40.深い命題ですね

 影が、水路に伸びた岩の柱にとまる。まっ白い羽毛、体躯たいくに比べてやや短い翼に、頭頂の小さな鶏冠とさか、人間の倍ほどの巨大な、だが見慣れた体型の怪雌鶏かいめんどりだった。


『なぜ邪魔をするのですか? 人間』


 怪雌鶏かいめんどりがしゃべった。いつかの海魚人かいぎょじんのような、不自然な声帯せいたいが出す声だ。言葉は驚くほど整然としているが、少し滑舌かつぜつが悪い。


『あなた方は争っていました。私とあなたの行動は類似しています。したがって、邪魔はされないと考えました』


「え、ええと……」


「あなたの行動に害意を感じたからです。治安維持活動ちあんいじかつどう第一義だいいちぎは、害意ある行動の排除です」


「そ、そう! それ!」


 さすが、非常識な状況には、グリゼルダの対応が早い。リヴィオは全力で乗っかった。


『あなた方が私を邪魔する行動に、害意はないのですか?』


「行動基準にのっとり、適宜てきぎ、許容されます。同族の保護は、異種族の保護に優先します」


「その通り!」


 怪雌鶏かいめんどりが沈黙する。今度はリヴィオが、グリゼルダに感心した。


「頭、良いね。グリゼルダ」


「まだまだ、あなたに頼られたい私です。がんばりました」


 長い金髪をかき上げて、グリゼルダが得意顔でふんぞり返る。リヴィオは素直に放置した。


「それじゃあ、まあ、落ちたおっさんたちを拾わせて……」


『あなた方の行動を理解しました』


 怪雌鶏かいめんどりが、岩柱の上で翼を広げた。


『同族保護のため、異種族を排除する害意は許容されるのですね。やはり、私とあなたの行動は類似しています。したがって、私の行動をあなた方も理解すると考えました』


 暴風と共に、怪雌鶏かいめんどりが飛び立った。にわとりは翼で飛べない。まして人間の倍の大きさとなれば、飛んでいるのは、空気を操作する魔法アルテの効力だ。


『私たちは理解し合いました。お互いに害意を許容して、排除し合います』


 怪雌鶏かいめんどり鉤爪かぎづめが、リヴィオに襲いかかる。瞬時に構築した魔法励起現象アルティファクタ双肩双腕そうけんそうわんが、鉤爪かぎづめをはね返した。


「……理解と争いって、両立するんだな」


「深い命題ですね」


 荒れ狂う暴風と鉤爪かぎづめを受け流しながら、リヴィオとグリゼルダも、気合きあいを入れ直す。背の高い建物にはさまれたせまい水路と、わずかな歩道は、暴風を収束させて圧力を増す。暴風に乗って繰り出される鉤爪かぎづめに押され、水路から離されつつあった。


 リヴィオは、落ち着いて状況を見据みすえた。


 ロゼッタ流に言えば、戦いの趨勢すうせいみずからに引き戻す、戦術のをうかがっていた。


 怪雌鶏かいめんどり鉤爪かぎづめが、鋼鉄の腕を鋭くつかんで、引いた。こらえて、足を踏みしめる。リヴィオの抵抗に合わせて、怪雌鶏かいめんどり鉤爪かぎづめを離し、もう片方の鉤爪かぎづめで鋼鉄の腕を強くった。


 激しい暴風が吹いて、怪雌鶏かいめんどりがリヴィオたちを尻目に、水路に向かって飛翔した。怪雌鶏かいめんどりの目標は、最初から一貫して黒外套くろがいとうの男たちだった。


「知能はあっても、知恵が足りませんね」


 グリゼルダが微笑ほほえんで、リヴィオが咆哮ほうこうした。


 両肩の装甲を展開して、暴風を取り込んで圧縮、肩甲骨状けんこうこつじょうの背部装甲から噴射ふんしゃする。怪雌鶏かいめんどりを目がけて一直線に、鋼鉄の拳で突進した。


 水路上で交錯こうさくし、怪雌鶏かいめんどりの片翼のはしを打ち散らす。寸前で回避されたが、怪雌鶏かいめんどりも体勢を立て直せず、水路に沿ってきりをもむように飛び離れた。


 リヴィオは自分が構築した岩柱に降りて、水路の奥の闇を見た。


 怪雌鶏かいめんどり羽音はおとはない。暴風もすぎ去って、ラグーナからの霧も戻ってきた。


「逃げた、かな?」


「そのようですね」


「今さらだけどさ。なにかな、あれ」


「……雌鶏めんどりなのは、間違いないようですが」


 グリゼルダが難しい顔になる。他に、どう言いようもないのだろう。


 リヴィオは肩をすくめて、ずぶ濡れでなんとか小型船ゴンドラい上がった男たちをにらむ。


「おっさんたち、面倒なことしてくれたみたいだなあ」


「ふ、ふはははは! そうだ、儀式は着実に進行しているぞ! 我らが深海の邪神、ク=リト=マ=ッタクェさまが復活すれば、この世界は我らのものだ!」


「海の神さまに、なんで雌鶏めんどりが関係あるんだよ?」


雌鶏めんどり生贄いけにえだ! ちゃんと革袋に入れて、海底に送りとどけていたんだぞ!」


「海底って……この辺はラグーナだよ」


「海底は海底だ!」


 リヴィオがげんなりして、魔法励起現象アルティファクタを解除する。岩の欠片が小型船ゴンドラと、中の男たちに降りかかる。


 ついでに、リヴィオも一人の背中を蹴倒けたおしながら、小型船ゴンドラに降りた。


 グリゼルダはいつも通り、リヴィオの頭を胸に抱くようにからみつく。どうせ見えていないのだから、リヴィオは気にしないようにした。


「……で? その生贄いけにえに、逆に殺されそうになってたのはどうしてさ?」


「い、いや、それは……」


「おお! もしやあれはク=リト=マ=ッタクェさまの仇敵きゅうてき、天空の邪神ハルキャー=ベットゥの眷属けんぞくではあるまいかっ?」


「なにぃ? ではあれが、うわさに聞く星間せいかんの翼オー=バンヤキーか? だが伝承でんしょうでは、確か甲虫類に似た姿と……」


「飛んでいれば、甲虫だろうがにわとりだろうが、大して変わるまい!」


「おのれ! 他の邪神の眷属けんぞくまでが、我らの邪魔に入るとは!」


「つまり、それだけ我らの儀式が、完成に近いということよ! 悲願達成は遠くないぞ、同志!」


「おお! 我らがク=リト=マ=ッタクェさまのために!」


 なんだか盛り上がる、ずぶ濡れの三人に、リヴィオはもう声をかける気力もなかった。


「さっきの雌鶏めんどりの方が、まだ話が通じる気がするよ……」


「ええ。こちらは、知能も足りないようですね」


 リヴィオのため息に、グリゼルダの返事も、かなり身もふたもなかった。

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