第49話 変貌の端
諸々片付いたオレ達4人は、一路南へ。雪道山道なんのその、新メンバーを迎えた事により気分は一新され、風のような素早さで駆け抜けていく。気分だけは、だが。
「お兄ちゃん、ホラホラ頑張ってよぉ」
「勘弁してくれ。全身が痛ぇんだよ」
アレッサが押し付けてくるトレーニングは過酷、いや苛烈そのものだった。『取り急ぎ腕立て千回』とかぬかした時は、思わず頭にゲンコツをくれてやった経緯がある。
結局はトレーニングからは逃げられず、散々に身体を虐める事になってしまう。ものの数日だけでもダメージは深刻だ。全ては筋肉痛となって返り、坂の上り下りでも膝が泣き叫び程で、雑草やツタを頼りに進むという大惨事だ。
「フェリック様、あそこの峠が休憩ポイントですよ。だから、ね、チャチャッと駆け抜けちゃいましょ!」
妙に軽快なアレッサの姿は、オレの心に小火を引き起こした。
「お前は何で平気なんだ、似たようなメニューをこなしてんのに!」
「そこはですね、衰えたりと言えど美少女武術家。かつて鍛えに鍛えた筋肉は裏切らず、ワタクシの魂の奥で見守ってくれてウンタラカンタラ」
「そこまで言ったなら最後まで喋りきれよ」
「人は何かに守られてるって事ですよ。変わってしまうものの多い中、決して変わらないものが」
「急にキレイにまとめんな」
「フェリックさん。辛いのでしたら回復しましょうか? ヒーリングで肉体疲労も改善できますよ」
「マジか。だったら早速……」
さすがはミランダ、チーム1番の良心は相変わらず気遣いが上手い。しかし、チームの『変革者』はすかさず異議を唱える。
「あぁダメですよミランダさん。折角の苦労が水の泡になっちゃいます」
「そうですか? 回復させるだけなのですが」
「いやいや、筋肉の声が聞こえるでしょう。試練に打ち勝とうとする健気な叫びが。昨日の自分より強くなりたい、頑張りたいという、真っ直ぐな想いが……!」
「嘘だろお前、泣いてんのか?」
「このだるぅい時間こそが重要なんです。見ててくださいな、ちょいと待つだけで実感できるようになりますから!」
「だから、泣いてのたまう程の話か?」
「ええと、要約しますと、手出し無用という事でしょうか?」
「そうですそうです。だからどうか、見守っていてください。そりゃもうメッタクソ強くなりますから!」
そう豪語するアレッサだが、1つ重要な事を忘れている。それは、ここが安全な場所ではなく、脅威の蠢く世界であることだ。
「フェリックさん、敵です!」
「やっぱりな。クソッ」
右手にグラディウスを装備。しかし両手ともに力が入らず、だらりと切っ先を下に向けてしまう。こんな状態では戦闘など夢のまた夢だ。
姿を見せた魔獣は新顔ではない、見慣れたハチが2体。それでも苦戦は免れないように思えた。
「こんなんじゃ戦えねぇよ。アレッサ、今後はトレーニングも程々にすっからな!」
「あーあー、フェリック様。ジッとしててくださいな」
アレッサは何も響いた様ではない。オレが睨むのも気に留めず、短い詠唱を挟んだかと思えば、攻撃を浴びせかけた。
「雑魚はすっこんでろコノヤローーッ!」
野太い声とともに放たれた魔法、そして爆炎、爆風。敵は2枚の素材に姿を変えて消失した。戦闘終了である。
「フェリック様。ここいらの戦闘はワタクシにお任せあれ。瞬時に殲滅してみせますんで」
「いやしかし、オレが動けないと……」
「だから、じっくりトレーニングに集中してくださいね。じっっくりとぉ」
「……ヒィッ」
逃げられない。筋肉狂からは逃げられない。弁の立つアレッサに反論など虚しく、単なる移動が苦痛の時間に変貌していた。
やがて迎えた夜。普段の半分も進めぬままに野営の準備をした。雪国はとうに抜けている。そのため、草を編んで拠点が造られる事になった。そこそこの広さで草木の香りが漂う空間に並ぶのは四人用の寝床。それも草をもとにしており、寝心地は悪くない。
「さて、晩御飯の用意が出来ましたよ。明日以降は魔獣を狩らねば厳しいですね」
ミランダがそんな懸念を、蜂蜜がけのパンと干し肉を出しながら漏らした。
「こんな事なら、お魚さんをたくさん穫れば良かったね」
ケティの収穫した魚など何日も前に腹の中に収まり、血肉となって活躍中だ。後に残すという発想は無く、捕まえる傍からジャンジャン食ってしまったからだ。
「旅を急いだ方が良いですかね? だったら早朝ジョギングの代わりに、次の村まで駆け通しにしましょうか?」
アレッサが恐ろしいプランを提案する。それは丸一日も疾走しろと言ってるようなものだ。
「すみません。それだと私が保たないと思います」
さすがはミランダ。チームの良心は上手いこと異論を挟んでくれる。
「だったらフェリック様におぶってもらえば良いのでは? 雪山で似たような事をされましたよね?」
何故そのエピソードを知っている。そう思いはしても喋る気にならなかった。
ちなみに食べる気にもなれず、好き勝手な議論が飛び交う中、指先で飯を弄ぶばかりだ。
「あれ、お兄ちゃん。ご飯食べないの?」
「ダメですよぅフェリック様。食事も立派なトレーニングなんですから」
「お前が散々しごくからだろ! しんどいっつうのに筋トレなんか強制しやがって!」
おかげで腕は全く上がらない。無理に食べろと言うのなら、皿を床に置いて家畜のように口を付けるしかない。
「あぁそうですね。腕が辛いなら食べさせてあげますよ」
「何言ってんだお前」
「フェリックさん。お辛いのでしたら、私も食べさせてあげましょう」
「ミランダまで何を」
「皆もやるの? じゃあケティもやるぅ!」
「いや、ちょっと待てって」
3方向から伸ばされるパンと干し肉。困惑して眺めていると、頬や口元に押し付けられてしまった。払いのける元気もない。気恥ずかしい気持ちを飲み込んでから、順番に口をつけていった。
「どうです? 美少女によるお手伝いの味は?」
「むず痒いだけだって」
「フェリックさん、水浴びは出来そうですか? 辛いのでしたら、身体を拭きましょうか?」
「いや、そこまでは要らん」
「お兄ちゃんの荷物は皆と一緒にまとめとくね」
「お、おう。ありがとうな」
皆が妙に優しい。だが同時に心苦しくもある。あれこれ世話を焼かれるのは、嬉しさよりも申し訳無さの方が強い。ちなみにアレッサは『夜のトレーニングに』だなんてヤバい事を口走ったのだが、さすがにミランダが止めた。
久々に並んで寝る夜半。青臭さのこもる拠点は不思議な安らぎを与えてくれて、早くもウトウトとした眠気が押し寄せてきた。それを知ってか知らずか、アレッサが静かな声色で話しかけてきた。
「フェリック様って優しいですよね」
「急に何言ってんだ」
「だって、口では色々言うけど、結局は付き合ってくれるじゃないですか」
「そりゃオレだって強くなりたいからな」
脳裏に過ぎるのはレンパイヤでの一件だ。辛くも勝利を掴んだのだが、結末はまさに紙一重。骸(むくろ)を晒すのがオレだった可能性も十分にありえたのだ。
「これから時間をかけて知ってくださいね。夢中になっちゃうくらい魅力的なんですから」
「それは筋肉の話か?」
「ウフフ、秘密です。それじゃあおやすみなさぁい」
アレッサは少し意味深な言葉を残して、寝返りを打った。気にならなくもないが死ぬほど眠い。とても追求する気分になれず、そのまま瞳を閉じた。
翌朝、移動すっかという頃合いになると、割と無茶な手法を求められた。ミランダを背負えというのは冗談ではなく、むしろ効果的なトレーニングとして前向きに検討されやがったのだ。
「アレッサ、大概にしろよ。そろそろマジで身体が壊れんぞ」
「あぁへーきへーき。壊れないギリギリのラインは押さえてるんで。まだ限界の2歩手前くらいなんで」
「口のききかたが軽すぎんだよ、もし潰れた時は責任取れよな」
「もちろん。付きっきりで介護しますんでご安心を!」
「口が減らねぇ奴だよなお前は!」
実際の所、コンディションは昨日よりマシだった。多少気だるいくらいで、動き回るには問題ない。しかし、さすがに1人背負えば話は変わる。足元はフラつき腕は震え、とてもじゃないが歩き通す見込みなど立ちはしなかった。
「そんじゃケティちゃん、お願いしまぁす」
「頑張れお兄ちゃん、頑張れお兄ちゃん!」
その応援を受けた途端、思わず困惑した。尋常じゃないほどに活力に溢れ、力は隅々まで行き届いたのだ。もはや背中のミランダから重みは感じられず、ただ体温だけが伝わるのみだった。
「おし行くぞ! 掴まってろぉ!」
「フェ、フェリックさん。安全志向でお願い……キャアアァァーーッ」
速い。飛ぶ鳥を、いや風すらも追い越してしまえるほど、凄まじい速度が出た。雪国の時とは比べ物にならない。岩を越え、崖を跳躍し、木々の幹を蹴りつけては跳んでいく。翼が生えていたら滑空出来そうな気にさせられた。
「凄いよお兄ちゃん、格好いい!」
「アッハッハ。そうかそうか!」
かく言うケティも顔色1つ変えていない。オレと似たような動きで並走してみせた。
「おおーー、これは効果絶大ってやつですね。このペースなら半日もしないで村に着きそうです」
「まったくだよ。これは認めなきゃならないな」
アレッサのデタラメに思えた訓練の効果を。ケティの応援だけでは、これほどの動きは不可能なハズだ。今後は邪険に扱わず、もっと身を入れて励んだ方が良いだろう。
少しばかりアレッサを見直したのだが、早速というか、水を差されてしまう。
「そうですねぇ。凄い効果ですよね、ミランダさんのおっぱい」
「……ハァ?」
「背中に爆乳を感じてるから力が溢れるのでしょう? めっちゃ堪能してますね」
「これまでの経緯を全無視かよ!」
「お兄ちゃんってばおっぱいが好きなの? 赤ちゃんみたーーい」
「違うぞケティ! ミランダも何か言ってくれよ」
「ええと、胸を強く押し当てれば良いのですか?」
「話聞いてた!? オレが求めた言葉の真逆を行ってるからな?」
そうして軽口の叩きあいを挟みつつも、快調に突き進んでいった。やがて、なだらかな平地を視界に収めると、その次に金色の穂を見た。小麦畑だ。農家の手により半数は刈り取られて積み上がり、残りも収穫されようという場面だった。
「ハァ、ハァ、やっと着いたか」
ファーメッジの村を目前に、オレの体力は尽き果てた。まさに刀折れ矢尽きる気分であり、ミランダの支えがあって、ようやく歩けるという始末だ。ちなみにアレッサが「ちょうど右手が乳揉みポジションですね」とかいう軽口を叩いたが、それは無視した。
「村に着いたら宿を取ろう。少しくらい贅沢したい気分だ」
「ほうほう。それはもしやスペシャルスイートで豪勢な部屋に泊まるおつもりで? 小高い丘に佇む歴史香る由緒正しき宿の最上階で、夜景を眺めつつブドウ酒を愉しむ的な!」
「んな訳あるかお嬢様め。安宿に決まってんだろ」
「宿屋ですが、空いてると良いですね」
「どうしたミランダ。何か気がかりでも?」
「以前よりも人陰が多いように感じます」
「言われてみれば……何かあったのか?」
ここいらは村外れの農地なのに、確かに通行人の姿が目立って多い。道具もナシにうろつくのだから、農家とは無関係だろう。
少し訝しむ。そして言いようの無い不安と共に歩いていけば、悪い方の予感が的中した。
「何だよ、この騒ぎは……」
オレのぼやきに誰も答えないのは、あまりの出来事に困惑しきってるからだろう。村の傍に集まる人、人、人の群れ。簡易式のテントを広げて集う様は、難民と呼ぶに相応しいように感じる。
こんな事は前代未聞だ。集団で配置拠点を捨てるなどと聞いたこともない。そう思いはしても、眼前の光景をただ眺めるばかりだった。
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