48.そういうことでさ

 昼食の時間帯には、大方を調理し終わった。


 ピエトロとダニエラ、エンリコ、リヴィオとレナート、アルマンドにロゼッタとマトリョーナも、めいめいにひよこの串焼きをかじりながら、よく冷えた発泡麦酒はっぽうむぎしゅ果汁飲料かじゅういんりょうを楽しんだ。


 さすがのグリゼルダも、家族団欒的かぞくだんらんてきな雰囲気に気をかせたのか、今は休んでいた。後でしつこいかもな、と考えかけて、リヴィオは慌てて無心になる。これも結構、慣れてきた。


 宿屋の前の通りも、流れで葡萄酒ぶどうしゅを持参した者がいたようで、陽気な騒ぎになっていた。


「公共の祝祭ではないはずだが……少し、間の悪い時に来たようだな」


「あら、主宰ドージェ。いらっしゃいませ」


 騒ぎを丁寧ていねいにかき分けて、ヴェルナスタ共和国の当代の国家元首、ガレアッツオ=フォスカリ主宰ドージェが現れた。


 薄灰色の地味な上下は、私服のようだ。宿屋、兼、食事処しょくじどころあるじとして、ダニエラが挨拶あいさつする。ピエトロとエンリコ、アルマンドが、一応は大人として会釈えしゃくした。


 以前、レナートとロゼッタが言い争ったように、ヴェルナスタの人間は職務以前に個人として対等、という意識が強い。ガレアッツオも、特に気にする風でもなかった。


「申しわけありません、今日は食堂を休ませてもらってまして……あ、こちら、いかがです?」


 ダニエラが差し出した串焼きの異様な外観に、ガレアッツオが明らかに鼻白はなじろんだ。


「いや、私は……」


「さばいたの、レナートだぜ。こういう時は食べてやるのが、親ってもんだろ?」


 リヴィオのからかうような声に、ガレアッツオが口を引き結ぶ。そして小さく嘆息たんそくして、満面の笑顔のダニエラから、串焼きを受け取った。


「いただこう」


「……無理すると身体を壊すよ、父さん」


「客が身体を壊すようなものを出しているのか、おまえは?」


年齢としを心配してやったんだよ。よく噛んで食べないと、のどにつまって危ないよ」


 微妙に険悪な二人の間に、こういう時はありがたく、アルマンドが気にもしないで口をはさんだ。


「ああ。すいません、主宰ドージェ。このところ立て込んでまして、話ができていませんでした。この間の件ですよね?」


「そうだ。急がせてすまないが、準備を進める都合もある。本人の意思だけでも確認したい」


「はい、了解です。リヴィオくん、ちょっとお願いします」


「え? 俺?」


 完全に他人事ひとごとの目でレナートを見ていたリヴィオが、指名されて面食らう。ロゼッタとマトリョーナも、ちょっと興味を引かれた顔をした。


「リヴィオくん。主宰ドージェが、今度また、海外拠点かいがいきょてんの視察をされます。期間は一、二ヶ月程度の船旅、それに身辺警護として、帯同して欲しいとの要請ようせいです」


 アルマンドの説明に、レナートが少しだけ、串焼きを持つ手を止めた。だが、それだけだった。


 むしろリヴィオの方が、輪をかけて面食らう。


「そりゃ仕事なら、できることはやるけどさ……なんで俺? 自慢じゃないけど、お偉いさんの出回り先で礼儀とか作法とか言われたってわかんないし、ロゼッタの方がしっかりしてるだろ?」


「まあ、そこいら辺は主宰ドージェもぼくも、期待なんかしてません。身辺警護ですからね、四六時中つきっきりですし、女性には頼みにくいってだけですよ」


「加えて言えば、私は今まで魔法士アルティスタのことを、知ろうとしていなかった。通常の政務で関わることは難しいが、こういった機会をとらえて、理解を深めたいと思っている」


 アルマンドとガレアッツオが、それなりに丁寧ていねいに説明する。職権しょっけんの範囲だろうに、気のつかい方が可笑おかしかったのか、ロゼッタが笑いながら助け舟を出した。


「おもしろそうな話じゃないの。身辺警護って言っても、今まで魔法士アルティスタなんていなくて問題なかったんだし、周遊旅行みたいなもんでしょ。あたしだって別に、中年なんて見ても見られても気にしないから、代わってもらいたいくらいだわ」


「私はむしろ、見たいし見せたいです」


「ええと、おかしな対抗意識を出さないでください。そんな風だから頼みにくいんですよ」


 ロゼッタとマトリョーナの余計な補足に、アルマンドがため息をつく。リヴィオも苦笑しながら、少しだけ考えた。


「じゃあさ……レナートも、一緒で良いかな?」


 リヴィオの唐突な逆要請ぎゃくようせいに、その場の全員が面食らった。特に、レナートとガレアッツオがひどかった。


「リ、リヴィオっ? いきなり、なに言って……」


「こいつ今、半分、魔法士アルティスタみたいなもんなんだよ。頭も良いし、いてくれたら頼りになるって。二人で一人分とか、そんな感じでさ」


「いや、レナートは……」


 ガレアッツオの表情がくもる。


 ガレアッツオとレナートは、五年前の同じ視察で他の家族を亡くしている。もちろんリヴィオも知っていたが、それがなんだ、という気になる。ガレアッツオが行くのだから、レナートも行けば良い。


「大丈夫だって! おまえが頑固がんこなのは知ってるからさ、非日常性ってやつ? 親父さんと仲直りできる、良い機会じゃねえか!」


「そ、そうかも知れないけど、当事者同士を前にして言うことじゃないよ!」


 レナートの声が調子を外す。


 いろいろごちゃごちゃ並べ始めたが、リヴィオはもう、聞いていなかった。


「頼んだよ、アルマンド。そういうことでさ」


「いや、まあ……検討します……」


 呆然とするアルマンドの横に、同じ表情のグリゼルダが現れる。リヴィオと真正面に向かい合って、感心するように、自分の腰の両側に手を当てた。


「あなたは時々、とてもかんが鋭くなりますね」


「あ。やっぱり主宰ドージェ、レナートのこと気にしてたんだ」


「むしろレナートの友人だから、あなたと懇意こんいになろうとしたのでしょうね」


「世話が焼けるよな、二人とも」


 普通に会話したが、レナートもガレアッツオも、多分、聞きとがめるどころではなかったろう。


 リヴィオとグリゼルダは、向き合ったまま、笑い合った。


「あなたのそういうところ、とても好ましいですよ。伴侶はんりょとして、誇らしい気分です」


「成長したろ? 最近、痛い目に合わされることも減ったし、さ」


「それはそれで残念ですね。趣味でいじめることも考えましょう」


「勘弁してよ」


 リヴィオがまた、笑う。グリゼルダも微笑ほほえんだ。


 関係なくリヴィオにつられて、グリゼルダの横で、アルマンドが苦笑する。


 ロゼッタとマトリョーナも、あきれたように笑った。


 レナートとガレアッツオを放ったらかして、ピエトロとダニエラも、エンリコも笑った。


 怪雌鶏かいめんどりが一声、水上都市の空に、輝くに向かって、高らかに鳴いていた。



〜 第四章 小型船ゴンドラ邪神教徒じゃしんきょうと 完 〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴェルナスタ特務局の魔法事件簿 司之々 @shi-nono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ