第48話 夢の中間点

 アレッサはやはり、いつもの場所に居た。この一帯だけ雪が消失している事から、必死に励んだことが窺い知れる。


「約束の日だ。準備は良いか?」


「はい。宜しくお願いします……!」


「おっとその前に。これをミランダから預かっている」


 差し出したのは木綿の手甲だ。しかしアレッサは眼を伏せるばかりで、一向に受け取る気配がない。


「どうした。お前のもんだぞ」


「いやぁ、その、なんつうか。防寒具は苦手でして……」


「気にしてるのか。友達の事を」


 アレッサが弾かれたように顔をあげた。やはり、読みの通りらしい。


「お前が薄着で過ごすのも同じ理由だな? 動きやすいとは言え、半袖で過ごすなんて暴挙だからな」


「何だか、厚着すると思い出しちゃうんです。そして、自分なんかが温まっちゃダメだって気分になって、だから……」


「別に過去を忘れろとは言わん。好きなように悼むと良い。だがそれと同じくらい、人の気遣いにも眼を向けてみろ」


「気遣い、ですか」


「そうだ。ミランダの想いが詰まった装備だ。身につけてもらわないと彼女も悲しむ」


「じゃあ、まぁ、手ぇくらいなら」


 渋々な様子ではあるが、アレッサは手甲を装備してくれた。素肌を晒す腕や足が寒そうに見えるのだが、本人はいたって平気そうだ。


 この時、魔術師は装備に魔力を通わせ、外気変動に堪えるという話を思い出す。アレッサもそれだけは実行しているのだろう。そうでなくば重大な病気でも患っているハズだ。


「じゃあ始めようか。5日間の成果を見せてもらおう」


 正確に言えば、今日の夜中までで丸5日だ。しかし諸事情から、正確には食料の不足から、ここいらが限界だった。


「い、いきます……!」


 アレッサが杖を両手で握りしめ、的と向かい合う。ちょうど人間サイズの長さの枝を突き立てただけという、お手軽過ぎるものだ。試験は単純で、ファイヤーボールを1発当てるというもの。ミランダの見立てでは初歩の初歩らしいが、結果はいかに。


「ファイヤーボールッ!」


 例によって声だけは良い。響きにしろ気迫にしろ申し分なく、一端の術師っぽく聞こえる。だが肝心の魔法は目も当てられない程だった。


「エッヒィ! 貰ったばっかりの手甲がぁ!」


 燃え上がるのは的でも杖でもなく、アレッサの右手だった。やはりダメか。オレは肩から力が抜け出ていくのを感じた。


「大丈夫か。後ろに雪が積もってるから、そこで鎮火を……」


「あっちいけコノヤローー!」


 その時アレッサは石を投げつける仕草をみせた。するとどうだろう。火の玉は右手から離れ、一直線に崖へと向かってかと思えば、爆炎が生じた。立ち昇る黒煙の向こうでは岩肌がえぐれ、にわかに漂う焦げ臭さからも十分な熱量だった事を想像させた。


「あのう、勇者様。今のは予行演習ってことで、次のを本番に……」


「これだ……!」


「ふぇっ? 何がです?」


「お前の戦闘スタイルだよ! ちょっと手を見せてみろ!」


 アレッサに促すと、両手を開いて見せつけてきた。見たところ異常は無かった。


「布は焦げてないし、火傷もしてないよな?」


「はい。魔術師は装備に魔力を通すので、そのお陰かなぁ、なんて」


「じゃあ問題ないな。今のをもう1度やってみろ」


「いっ、今のって?」


「拳に魔法を宿して投げつけたろ。それを今度は狙ってやるんだ」


「狙うって……えぇ?」


「良いから早く試してみろって!」


 オレは何故か好奇心をモキモキ育ててしまい、アレッサを強く急かした。半信半疑の反応でも構わず、まるで師匠にでもなったかのように言葉を浴びせた。


「良いかアレッサ、オレを信じろ。そしてお前の努力を、想いを、運命を信じるのだ!」


「はい、勇者様!」


「存分にブチかませ!」


「ファイヤーボールッ!」


 叫びとともに再び右手に炎が宿る。そして、これまでとは比較にならない程に猛々しい声で、何かを置き去りにする様な強さで放たれた。


「こんの野郎ーーッ!」


 高速で射出された火の玉は形を変え、矢のような鋭さを持つようになる。それは的をアッサリと飲み込んで焼き尽くし、崖に激突。見るべきは命中精度の向上だが、破壊力も桁外れだ。先程よりも深々と突き刺さり、爆発すると崖が崩れ、辺りの地形が変貌してしまった。


 察するに、これは魔法の熱量と拳圧によるスピードのお陰。その両者が重なったがために、デタラメな程の威力を発揮したのだ。


「すげぇ、何だこの力……」


「これはもしかして、ワタクシがやったんですか……」


「他でもない、お前の鍛錬の結果だ」


「でも、なんか魔法っぽくないというか、反則技みたいな気がして……」


「何を恥じる必要がある。格闘技を学んだ経験と、友を想う気持ちが重なった結果だ。武術と魔術の融合だなんて面白そうじゃねぇか!」


 アレッサの瞳で天秤が揺れる。ここが彼女にとって、そしてオレらにとっても大きな転機となるだろう。意識したつもりはないが、自分の口は妙に饒舌だった。


 それはまるで、運命の糸に引き寄せられるかのように。


「前にも言ったがお前の人生だ、好きに決めろ。だがもう魔術だけにへばり付く必要はない事を、自分自身で証明してみせたんだ!」


「良いんですか、ワタクシみたいな者が、夢を追いかけても……」


「お前には才能と勤勉さがある。そして、オレも出来る限りのサポートをしてやる」


「認めてくれますか。勇者様は、ワタクシの事を受け入れて……」


「勇者様、じゃないぞ」


「えっ?」


 オレはすかさず右手を差し出した。アレッサの視線がオレの顔と指先を往復する。


「レストール村のフェリックだ。今後もよろしくな」


 その時、アレッサの瞳に涙が盛り上がった。それは綻んだ頬を伝い、手元に落ちて、消えた。


「ノザンリデルのアレッサです。これからも仲良くしてください、フェリック様!」


 オレの右手が素早く握られる。次の瞬間、刺すような刺激を感じて、思わず飛び退いた。


「あっちぃ! 何だお前の手は!?」


「あれ? あれあれ? もしかして熱かったですか?」


「ヤベェくらいだよ焼きゴテかよ」


「もしかして魔法のせいかも? でもまぁ、世の殿方は美少女に恋い焦がれると言いますし、それを身をもって体験したと思えば……」


「何が体験だ、あんま傍に寄んな」


「打ち解けた途端にこの仕打ち! 仲良くしましょうよ朝も夜も」


「うっせぇ離れろ近寄んな!」


 それからは、真夜中だというのに追いかけっこが始まった。本気で撒こうと企むも、相手は異常に身のこなしに長けており、むしろ並走する感じになってしまう。仕方なく雪玉を投てき。直撃、はしない。反撃が来る。辛うじて避ける。あとはその繰り返し。バカバカしくも、謎のテンションにて雪合戦は延々と続いた。それこそ息があがるまで。


 後はどちらからでもなく、拠点に戻り、遅すぎる就寝となった。アレッサには2つの意味で手を焼かされたものだが、ようやく節目を迎える事が出来たのだ。


 明くる朝。差し込む日差しと物音で目が覚めた。しかしもう頑張る理由もない。ミランダとケティだってまだ夢の中だ。


「へへっ。二度寝ってのはめっちゃ気持ち良いんだよなぁ」


 そこでもう一度夢の世界へ旅立つ、旅立ちたかったのだが、意識は強引にも引き戻されてしまう。


「おはようございますフェリック様! いい陽気ですよ!」


「アレッサ、うるせぇよ。寝かせてくれ……」


「ダメですよダメ。フェリック様はちょいとばかし筋肉が不足してますから、鍛えてもらわなきゃ」


「何でだよ急に」


「だって夢を叶えて良いんでしょう? サポートしてくれるって言いましたよね?」


「うん、だからそれは、格闘技と魔術の融合を……」


「そっちじゃなくて。ホラ、言いましたよね。マリアーナは勇者様と結ばれる事、ワタクシは大筋肉な愛を求めてるって」


「ハァ?」


 この時オレが漏らした声は、人生の中で最も困惑しており、同時に邪悪さに満ちていた気がする。だがアレッサは全く意に介さず、オレの両肩を頼もしいほどに強く掴んだ。


「安心してください、ワタクシも転職しちゃったんで筋肉がやせ細ってヤバいです。一緒に大筋肉を目指して頑張りましょう!」


「おいやめろ離せ! そんな約束は認められない……」


「さぁ行きましょう、まずは雪山ランニング20週ですよ!」


「たっ、助けてぇーーッ!」


 確かに節目は迎えた。足手まといだったアレッサは優秀な戦力となり、戦闘に貢献してくれるだろう。それでオレも楽になるかなと、ほんの一瞬とはいえ、夢想したのは浅はかだった。


 これより毎日のように地獄のしごきが始まるのだ。それこそ本当に朝も夜も。


 


 

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