまった。

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