11.だから嫌なのよ

 リヴィオとロゼッタが、唖然あぜんとする。


「……ええと……魔法励起現象アルティファクタ、だよね……あの海月くらげ……」


「……そのようね……」


 女の頭で、虹色にじいろ大海月おおくらげが、うねうねと触手をうごめかしている。リヴィオは思わず、ジャズアルドを見た。


 魔法励起現象アルティファクタ幻像げんぞう魔法士アルティスタ潜在意識せんざいいしきから形成けいせいされるなら、このみの外見、率直そっちょくに言って性的欲求を最大限に喚起かんきさせる外見が、人類以外になるのはどういう倒錯とうさくの果てなのか。


 豊満ほうまんな白い肢体したいに触手がからみつく様相ようそうは、男性主観なら蠱惑的こわくてきだが、女性主観でそこに行き着くのは相当だ。


 同じ思考をたのだろう、ロゼッタがげんなりした顔になる。


「だから嫌なのよ……他の魔法士アルティスタに、関わるの……」


「なるほど。つまりは、性癖せいへき暴露大会ばくろたいかいになるのですね」


「いや、グリゼルダも同じこと……あいたたたたっ! あの、仕事中! 戦闘中!」


 内股うちまたになってリヴィオが騒ぐ。後ろのグリゼルダの顔は、妙に嬉しそうだ。


 はからずも散らかったリヴィオたちの反応に、だが冠詞かんしシニョリーナのメドゥサは、一人で勝手に気を良くした。


「なんか楽しそうで、あたしも嬉しいよ! いろいろ準備したのは本当だから、そこだけ約束通りに、ちゃんと遊ぼう! 仲間に入ーれてっ!」


 嬌声きょうせいを上げるが早いか、大運河カナル・グランデ河面かわも隆起りゅうきする。


 メドゥサの足元を持ち上げて、巨大なたこの頭が現れた。


 ぬるぬると表皮粘膜ひょうひねんまくの光る身体もたこで、丸太まるたたばねたような腕もたこで、大樹たいじゅのようなあしたこ、つまり全身がたこだ。


 頭からあしまでたこなのだが、全身の形だけが人のそれの、大怪蛸人だいかいだこじんだった。


 大怪蛸人だいかいだこじんが、右腕を振りかぶる。リヴィオとグリゼルダの魔法励起現象アルティファクタの、五倍以上の太さがある。そのまま、振り下ろしてきた。


「グリゼルダ……っ!」


「仕方ありませんね」


 鋼鉄こうてつ双腕そうわんが、大怪蛸人だいかいだこじんの打撃を真正面から受け止めた。双腕そうわん裂傷れっしょうが走り、風圧と、魔法励起現象アルティファクタ余波よはが、空間を震わせた。


「リヴィオっ? なにやってんのっ?」


「だって……この人たち……っ!」


 リヴィオに指摘されて、ロゼッタが舌打ちする。


 石畳いしだたみくだけた周辺の路地には、倒した怪魚人かいぎょじんの中身だった、大勢の人間が転がっていた。つぶされたり、大運河カナル・グランデに落とされでもしたら、助からない。


「良い子だね! あたしそういうの、断然ときめく! いじめたい!」


 メドゥサが、両腕を上げた。大海月おおくらげ虹色にじいろの光を強めて、大運河カナル・グランデ河面かわもから二本の水柱みずばしらうずを巻いて伸びた。


 水だ。生物を改造・操作するだけではなく、その根源こんげんの水を使うのが、メドゥサが得意にする魔法アルテだ。


 二本の水柱みずばしらが、十本の水流の槍になって、大怪蛸人だいかいだこじんの腕を支えるリヴィオとグリゼルダに、襲いかかる。


「ジャズアルドっ!」


 ロゼッタの叫びに、ジャズアルドが黒衣をひるがえす。十二条じゅうにじょうの、灼熱しゃくねつの炎のむちが、水流と大怪蛸人だいかいだこじんと、空間もまとめて打ちえた。


 大怪蛸人だいかいだこじんが左腕を振り上げ、また振り下ろす。リヴィオが咆哮ほうこうして、打撃と打撃を打ち合わせる。


 ジャズアルドの炎のむちがメドゥサを襲い、メドゥサの大海月おおくらげが触手に水流をまとわせて迎え撃つ。


「あはははは! ホントすごい! すごいけど、あたしは大運河カナル・グランデのおかげでしっとりれて、熱いあなたも大歓迎グラッツェよ!」


 四本の水柱みずばしらが立ち、二十本の水流が、ジャズアルドの炎のむちを押し返す。大怪蛸人だいかいだこじんも、ただ振り回す両腕が、重さでリヴィオを圧倒する。


「君はやっぱり、まだ経験不足だね! 小っちゃくて細いのに、元気任せの押せ押せだけじゃ、お姉さんきちゃうぞっ?」


 言葉とは裏腹に、嬌声きょうせいはどんどん高くなる。リヴィオが歯噛はがみした。


「くそ……っ! 言いたい放題、言いやがって……っ!」


「あせってはいけません。流れはまだ、向こうがにぎっています。まったく口惜くちおしい限りですが……仕方ありません。ロゼッタを信頼なさい」


 グリゼルダが、ふん、と鼻を鳴らす。吐息といきが花のような、石鹸せっけんのような甘いにおいを運んで、リヴィオを少し落ち着かせた。


 ロゼッタは身体をかがめながら、じっとメドゥサを見据みすえていた。

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