第17話 誰もやらない仕事

「さてと。ミランダ、ケティ、次なる目的地は城塞都市ノザンリデルなんだが……」


「ちょいちょおい! 無視すんなって。依頼を受けてくれよ、依頼を!」


 ギルドのオッサン、ここのマスターらしいんだが、割とどうでも良い。値踏みする態度が腹立つし、そもそも嫌な予感がしてならない。それでもお人好しの面々は、無言の通過を許してはくれなかった。


「フェリックさん。お困りの様ですし、お話を聞くくらいは……」


「ミュミュウ」


「仕方ねぇな。オッサン、2人に感謝しろよ」


「へへっ。恩に着るぜ」


 そう言うとマスターは堂々たる仕草で腕組みをした。それが物を頼む態度かと問い詰めたい。


「仕事ってのはダンジョン保全だ。こっから東に数日も歩けば海岸に辿り着くんだが、そこの入り江にある洞窟での作業になるぞ」


「ダンジョン保全って何だ?」


「勇者の為に、程よい難易度を保たなくちゃならん。魔獣の数を調節したり、攻略の仕掛けも戻したりとか、そんな作業だ」


「それをやったら、いくらくれる?」


「アンタらはルーキーどころかメンバー外だ。諸々を考慮して5百ディナでどうだ?」


「ケティ、ミランダ、先を急ごうか。日暮れまでに距離を稼ぐぞ」


「ちょぉいちょい! 受けてくれよ、誰もやってくれなくて困ってんだから」


 マスターが行く手に回り込んだ。うざい、ただ単純に。


「どけよ。どんだけ人の事をコケにすりゃ気が済むんだ」


「そう邪険に扱うなよぉ。今月ノルマが足りてなくって、このままじゃクビになっちまうんだ」


「知るか。いっそホームレスの仲間入りをしろ、案外楽しいもんだぞ」


「フェリックさん。お困りのようですので、ここは一肌脱いでみては? ダンジョンには冒険に役立つアイテムも数多く眠っている事ですし」


「それを目当てに頑張るって? どんなもんがあるか分からんのにか?」


「ちょっと待て。宝箱には手を触れちゃダメだ」


「ハァ? 何でだよ!」


「アンタらに頼むのは攻略じゃない、保全なんだ。だから、どんな名品があろうと手をつけたら困る」


 なるほど、誰もやらない訳だ。危険地帯に飛び込んでも、得られる物は基本報酬と魔物の素材のみ。冒険者からすれば、依頼の成約に縛られるよりも、近所で魔獣狩りをした方が気楽に稼げるという事だろう。


「手を付けられたら困るか。そんな仕事持ってきたお前にオレらは参ってるんだが」


「へへっ。流石にもうちょっと飴玉は用意してるぜ。アンタら魔術師を連れてねぇ。つまりはファストトラベル機能が使えないから、足を使わなきゃ移動が出来ないし、場合によっちゃ遭難する事だってある訳だ」


「まぁ、その通りだよ。実際に帰らずの森から抜け出るのに何日かかった事か」


「そこでコイツの出番だ、ワールドマップ!」


「ワールドマップ?」


「その名の通り世界地図なんだが、かなり優秀だぞ。方角に現在位置、そして目的地までの到達予定日まで割り出せるという優れものだ!」


「それをくれるってのか?」


「あぁそうだ。支度金代わりにな。ただしオレから貰ったと言うなよ、本来はメンバーに良い値段で売りつけてんだから」


「それって職権乱用じゃねぇか」


「クビになるよかマシだ。それよりもどうよ、やってくれんのか?」


 そこでミランダの顔を見れば、慈愛の感じられる笑みで頷いた。ケティはというと、地図の現在位置に突き立つピンを、ペシペシと叩いては遊んでいた。


 どうやら断る事の方が難しいようだ。


「分かった、やるよ。その代わり、ちゃんと達成報酬も用意しとけよ」


「もちろんだとも! 期限は10日以内だ。ダンジョンまで往復で4日はかかるだろうが、その地図があれば安心だ。すんなりと辿り着くだろうさ」


「はいはい。そう願ってるよ」


 そう、願いたかった。地図さえ手にすれば順調になると。旅が快適になるもんだと。


 ファーメッジの村を東へ出て半日。オレ達はミスティフォレストという場所に出た。ここまでの道中は順調そのもので、全く迷うことは無かった。しかし地図があるとはいえ、霧の立ち込める森を踏破するとか、大丈夫なんだろうか。森は何となく鬼門の様に思えてならない。


 結論から言えば、やっぱり散々な眼に遭ってしまい、歩みは恐ろしく遅くなる。それは円滑の「え」の字も無い程だ。


「スゲェ霧だな。遠くまで見通せないぞ」


「確かに、聞きしに勝る難所ですね。地図が無ければ大事になったでしょう」


「ともかく油断だけはしないように。どんな敵が出るかも分からないし、慎重に進むぞ」


「分かりました」


 オレ達は揃って足を踏み入れた。その第一歩から、ミランダの足元でカチリという音が鳴る。


「すみません、何かの罠を踏んだようです」


「上を見ろミランダ! 落石だぞ!」


 1つの巨岩が大空から振ってきた。直撃すれば即死するに違いない。


「よし、右に飛んで避けるぞ!」


「分かりました!」


「ちょっとミランダさんん! そっちはお椀を持つ方だ!」


 岩、堕ちる。跳ね上がる泥土に砂埃。岩を挟んで安否確認したところ、オレ達は辛くも被害を免れた事が分かった。


「ふぅ、良かった。一時はどうなるかと……」


「すみませんフェリックさん、また別の罠を踏んでしまいました!」


「ちょっとは大人しくしててくれない!?」


 結局はこうなってしまう。地図が有っても真っ直ぐ進めやしない。罠に阻まれ、避けても別の罠にかかるという有様。そうして右往左往するウチに数日を空費してしまった。


 依頼期日は10日。果たしてオレ達は達成出来るのか。仮に失敗したとしても、地図だけは返さずにいようと、心に決めた。



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