第24話 スキル使用は計画的に
雪上で迎えた朝。赤く照らされた大地は、日が昇ると共にキラキラと白んじて輝く。中々、小さく唸ってしまうくらいには美しい光景だ。寝付きは悪くとも気分までは悪くない。眠気が吹っ飛ぶほどの感激があったみたいだ。
「おはようございます、フェリックさん」
「おはよう。眠れた?」
「それなりには。身体のあちこちが痛みますね、フェリックさんは?」
「似たようなもんだよ。やっぱりベッドは必要だな、これからは気をつけよう」
「そうですね。では、そろそろ朝食の準備を始めます」
「いや、保存食にしよう。君にはやって欲しい事がある」
一通り頼み事を説明をすると、ミランダは快諾してくれた。必要分の素材を渡して、すぐに着手してもらう。
「さてと。ケティ、そろそろ起きろ」
「フミュゥ……フミュミュ……」
「ほらほら朝飯だぞ」
いつものお食事セットからパンを取り出し、ケティの顔に近づけてみる。微かな反応はあるが目覚めるまでには至らない。じゃあパンで頬を突いてみたらどうか。すると小さな鼻がビクッと動き、口先も開いては閉じる事を繰り返した。だったら額に乗せたらどうなるのか。今度は口をあんぐりと開きながら、前足を高々と伸ばし、何かを掴もうと懸命になった。
ここまでされても目覚めないんだから、大したものだと思う。
「面白いな、まだ起きないぞ」
「フェリックさん。あまりからかっては、ケティちゃんが可哀想ですよ」
「そうだな。はい、起っきしましょうねーー」
ケティを抱き起こして、あぐらをかいた膝の上に置いた。すると、寝ぼけ眼(まなこ)で大きな大きなアクビを見せる。かと思いきや、膝に転がったパンに飛びつき、空っぽの腹を満たそうと躍起になる。この気ままさ、見習いたい。
それから全員が食事を終えると、建てた拠点はそのままにして、出発する事にした。レジストの魔法は使わない。その代わり、朝の頼み事を披露して貰う事にした。
「おぉ、やっぱり1枚あると違うなぁ!」
人数分の革ローブにブーツ。品質が最低クラスのため、防御効果は無いのだが、防寒具として扱うには十分だ。
「すみません。もっと修練を積めば、まともな装備も作れるのですが」
「今でも十分だって。ほら、ケティもご機嫌だもんな」
「ミュッ!」
ケティはオレの肩から飛び、華麗な宙返りを披露すると、辺りを素早く駆けずり回った。真新しい革のマントをはためかせながら。
「さてと、今日は距離を稼ごう。出来れば橋まで進んで、正規ルートに戻りたい」
付近を流れる川は渓谷の中を走り、途中で北へと曲がる。川沿いに進めば、やがて大きな橋が見えるハズだ。その手前の湖が目安となりそうだ。
魔獣の見えぬ中、快適に歩いていく。山々の景色だとか、水の流れが速いだとか、そんな言葉まで飛び出してきた。
「魔獣、出ねぇなぁ。なんでだろ?」
「冒険者が掃討した後とか、あるいは騎士団による治安維持の結果では?」
「その割には、人がやって来た形跡が無いんだけど」
腑に落ちない物を抱えつつ、歩くことしばし。散策にも似た行軍は、思いも寄らない人物によって妨げられてしまう。
「フェリックさん、あそこ!」
「何だあれ、行き倒れか?」
新雪に覆いかぶさる様にして倒れる男が1人。格好から察するに冒険者か。荷物の少なさから行商人とは思えない。周囲に連れ合いや魔獣の姿は見えず、足跡も1つだけだった。
「大丈夫ですか、しっかりしてください!」
ミランダが男を揺さぶる。すると、雪に埋まる顔が持ち上がり、弱々しい声を吐いた。
「あぁ、助けてください。もう3日も食べてないんです……」
歳は40くらい、ヒゲ面で体つきは頑強。顔が冷えで赤く染まってはいるものの、血色自体は悪く無さそうだ。
「お辛いでしょうに。今すぐ食べ物を用意しますね」
「あぁ、助かります。もう腹が減って眼が回りそうでして」
ミランダが素材を手早く料理に変化させた。鶏肉ガーリックのバジル添えを串に刺したもの。彼女の腕前は順当に上がっており、ケティなどは尻尾を振ってオコボレに期待する程だ。
ミランダは出来たてをすぐには渡さなかった。吐息を吹きかけ、あるいは冷気に晒すなどして、肉の温度を冷ます。気遣いは結構だが、ケティがその動きに呼応して前傾姿勢になって騒がしい。早い所カタをつけてくれと思う。
「熱すぎるのも毒かと思って、少し冷ましておきました。さぁどうぞ、召し上がれ」
「すいません。立ち上がろうにも、足に力が……」
「失礼しました。お傍まで参りますね」
ミランダが男の眼前まで歩み、差し出した。男も手を伸ばすのだが、視線の向きがおかしい。肉を見ているようで、その実、見ていない。
それに気付いた瞬間、オレは跳んだ。そしてミランダの隣に降り立ち、手のひらを払う。焼串はミランダの手を離れ、雪上に落ちる瞬間にケティが横取りし、豪勢なオヤツへと早変わりした。
「ええと、フェリックさん……?」
ミランダの困惑する瞳が少し痛い。しかし不信感は織り込み済みだ。
「オッサン。アンタに聞きたい事がある」
「へっ? 何でございましょう」
「3日食ってない割には随分と余裕あるんだな。肉じゃなくてミランダの手を凝視してたろ」
「いえいえ、そんなつもりは……」
「それと、肉を追いかけなかった。飢えた人間なのに。ちょっと払われたくらいで諦めるかよ。泥が付いても構わず飛びつくのが、飢餓に晒された人間ってもんだ」
「いや、その……」
「アンタは飢えを知らないし、今現在だって飢えてない。だから弱ってる演技しか出来ず、肝心な所で動けなかった。そうだろう?」
男はヒゲ面を歪ませながら俯(うつむ)き、そして押し黙った。冷たい静寂を挟み、ミランダが執り成したのは想定内の事だ。
「フェリックさん。見知らぬお相手ですが、あまり疑ってかかるのも宜しくありませんよ」
本来なら彼女の方が正しいのだろう。物証の無いオレの言葉は、聞こえによっては言いがかりみたいなものだ。
しかし、証拠は無くても根拠はある。昨晩に鍛えた偵察術スキルの恩恵で、強烈な確信を得る事が出来た。
この男も罠である、と。
そこまで見切ったオレに遠慮は無い。顔を伏せる男に気遣いもせず、もう1つの違和感を突きつけた。
「他にもある。足跡だ」
「足跡?」
「力尽きて倒れた割には、数歩分しか残っていない。そう、まるでそこの岩から頃合いを見計らって飛び降り、演技だけをした様なものがな」
「それが事実だったとして、なぜその様な手間を?」
「瀕死を取り繕うためだ。狙いが何かは知らんけどな」
男は俯いたままだ。オレの言葉が聞こえていない訳ないのだが、反応はほとんど見られない。
「まぁ、疑って悪かったよ。インベントリを見せてくれ。そうすりゃ行き倒れかどうかもハッキリするだろ」
再び男に問いかけてみた。すると今度は確かな反応を見せたが、凶々しい。肩を上下させて低く笑うと、真後ろに大きく跳躍した。その身のこなし、素人とは思えない。
「ヘヘッ。女連れのボンクラかと思いきや、思いの外に鼻が利きやがる」
「何者だ、お前!」
男は問いかけに答えず、空に向かって雄叫びを響かせた。すると、雪原のあちこちから人の姿が現れた。多い。30人、いやもっと居るか。突如として現れた武装集団に、前後左右の全てを塞がれてしまった。
「クソッ、外野には気付けなかった!」
「グワーーッハッハ! 何者かと聞いたな。オレ様は、泣く子も黙る雪賊団の頭目カスケレドよ!」
「セツゾクダン?」
「オレらに眼を付けられたのが運の尽き。覚悟しやがれ!」
カスケレドが湾曲する剣を抜いた。それに合わせて方々で似た音が続く。
「ミランダ。とりあえず加速魔法を」
「分かりました」
ミランダが杖を掲げた瞬間だ。酒焼けの酷いダミ声が辺りに響き渡った。
「させねぇぞ、マスクレイ!」
それはカスケレドが発した魔法だった。直撃したミランダに怪我は無いが、様子がおかしい。口を大きく開いては苦しそうに息を荒くするばかりだ。そうまでしても、掠れた声ひとつすら聞き取れない。
「ミランダ、もしかして言葉を封じられた!?」
「ヘヘッ。治療師の一匹、どうってことねぇがな。念には念をってやつだ」
「これが魔封じか……!」
「とにかく、女って生き物はうるさくて叶わねぇ。こうして黙らせたくらいが丁度良いってもんよ」
「でも親分、女の泣き声ってのは最高ですぜ! 『いや、離して』とかホント堪んねぇッスよ!」
「気色悪い声出すんじゃねぇ、バカ野郎が!」
方々で嗤(わら)い声があがる。まとわりつくような、不快な響きだった。
「さてとボンクラ。女と身ぐるみを置いていけ。そうすりゃ、命だけは助けてやるよ」
それは嘘だ。偵察術スキルが激しく警鐘を鳴らす。今の言葉は油断させる罠で、背後から散々に矢を射掛けるつもりだ。
もっとも、見逃してくれたとしても、言いなりになるつもりはない。むしろ手ぶらのまま腕組みをして、カスケレドと正面から向き合った。
「おいテメェ、何のつもりだ。こちとら脅しじゃねぇぞ」
「雪賊団ねぇ。どれ程の連中か知らんが、相手の力量を見誤るようじゃ大した連中じゃない」
「何だと!?」
「警告は一度だけだ、退け。そうすれば見逃してやる」
「……ハァ? 恐怖で気でも狂ったか?」
耳目が集まる。連中に言葉を突きつける絶好のタイミングだろう。
「オレは、さすらいの召喚士フェリックだ。本気の力を見せる前に、さっさと消えるんだな」
「召喚士!?」
周りでいくつか、怯む気配があった。しかしその雰囲気も、頭目の大笑いによって掻き消される。
「コイツは傑作だ、よりにもよって召喚士だと? こんな、浮浪者みてぇな上級職が居るわけねぇ!」
「親分、もう良いだろ。こんなホラ吹き野郎はブッ殺して、さっさと女を連れ帰ろうぜ」
「そうだな。テメェら、野郎と獣だけ殺せ。女には怪我ひとつ付けるんじゃねぇぞ」
オウという声が続き、四方から敵が押し寄せてきた。ミランダは掠れ声を出せるくらいに回復したが、魔法の援護に期待は出来ない。その一方でケティはやる気だ。鼻息をフンフンと荒くしながら、前足で素振りを繰り返している。
しかし、今回ばかりは出番が無い。オレは別に何の意味もなく、召喚士を自称した訳では無かった。
「良いだろう。オレの力をとくと味わえ!」
叫ぶなり足を大きく上げて、足元の罠を踏み抜いた。それは魔獣招集だ。賊と対抗できる戦力が集まるかは賭けだったが、少なくとも逃げるキッカケにはなるだろう。
しかし、時として現実とは想像を遥かに上回る事がある。甘い見通しを鼻で笑うかのように。
「ひ、ヒィィ! ドラゴンだぁぁ!」
「どうして急に!」
現れたのは双頭竜で、一説によると、魔王の門を守護する中ボスだ。もちろん破格の強さ。人間の何十倍も大きく、突っ立ってるだけで周囲を圧する存在感だ。例えるなら、自走する砦といったところか。
「ヒャァァ、助けてくれぇ!」
「いやだ! 死にたくねぇよ!」
「バカ野郎、慌てんじゃねぇ! 敵を刺激しちまうじゃねぇか!」
さすがは頭目、カスケレドの正解。双頭竜は逃げ惑う連中を補足し、次々と攻撃を浴びせかけた。巨大な前足に尻尾。それだけでも賊徒は木の葉のように吹き飛ばされ、みるみるうちに数を減らしていく。この一方的すぎる戦闘には溜飲が下がる想いだ。
「おっと。見惚れてる場合じゃない、あばよ!」
ケティとミランダを両脇に抱えて、別の罠を踏んだ。それは本来、相手を天井に叩きつけるものなのだが、ここは晴天広がる原野だ。よって、今ばかりは脱出用の移動装置となり得るわけだ。先日のミランダと同じ様に天高く舞い上がり、戦闘域からの離脱に成功した。
「すげぇ、これが中級スキルの『罠利用』か! メチャクチャ便利じゃねぇか!」
本来なら、都合良く罠が見つかったりはしない。しかしミランダに宿る『運命のイタズラ』の効果を合わせる事で、選択肢に困る事はない。むしろ選びたい放題と言っても良いくらいだ。
「あぁ可哀想な雪賊達よ。せめて生まれ変わった折には、善良な生を全うするのだぞ」
「ふぇ、フェリックさん……」
「おうミランダ。魔法が解けてきたか」
「ちは、どうします」
「えっ、何? もう1回言ってくれ」
「ちゃくちは、どうしますか」
辛うじて聞き取れた言葉に青ざめる。そうだ。飛び上がれば落ちていく。それは万物に与えられた宿命だ。
「うわぁぁ! 着地の事を忘れてたぁーー!」
「きゃぁぁーー!」
「ミュミュゥーー!?」
気付いた時には自然落下が開始した。落ちる、何の抵抗も出来ず、流されながら落ちていく。
だが幸いな事に、オレ達全員が湖へと落下して着水。キンッキンに冷えた水に襲われ、あわや低体温症になりかけはしたものの、そこはミランダによる火起こしという好プレー。その大活躍により、オレ達は生還を果たした。
焚き火に当たりながら思うのは、調子に乗りすぎたという事。初めてのまともなスキルに浮かれた感は否めない。やはりクレバーさが必要だと痛感する。
そんな自分の至らなさに苛まれつつ、顔を持ち上げた。視線の先、晴れ渡る青空の下で、大きな橋が佇むのを見た。
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