10.はげんで下さいね

 虹色球体にじいろきゅうたいから、再び、光の紗幕しゃまく旋回せんかいした。


 やいばのように空間を斬って、ロゼッタの首に走る。ロゼッタの笑みを炎が包んで、光の紗幕しゃまくを打ち払った。


 黒髪黒衣くろかみこくいのジャズアルドが、ロゼッタの前に立ち、灼熱しゃくねつに燃える炎のむちたずさえていた。


「お願いね、ジャズアルド」


心得こころえた」


 ロゼッタが、ふわりと飛び降りる。


 ジャズアルドの黒衣の外套がいとうがひるがえって、六条ろくじょうの炎のむちが、うなりを上げて虹色球体にじいろきゅうたいに飛翔した。


「あららー? あららららーっ?」


 の抜け続ける嬌声きょうせい尻目しりめに、ロゼッタがリヴィオとグリゼルダの横に降りる。


「でかいのを丸焼きするには、少し力がるわ。街中に広がってるし、あたしは魔法アルテ広域展開こういきてんかいに集中する。背中、あずけて良いかしら?」


「わかった! あ……けど、でかいまま丸焼きにしちゃって、中の人、大丈夫なの?」


ミディアム・レアアル・サングエを心がけるわ」


 本気なのか冗談なのか、ロゼッタが笑う。


 そして目を閉じると、ふところからまた紙細工かみざいくの小鳥を出し、てのひらで燃やす。炎の赤羽根あかばねが、螺旋らせんを巻いて空に飛び立った。


「さて。あずけられたからには、良い仕事をしましょうね、リヴィオ」


「もちろんさ!」


 グリゼルダがリヴィオの背中に寄りって、魔法励起現象アルティファクタ双肩双腕そうけんそうわんが、二人の動きに追随ついずいする。


 向き合った大運河カナル・グランデから、まだ続々と怪魚人かいぎょじんが上陸していた。


『もるぅああぉおおおあああああッ』


 魚体ぎょたい、と言って良いのか、海豚いるかに手足の生えた怪海豚人かいいるかじんが、妙に複雑な叫びを上げて他の怪魚人かいぎょじんに命令した。らしい。


「……少し、知能が高いみたいですね。ああいうのを優先して叩きましょうか」


「だから、そんな個性、らないって……」


 げんなりして、それでもリヴィオは、まずは手近な怪魚人かいぎょじん粉砕ふんさいしつつ、すきを見て司令塔らしい個体を攻撃した。


 ロゼッタから離れすぎないように移動して、また戻る。怪魚人かいぎょじんはどんどん上陸してくるが、街の各所から、状況変化を告げる次のふえは聞こえない。


 炎の赤羽根あかばねも、ロゼッタが空をめるように舞い上がらせる。乱戦だが、状況は戦術の輪の中で推移すいいしていた。


「ここから、ですね」


「ああ! 同じてつまないぜ!」


 予想外のことは、起こり得る。ロゼッタが言っていた。


 その時に状況を、流れを、どれだけみずからに引き戻せるか。それを組織で実行し、戦いの趨勢すうせいを決めることこそが戦術だ。


 冷静に、正確に。怪魚人かいぎょじんを殴り倒しながら、戦場を見極める。きっかけは、虹色にじいろ光彩こうさいはなって大運河カナル・グランデに舞い降りた。


「あはははははっ! すごい! すごいよ、がんばってる! さすが、あたしのお友達と、お友達のお友達!」


 大運河カナル・グランデのまん中に、虹色球体にじいろきゅうたいの人影が立っていた。いや、大運河カナル・グランデの中にいるなにかの上に、立っていた。


 一呼吸遅れて、リヴィオたちとロゼッタのあいだに、ジャズアルドが降りてきた。


仕留しとめ切れなかった。ふざけているが、やる」


 ジャズアルドの黒衣のあちこちに、切り裂かれたような傷があった。


「あれ? ジャズアルドさん、魔法励起現象アルティファクタだよね……?」


「ロゼッタから独立して戦うために、準備していた媒介ばいかいもとに、魔法励起現象アルティファクタとしての実存じつぞん形成けいせいした。ロゼッタの消耗は激しいが、習熟しゅうじゅくすれば君にも可能になるだろう」


「私との愛の営みを、他の人に見せつけられますよ。はげんで下さいね」


「そ、そそ、そういうの、今はいいからっ!」


「あんたたち……真面目まじめにやりなさいよね」


 リヴィオとグリゼルダを前衛ぜんえいに、ロゼッタとジャズアルドが両翼りょうよくに立つ。


 ほぼほぼ粉砕ふんさいされた、怪魚人かいぎょじん魚肉片ぎょにくへんにまみれる大運河カナル・グランデのほとりで、魔法士アルティスタが向かい合う。


「そっちは真面目まじめじゃないみたいだけど。でも、ここが盛り上げどころよ。愉快犯なら愉快犯らしく、名乗って見せなさいよ」


 ロゼッタの挑発に、虹色球体にじいろきゅうたいが輝きながら、紗幕しゃまくを広げた。


「親切にありがとう! そこまで言われたらちょっと恥ずかしいけど、それはそれで気持ちいいから、がんばるねっ!」


 虹色にじいろの球体は、丸帽子まるぼうしのような大海月おおくらげだった。無数の細い触手が皮膜ひまくを伸ばし、頭から、光の外套がいとうのように八方に広がった。


「おもしろい、こともない世をおもしろく! 世界の海にお邪魔する、あなたの愛人アマンテ! 大海月お嬢さんシニョリーナ・メドゥサちゃん、今夜はここに参上よッ!」


 蜜色巻みついろまの長い髪、目鼻を隠す舞踏仮面マスケラの奥に大きな翠緑すいりょくひとみがのぞく、まっ白い肌の女だ。


 はち切れそうな乳房と尻を、桃色ももいろの小さな水着だけが隠している。


 光沢のある、これも桃色ももいろ革手袋かわてぶくろ革長靴かわちょうかがしなやかな手脚てあしを包んで、なんと言うか、もう、正気ではない艶姿あですがただった。

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