46.羽毛が未成熟なの

 リヴィオが、困惑の目を流す。


「あの、さ……これ、どんな流れなのかな……?」


「さあ……わかりにくいですね……」


 グリゼルダが、同じ表情をジャズアルドに向けたが、視線をらされた。


「今ならまだ選べるわ! それがわかってて無用に死んだら、今までのあなた自身への裏切りだと思わないの?」


『……あなたの怒りを、理解しました。私は行動を間違おうとしています。ですが……』


「生きなさいよ! 立派に生きて、それから美味おいしい料理になりなさいよ! それが無用に死んだ仲間への、せめてもの手向たむけってもんじゃないの!」


 ロゼッタの目には、涙が浮かんでいた。隣でメドゥサも、目頭めがしらを押さえている。


「ええと……」


「私に聞かないで下さい……」


 リヴィオとグリゼルダが途方に暮れる。怪雌鶏かいめんどりを逆さに持ったまま突っ立っていると、その怪雌鶏かいめんどりの頭の真下に、小さな黄色い羽毛が駆け寄った。


 高く、はかなく、ささやくように鳴く。


 すぐにあちこちの隙間すきまから、同じ鳴き声がして、同じ羽毛が転がり出る。


「え? あ、あれ? ひよこ? なんで?」


 リヴィオの声に反応したわけでもないだろうが、ぴよぴよぴよ、ぴよぴよぴよ、と、鳴き声も羽毛の数も、どんどん増える。


 ついには、水路脇の歩道を、黄色い羽毛の絨毯じゅうたんが埋め尽くした。


 これほどの数のひよこが、そもそもヴェルナスタにいたということから、まず驚きだった。確か、肉屋でおろしていたとレナートが言っていた。リヴィオは呆然と、うごめく黄色い羽毛の絨毯じゅうたんを見る。


 一羽一羽の脚が多くないのが、せめてもの救いだ。それでも良く見れば、ところどころに背中に小魚を貼りつけた、前に見たことがある怪船虫かいふなむしが混じっていた。


 肉屋や、買われたあちこちの家を勝手に開けて、ここまで連れてきたのか。目頭めがしらを押さえた格好のまま、メドゥサが、右手の握り拳から親指を力強く立てている。


『あなた方は……どうして……』


 ぴよぴよぴよ、ぴよぴよぴよ。


『それは……』


 ぴよぴよぴよ、ぴよぴよぴよ。


『……理解しています。ですが、私は……私の怒りを優先しました。それが、理由はわからなくとも、思考し、行動する力を与えられた、私の役割であると……』


 ぴよぴよぴよ、ぴよぴよぴよ。


『いえ……そのような……』


 ぴよぴよぴよ、ぴよぴよぴよ。


『私には聞こえました。理解しました。それは……存在しました。私が行動の結果、どのようなことになろうと、それは私という個体の問題でしかありません』


 ぴよぴよぴよ、ぴよぴよぴよ。


『そんな……そんなことは、あなた方も同じと考えます』


 ぴよぴよぴよ、ぴよぴよ……。


『……私は……』


 ぴよぴよぴよ、ぴよ……。


『……』


 ぴよぴよぴよ……。


『私という個体が、そのような……』


 ぴよぴよ……。


「あ、あれ? なんか、鳴き声が……」


 なんだかいたたまれない感じで、リヴィオが不自然な声になる。グリゼルダとジャズアルドは、もう、完全に我関われかんせずと言わんばかりだ。


 メドゥサが、涙をふくまねをした。


「ひよこはね、羽毛が未成熟なの。気温の低下に弱いのよ……」


 ひよこが一羽、また一羽と、動かなくなっていく。多分、怪雌鶏かいめんどりになにかを語りかけながら、その鳴き声が次第に小さくなっていく。


「こんな夜に外気に触れたら、それだけで……この子たちも、命がけなのよ……!」


「それ知ってて連れてきたの? なんで?」


「お姉さん、感動したわ……!」


 会話になっていない。いつもならロゼッタがどうにかしそうなものだが、今夜は向こう側らしい。リヴィオは孤立無援で、思わず、魔法励起現象アルティファクタの手に持った怪雌鶏かいめんどりを見た。


『私は……すべて理解しました。私の行動が終焉しゅうえんすることを受け入れ、しゅことわり身命しんめいをゆだねましょう』


「ありがとう……! あんたたちの気持ち、無用に終わらせたりはしないわ……!」


 ぴよ……。


 ロゼッタがなんだか力強くうなずいて、ひよこの最後の一羽が目を閉じた。


 メドゥサが豊満な胸を支えるように腕組みして、恐らく、良い顔をしているつもりのようだった。


 大怪蛸だいかいだこ怪船虫かいふなむしも、撤収てっしゅうとばかりに大運河カナル・グランデに沈んでいく。後に残された大量のひよこ肉を前にして、リヴィオはまた途方に暮れた。

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