23.地平の果てまであなたと共に

 一般人の被害を防ぎながら、相性の悪い相手と消耗戦をするのは無理がある。それなら、どうするか。


 ロゼッタの回答は単純だった。苦笑して、リヴィオが叫ぶ。


「気合いで突っ込む! 頼んだよ、グリゼルダ!」


「ええ。地平の果てまであなたと共に、リヴィオ」


 両肩の装甲を展開し、取り込んだ気流を圧縮して、肩甲骨状けんこうこつじょうの背部装甲から噴射ふんしゃする。吹雪の来る方向、一直線に、鋼鉄のこぶしで突進する。


 氷結した大運河カナル・グランデの上、切り裂いた白い視界の先に、レナートが見えた。


『あんたの後ろは、あたしと<黒い掌パルマネラ>にあずけなさい。なにも考えず、押して押して押しまくる。あんたにできることはそれだけで、相手ができないこともそれよ』


 ロゼッタの得意顔に重なるように、母娘おやこの幻影が、初めて不愉快ふゆかいそうな表情を見せた。レナートの前に氷壁が構築される。リヴィオとグリゼルダのこぶしが、氷壁を打ち砕いた。


 至近で、リヴィオとレナートの視線が交錯こうさくした。



********************



 主宰宮殿パラッツオ・ドゥカーレと公共広場を見下ろす、唯一神教ゆいいつしんきょうの大聖堂の鐘楼しょうろうに、ザハールが立っていた。


 白金色はくきんしょくの長めの髪、深いあおの目、長身痩躯ちょうしんそうくに白い上下を着て、優雅にたたずんでいる。貴公子然きこうしぜんとした美貌びぼうが、少し困惑気味だった。


「ずいぶん思い切りの良い……こちらの手の内が、もれているようですね」


「まあ、大体のところは、ね」


 主宰宮殿パラッツオ・ドゥカーレの屋根で、ロゼッタが笑った。後ろに黒髪黒衣のジャズアルドが立って、ちりちりと、大量の火の粉が空に舞い上がる。


 ザハールが肩をすくめた。


「同志の粛清しゅくせいは、気が進みませんが……まあ、仕方ありません。仕事が増えてしまったようですし、こちらは手短かに済ませましょう」


 ザハールの輪郭りんかくが、ゆらいだ。


 鐘楼しょうろうから主宰宮殿パラッツオ・ドゥカーレの屋根に向かい、わずかな曲線を引いて、空気が乱れる。火の粉がぜて、火線が軌跡をえがいた。


 半瞬の呼吸で、ジャズアルドの炎のむちが、白刃はくじんを弾いた。跳び退いたザハールが、主宰宮殿パラッツオ・ドゥカーレの屋根の端で、小剣を構え直す。


「あんたの魔法アルテの本領は、自分の体内、心拍、呼吸、筋力を上げて、神経伝達の限界まで動きを速める生体加速せいたいかそく。まだ本気でもないんでしょうけれど……正直、冷や汗をかいたわ」


 ロゼッタが、手にした紙細工かみざいくの鳥を火の粉に変えながら、息を吐く。


「その魔法アルテ祝祭客しゅくさいきゃくを無差別に襲われたら、こっちも相当、苦しかったわね。余裕? それとも、持続力に難ありかしら?」


「……私が目立ちすぎても、被害が極端に多くても、外敵と認識されやすくなりますからね。愚民ぐみん教導きょうどうするのも、楽ではないのですよ」


「その御高説ごこうせつが、あんたの敗因よ」


 ロゼッタの、炎の赤羽根あかばねよりもずっと小さい、またたく火の粉が空間を満たした。魔法励起現象アルティファクタの火の粉は、大運河カナル・グランデの方から吹き荒れる吹雪にも透き通るように、屋根の上の静かな星空となって浮遊した。


 ザハールが、ゆらいで消える。火線が、さらに速度を上げて空間を走った。


 ロゼッタには、軌跡を目で追うのが精一杯だった。小剣が背中に振り下ろされる。そのやいばとザハールの横腹を、ジャズアルドの二条のむちぐ。


 動きを強引に変えて、ザハールがロゼッタの脇をすり抜けた。


「どんなに速くても、動きの起点はあんたの両脚。接地の摩擦、空気の圧力に制限を受けて、微小浮遊物も避けきれない。光より、音より遅い」


 極限の集中にこわばる顔で、それでも不敵に、ロゼッタが笑う。


「火線で動きが見えれば、あたしのジャズアルドは、反応できるわ」


 吹雪と火の粉にいろどられた主宰宮殿パラッツオ・ドゥカーレの屋根の上、ロゼッタの背後でザハールを見据みすえて、ジャズアルドが黒衣から十二条の炎のむちを展開した。

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