第50話 堕ちる万緑
久々に訪れたファーメッジの村は、かつてとは様相が大きく異なる。人口の割に来訪者がひしめき合い、酷く混雑している点では同じだ。ただし行き交うのが冒険者や行商ではなく、着の身着のままにうろつく人ばかり、という光景が気がかりだった。
「何だよコレ。ちょっと見ないうちに何が起きた?」
「ねぇねぇお兄ちゃん。この前のご飯屋さんはお休みなの? また食べたいよぅ」
「そういや露店もねぇな。どうしたってんだ」
おかげで道は端まで活用できるのだが、混雑のせいで手狭な印象を受ける。そして陰鬱な感情も。
「何か用があるって雰囲気じゃねぇな」
「フェリック様、直接聞いてみりゃ良いんじゃないです?」
アレッサの言うことはもっともだ。それらしい人に声を掛けてみた。うなだれて歩く人、店先や民家の軒下に寝転ぶ人、手当たり次第に当たってはみたものの返答すら得られなかった。
「気味悪いな。まるで亡霊みたいじゃねぇか」
「よほど辛い目に遭われたのでしょう。生きる活力を失われてるように見受けられます」
「そうかもしれんが、これ捕まらねえのか? そこら辺で寝泊まりするだなんて」
脈絡なく湧いた人たちは皆が皆さまよっている訳ではない。布なりカーペットなりを地面に敷き、身を寄せ合いつつ座る一家の姿も多く見える。咎められそうな行いだが、見回りの衛兵は口笛を吹いて通り過ぎるだけ。
オレの時はガッツリ金をせびったクセにこの態度。勇者特権でブッ飛ばしてやろうか。
「あれぇ? いつぞやのお金持ちさんじゃない。どう、うっかり5万ディナくらい拾ってない?」
話しかける手間が省けた。薄笑いを浮かべつつ相手から寄ってきたのだから。
「んな訳あるか、この野郎。それよりも取り締まれよ。街中での野宿は禁止行為じゃねぇのか」
「衛兵もねぇ、そうしたいのは山々だけどね。こんだけの大人数を牢屋に入れらんないンだね」
衛兵が大げさな身振りで項垂れてみせた。素直に使えねぇと思う。
「何だお前、役立たずかよ」
「アハハッ。すんなり暴言を吐かないで。まだ牢屋には空きがあるンだけどな?」
「オウかかってこい。こっちは勇者として成敗してやらぁ」
「勇者様が? どこにいるって?」
「ここだよ、ここ」
名刺代わりにステータス画面をオープン。衛兵の胡乱げな顔つきが、みるみるうちに青ざめて震えだす。
「えっ、嘘。マジもんの勇者様? だって前に会った時は……」
「色々あったからな、もうホームレスじゃねぇぞ。そんで何よ、牢屋が空いてるって?」
「いや、その、アハハ。予約で埋まってた気がするかもぉ」
「お前が明日も五体満足で働きたいなら、知ってる事を洗いざらい話せ」
「うんうん。衛兵、お喋り大好きぃ!」
衛兵は揉み手してまで喋り倒したのだが、その内容は決して軽くはなかった。思わず聞き返してしまう程、にわかに信じられない話だった。
「えっ。ここの人達は皆ノカドから逃げてきたのか!?」
「うんうんそうらしいよ。仲間たちで聞き取りしたからね、間違いないンだなぁ」
「その中に老人の司祭は居たか? 孤児院をやってて、子供も3人」
「いやぁ、そんな人は見かけてないンだね。報告も聞いてないしね」
「そうか。話は分かった、行っていいぞ」
「あぁそれとね、先日届けてもらったお金はね、返せと言われても返せないから。酒場やら娼婦やらに、公共の福祉として配った……」
「ゴチャゴチャうっさい、早く消えろ!」
軽く怒鳴っただけで、衛兵は野ウサギが逃げるようにして駆け去っていった。
「フェリックさん。どうかされましたか?」
「ノカドには恩人と言うか、知り合いが居てな。無事だと良いんだが」
「それは……心配ですね」
「悪いが明朝には発つぞ。何だか胸騒ぎがするんだ」
「えっ、ちょいと待ってくださいな。ミスティックフォレストは修行にもってこいなんですよ。目隠しして罠をかわすっていう」
「それは暇な時に残しておけ」
「お兄ちゃん。みんなは無事だよね? お爺ちゃんも、子供達も……」
唯一、ケティだけがテオドール達と面識がある。珍しく不安に顔を染め、握りこぶしを胸に抱いていた。オレもかけるべき言葉が見当たらず、頭を撫でてやるばかりだ。
それからは宿。最安値の部屋を探してみたところ、なんと1人30ディナという破格の値段を見つけてしまった。恐々と中に足を踏み入れてみれば、内装は比較的まともだった。この設備と価格、満室だと見込んでいたが、店主によれば部屋はそこそこ余裕があるとの事だ。
「どうした、景気が悪いのか?」
「冒険者や商人が減ったからね。往来は人で溢れていても、金出して泊まるだなんて奴は少数派だ」
「そのうち客も戻ってくるよ」
借り受けた部屋はかなり広く、6人は寝泊まり出来る一室だった。これで料金は据え置きなんだから、思わず感謝の念が込み上げてくる。
それから迎えた深夜。深い眠りが浅いものに移ろいだ時、不思議な夢を見た。曇天模様の平原に、1人の女が立ち尽くすというものだ。その姿を見た瞬間、思わず声をかけていた。
「えっと、アンタは確か……」
「お久しぶりですね、フェリック。アドミニーナです」
頭にチリッとした痛みが走る。それがキッカケなのか、コレまでの経緯が思い出された。
「今日は紅茶を飲まないんだな。散歩か?」
「そんな呑気なものではないです。フェリックよ、時間がありません。不甲斐ない事ですが、一刻を争う事態へと追い詰められてしまいました」
「急にそんな事を言われてもな。散々放ったらかしにしといて、その言い草は何だよ」
「私も遊び呆けていたのではありません。侵食するバグと一進一退の攻防を続けていたのです。しかし、ついには敗北を喫してしまいました」
そう言ってアドミニーナは、おもむろにスカートの裾をまくりあげた。咄嗟に顔を横にむけたのだが、視界の端に異様な気配が感じられる。恐る恐る視線を戻せば、そこにあったのは人の足ではなかった。
「どうしたんだ。まるで、石像みたいじゃねぇか……」
「もはや私は長くありません。持っていた力も大部分が奪われてしまいました。本来なら、アナタに手渡すべきだったものが」
「奪われたって、誰に」
「バクの本体です。いえ、バグが具現化した存在と言うべきでしょうか」
「悪いがサッパリわかんねぇ」
「いずれ、嫌でも知ることになります。アナタに、いえ、世界の誰であろうと太刀打ち出来る相手ではない。それ程に強大で残忍な存在なのです」
「そんなヤツが世界をうろついてるってのか?」
「だからせめて、アナタに残された力の全てを贈ります。これを使いこなせたのなら、あるいは……ゴホッゴホ!」
そこでアドミニーナは激しく咳き込んだ。動きがぎこちないのは、身体の至る所が石化しているせいなのか。
「私はもう歩く事すらままなりません。フェリック、力の譲渡のために、どうか傍へ」
「お、おう」
「よろしい。そこを動かぬように」
アドミニーナは釘を刺すと、片手を天に向けて差し伸ばした。手のひらを上に向けており、まるで雨でも乞うかのよう。そうして何らかの儀式を終えると、手を降ろし、こう叫んだ。
「目覚めなさい、フェリック!」
「ゲフッ!?」
平手打ちだ。遠慮のない平手打ちだ。悪意や敵意すら感じられる、純粋な暴力だ。
「何すんだこの野郎!」
「ふぅ……。これで残された力は全て渡しました」
「嘘つくなよビンタじゃねぇか」
「いいえ、確かに贈りました。ちなみに、やたらと勢いづいたのは怒りや嫉妬のせいではありません。人が孤独に戦い抜く間、美人揃いの仲間たちとイチャイチャ愉しむアナタに腹を立てた訳ではないのです」
「漏れてる漏れてる、本音がドバッと漏れ出てる!」
「しかし、これで終わりました。私の役目もこれまでです」
「えっ、おい。ちょっと待てよ」
アドミニーナの手が、肩が、硬い音と共に染まっていく。体温を微塵も感じさせない灰色の皮膚へと。
「願わくば、世界を守ってください。これまでに紡いだ縁、スキル、そして管理者権限。これらを駆使すれば、敵に対抗できる、唯一の、道筋……」
「アドミニーナ、しっかりしろ! すぐに手当を」
「さようならフェリック。どうか私の事を忘れないで……」
それきり、アドミニーナは口を開かなくなった。引き結んだ口、細められた瞳。哀しみを湛えたままで石化してしまったのだ。
「ほんとどうしたんだよ、お前……って、今度は何だ!?」
激しい地鳴り。両足で立つことも難しく、更には空が落ちてきた。粉々に砕けた雲が、そして青空が落盤でもするかのように、あちこちで塊が落下。地面に大きな穴を作った。
「なんだこれ、この世の終わりか!?」
逃げなきゃ。アドミニーナを抱え、どこか安全地帯へ逃げようとした。しかし重たい。傾ける事は出来ても、担ぐまでは無理だった。
引きずってでも連れて行こう。しかしその想いも虚しく、オレは地割れに飲み込まれた。
「うわぁ! 助けてくれ!」
裂け目は相当に深いのか、落下は延々と続いて終わりがない。落ちても落ちても闇ばかり。一方向だけ明るく見えるのは、そこにまだ青空でも残されているからか。それもやがて、崩壊とともに消えてしまうのだろう。
「アドミニーナ! しっかりしろよ!」
叫びは辺りを響かせるだけで、何の意味も無かった。内臓に加わる浮遊感、不吉な感覚、アドミニーナを襲った異変。
多大なる居心地の悪さを感じるうち、不意に目が覚めた。頃合いは明け方。起き出すには早すぎる時間帯だった。
「今度ばかりは、忘れてねぇぞ。アドミニーナ……」
なぜか記憶は鮮明だ。落下の不快感も、頬を刺す痛みも、全てが真新しい。そこがまた不気味で、とりあえず二度寝をしようって気分からは遠い。
ふと視線を隣のベッドに向ければ、視界に異様なものが浮かび上がった。今も寝息をたてて眠るミランダの身体に、いや、本来なら何もない宙空に文字が浮かび上がったのだ。
「これがもしかして、管理者権限とかいう……」
胸元に92、腰に65と見えた所で、オレは顔を背けた。それらの数値が意味することを深く考えず、頭から毛布を被って横になる。
「ありえんありえん。これで世界を救えって? きっと夢の続きに違いねぇわ」
覚醒しかけた脳を無理やり眠りへと誘い、二度寝の闇へと落ちた。目覚めればきっと全てが元通りになっている。そんな根拠の無い期待に縋り付きながら。
まぁ結論から言えば、全くもって願い通りにならなかったのだが。
モブ村人の立志伝 〜バグゲーにて愛を求めて〜 おもちさん @Omotty
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