12.魔法は千差万別

 自称した戦術家の目で、ロゼッタは状況を、流れをみずからに引き戻すきっかけを、戦いの趨勢すうせいを決めるを探っていた。


 その目に、メドゥサも気づいていた。


「しょうがないなあ! そんな風に見つめられたら、はりきっちゃうじゃない! 今日はみんな初めてだから、特別だよ!」


 メドゥサが、水着の豊満ほうまんな胸を踊らせて、両腕を広げた。


 大運河カナル・グランデが波打った。


 ゆっくりと岸に近づいて、満潮まんちょうのように石畳いしだたみにあふれて、広がった。れてはいたが、水ではない。


 小魚こざかなをそのまま背にりつけた船虫ふなむし怪船虫かいふなむし大群たいぐんだった。


 もう、カリカリと音のする床そのものだ。リヴィオは、卒倒そっとうしそうな意識を気合きあいでつなぎ止めた。


 ざあ、と、怪船虫かいふなむしは路地と言わず壁と言わず、建物の中にまで侵入しながら、街に拡散していった。


「グ、ググ、グリゼルダ……俺、が、がんばってる! がんばってるんだよ……っ!」


「よくわかります。これはさすがに、後でなぐさめてあげますよ、リヴィオ……」


 石畳いしだたみに倒れていた、怪魚人かいぎょじんの中身だった人間が、怪船虫かいふなむしにたかられて痙攣けいれんする。


 ゆっくり立ち上がると、小魚部分こざかなぶぶん凝集ぎょうしゅうしたような、中途半端な怪魚人かいぎょじんに再生した。


 それを見て、ロゼッタも立ち上がった。


「なるほどね。散らばった欠片かけらが、前みたいな虫もどきにならなかったから、なんかあるとは思ってたのよ。こっちに力を割り振ってたのね」


「あたしのこと、そこまで考えてくれたなんて、嬉しい! そう! 意識がない人を、すぐに海のお友達に変えちゃうの! 今ならきっと、街中ぐっすりだよね? みーんな一緒に、楽しい海のお友達の国を作りましょうっ!」


「と、と、とんでもない大迷惑だよ! 一人で勝手に、海の中でもどこでも行けよ! その方がずっと早いよッ!」


 涙目のリヴィオに、メドゥサも、ちょっとだけ目をせる。


「行ってみたけど……やっぱり一人じゃむなしかったの! 相手して!」


「……魔法士アルティスタって、もしかして、こんな人ばっかりなの?」


「大体そうね」


 リヴィオの半分白くなった顔に、ロゼッタがため息で返す。だとすれば、いけかない奴、というロゼッタの評は、かなり穏当おんとうだ。


「あ、あ、あのさ、グリゼルダ。この前みたいな、地面をむあれ、やっちゃって良いかな……? そろそろ、限界……ッ!」


「構いませんが、あれは地表を伝搬でんぱんさせる魔法アルテです。建物内部や橋、水路で減衰げんすいします。この状況では、有効な反撃になりません」


「でもさ……っ!」


 ほとんど、泣き言だった。表情もおかしなことになっている。ロゼッタが、こらえ切れなくなったように苦笑した。


「世話が焼けるわね。まあ、向こうもようやく底を見せたみたいだし、いいわ。少しは先輩らしいこと、教えてあげる」


「え……?」


魔法励起現象アルティファクタに得意と不得意はあるけど、それは別に、得意以外が使えないってわけじゃないのよ。魔法アルテは千差万別、結局は想像力の問題ね。私にだって、あなたたちと似たようなことはできるのよ」


 ロゼッタが、官服かんふく上衣じょういを脱ぎ捨てた。


 下着姿したぎすがたかたわらに、ジャズアルドが寄りった。ロゼッタもジャズアルドに向かい合い、視線だけをリヴィオに流す。


「あんたにも、まだ背中、あずけてるんだからね……たのんだわよ。戦友せんゆう


 笑って、目を閉じて、ロゼッタがジャズアルドに口づけをした。


 ジャズアルドの姿が変わる。黒衣が燃え上がり、全身が血のような炎に、魔法アルテ熱量ねつりょうそのものになって、ロゼッタのくちびるから身体の中に流れ込む。


 ロゼッタの赤毛が炎のように逆巻さかまいて、肌が赤熱せきねつに輝いた。


 そのまま、怪船虫かいふなむしうごめく足元に、両掌りょうてのひらを突き入れた。


 周囲の怪船虫かいふなむし破裂はれつ蒸発じょうはつした。ロゼッタが石畳いしだたみについた両掌りょうてのひらから、血のような、細い炎の糸が無数に伸びていた。


 炎の糸は、赤熱せきねつの光をはなって縦横無尽じゅうおうむじんに地表を走り、橋を伝い、曲がり、分かれて、壁を登って、建物内部にも隙間すきまなく入り込んだ。


 そして触れた怪船虫かいふなむしを、一瞬で蒸発じょうはつさせた。


 魔法励起現象アルティファクタをのぞく全てのものには、なにも起こらない。明確な意志と力を持った炎の血脈けつみゃくが、水上都市の敵性異物てきせいいぶつ駆逐くちくしていった。


「あらら……? あらー?」


 大怪蛸人だいかいだこじんの頭の上で、メドゥサが、の抜けた嬌声きょうせいをもらした。


 大運河カナル・グランデの岸辺は、水上都市の路地と建物のことごとくは、今や赤熱せきねつの光と、怪船虫かいふなむし蒸発じょうはつした陽炎かげろうでほの明るくゆれている。


 石畳いしだたみみしめて、大怪蛸人だいかいだこじんの真正面に、リヴィオとグリゼルダが魔法励起現象アルティファクタ双肩双腕そうけんそうわんを構えて立ちふさがった。


魔法アルテは千差万別、想像力、か……」


「そうです、リヴィオ。あなたが魔法アルテの無限を、私を信じてくれるなら……私はどこまでも、あなたの想いにこたえられるでしょう」


「よくわからないけど……」


「要するに、気合きあいです」


「わかった……っ!」


 リヴィオが咆哮ほうこうした。


 魔法励起現象アルティファクタが輝いて、みしめた石畳いしだたみに、光の波紋はもんが広がった。


 いや、波紋はもんは水路を、大運河カナル・グランデ河底かわぞこを超えて広がり続ける。大地は、海底をも含めて広がるこの世界そのものだ。


 光の波紋はもんから巻き上がる鉱物粒子こうぶつりゅうしうずを収束させて、双肩双腕そうけんそうわんが、外装装甲がいそうそうこうを重ねていく。


 胸郭きょうかく形成けいせいされ、鉄片てっぺん積層せきそうした腹部ふくぶ、剣のような鋼板こうばんが並ぶ腰部ようぶ曲面装甲きょくめんそうこうを重ね合わせた脚部きゃくぶが、次々と構成されていく。


 甲冑かっちゅうのような頭部には、頭頂とうちょうに天を衝角しょうかくが高く伸びた。


 巨大な大怪蛸人だいかいだこじんをさらに超える、機械仕掛けの装甲巨人、鋼鉄こうてつの巨神像が顕現けんげんした。


「あ……あらら、ら……?」


 巨神像が振り上げた右腕、前腕部の装甲が展開して、炎を噴出ふんしゅつする。こぶしが、赤熱せきねつの光をはなった。


「質量は正義です。質量を笑うものは、質量に泣きますよ」


 グリゼルダの声に、メドゥサが引きつった笑いを浮かべた。


「それ……なんか他のも、混ざってる……」


 巨神の鉄拳てっけんが、大怪蛸人だいかいだこじんを頭から叩き割った。


 こぶし赤熱せきねつが、大量の水分を気化させたのだろう。叩き割られた大怪蛸人だいかいだこじんは、一瞬の後に大音響を上げて爆散ばくさんした。

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