8.無関係じゃないわ

 翌日の学校は、うようなさまだった。


 朝食をいつもの倍は食べて、授業の合間あいまに昼食用の包みをたいらげて、それでも少しせたような気がして、リヴィオは朦朧もうろうとする頭を机に投げ出した。


 昼休み、食べるものはもうない。またレナートに、なにか買ってきてもらおうか、とも考えたが、昨夜もずいぶん心配させたせいか機嫌きげんが悪く、たのみにくい雰囲気だった。


「仕方ありませんね。生木なまきかれる思いですが、もう少ししたら、休んであげましょう」


 リヴィオの曲がった背中にのしかかるように頬杖ほおづえをついて、グリゼルダがうれいの表情をする。


 今すぐ休んではくれないのか、と思いかけて、背中にめり込むひじの痛みにうめき声をもらす。泣き言は、かろうじてこらえた。


「そんなことだろうと思ったわ。ほら、これ。ダニエラさんの追加のお昼、持ってきてあげたわよ」


 リヴィオが顔を上げるより早く、教室にざわめきが広がった。


 他に服を持っていないのか、いつもの赤い縁取ふちどりの紺色官服こんいろかんふくを着たロゼッタが、教室の入り口に立っていた。


 官服かんふくなだけに、それほど派手はでというわけでもないのだが、学校では逆に目立つ。一本縛りにした赤毛と、りんとした顔立ちは、素直に派手はでだ。


 ロゼッタはつかつかとリヴィオに歩み寄って、片方の耳を引っぱり上げた。


「あんたたち二人のことに、あれこれ言うつもりはないけどね。そんなに四六時中、甘やかされたいなら、それなりの熱量ねつりょうをため込みなさいよ」


「そ、そんな風に見えてるのっ? 誤解……いや、その。ありがとう、とにかく助かったよ」


「良かったですね、リヴィオ。これで私も、まだまだ休まずにいられます」


「……ごめん。やっぱりちょっと、言うわ。こっち来なさい」


「え……? あいっ、いたたた! 痛い、痛い! 取れる! 本当に取れるって!」


 つまんだリヴィオの片耳をそのままに、ロゼッタが教室を出る。引きずられるようにリヴィオも出た。グリゼルダはリヴィオにからんで、すずしい顔だ。


 なんだか立派な仕事をしてるっぽい美人が、リヴィオにわざわざ昼食を持ってきて、親密しんみつそうに連れ立って出て行った。どういうことだ。


 一層大きくなった教室のざわめきは、連れ去られる当のリヴィオにも聞こえていた。


 頭を抱えたくなったが、なんかもう、それどころではなかった。



********************



 人影の無い校舎裏の日陰に座らされて、目の前に追加昼食の包みを置かれて、リヴィオはちぢこまった犬のようになっていた。


 グリゼルダとロゼッタが、厳しい目を向け合っている。リヴィオは、あれほど強かった食欲が減退げんたいしていくのを感じた。


「とりあえず、あんたはいいわ。それ、食べてなさい」


 追いちだ。


 ロゼッタの言葉通りに食べて良いのか、いけないのか、そもそも自分は食べられるのか、わからないことが多すぎた。


 固まっていると、グリゼルダがのしかかっているのと逆側ぎゃくがわの肩に、ふと触れられたような気がした。見ると、黒髪黒衣くろかみこくい精悍せいかんな男が立っていた。


「あ……ええと、ロゼッタの……」


「ジャズアルドだ」


 立っているえりで口元は見えないが、リヴィオは、ジャズアルドが話す声を初めて聞いた。魔法士アルティスタにしか聞こえないのだろうけれど、暖かみのある、落ち着いた声だった。


「ロゼッタのことなら、心配する必要はない。君は今、自分の体調管理を優先すべきだ。食事をりたまえ」


「あ……ありがとうございます……っ!」


 涙がにじんだ。なんかもう、この人にれそうだ。


 グリゼルダの目が不穏ふおんに光るのを見て、慌てて無心になって、リヴィオは言われた通りに昼食を食べ始めた。


 その様子を一瞥いちべつして、ロゼッタが肩をすくめた。


「見ての通り、負担のかけすぎよ。伴侶はんりょを気取るなら、相手の身体のことも、少しは考えてあげなさいな」


生命いのちを共にする二人のことに、無関係な他人が口をはさむのは、下世話げせわというものですよ」


「無関係じゃないわ」


 ロゼッタが目を閉じて、グリゼルダに頭を下げた。


「昨日、あたしは肝心かんじんな時に、間に合わなかった。あなたたちの今の消耗状態しょうもうじょうたいは、仕事をあなたたちだけに押しつけた、あたしの責任よ。あやまるわ」


 リヴィオは、思わず食事の手を止めた。そんな風に考えてはいなかった。


 むしろ調子に乗って先走った、自分の失敗だと思っていた。だからロゼッタが、怒っているのだと思っていた。


 ジャズアルドが、無言で目をせていた。


「でもね。こういうことは、起きるのよ。どんなに作戦を考えて、戦術を組み立てても……予想外の危機におちいることは、これから先もあるのよ。その時、切り抜けるだけの余力がなかったら、それこそ生命いのちに関わるわ。放蕩貴族ほうとうきぞくならともかく、あたしたちみたいなのじゃ、熱量ねつりょうをため込むにも限界があるのよ」


 ロゼッタが顔を上げた。


「あたしも正直、うわついてた。嬉しかったのよ。その内わかると思うけど、魔法士アルティスタなんて、いけかない奴ばっかりよ。でもリヴィオは、素直で良い奴だわ。あんただってたよりになる。昨日は本当に、見直したわ」


 グリゼルダが無言のまま、口を少しひん曲げる。

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