45.目を離さずに

 男たちを縛り上げたついでに、口にも布を噛ませていた<黒い掌パルマネラ>の手際に、リヴィオは心から感謝した。


 メドゥサの大怪蛸だいかいだこが現れてからと言うもの、<黄金の夜明けか黄昏ドラート・アルバ・オ・セーラ>の盛り上がりはすごかった。


「……よくわかんないけど、こっちくるっぽい、かな」


「ええ。やはり最後は、あなたと私で決めるしかありませんね」


 グリゼルダが、ふん、と鼻息を荒くする。


「じいちゃん、ちょっと急いで」


「無理を言うな、こんなに乗せおってからに」


 煙管きせるを口にする余裕もなく、ぎながら、エンリコが不平をこぼした。


 小型船ゴンドラにはエンリコとリヴィオ、グリゼルダは数に入らないとして、<黄金の夜明けか黄昏ドラート・アルバ・オ・セーラ>の七人の、合計九人が乗っていた。過積載かせきさいもいいところだ。


 <黒い掌パルマネラ>は<黄金の夜明けか黄昏ドラート・アルバ・オ・セーラ>が乗っていた二艘にそうに分乗して、別方向にいでいる。怪雌鶏かいめんどりが追ってくるのは、リヴィオたちの一艘いっそうだけだ。


 河面を飛ぶ黒い影が、遠目に見える。風の音も、うなりを上げて近づいてくる。小型船ゴンドラが岸の水路に飛び込むまで、あと少しだった。


「あそこに入ったら、俺は飛び降りるからさ。もうちょっとだけがんばってよ。をにぎって八十年、だろ」


「……おまえな。じいちゃんの年齢としを覚えとらんのか?」


「細かいことはいいじゃんか」


 リヴィオの大雑把おおざっぱな返事に、エンリコが肩をすくめた。


 あおられたからでもないだろうが、エンリコがぐ手に、力を込める。小型船ゴンドラがなんとか速度を上げて、大運河カナル・グランデから水路の一つに進入した。


 リヴィオが水路脇に飛ぶ。小型船ゴンドラからは降りるという表現になるが、実際はかなりの高さを飛び上がる。得意ではないが、圧縮空気を操作する要領で、風を束ねる魔法アルテで背中を押す。


 少し危なっかしげでも、どうにかリヴィオが、岸の石畳いしだたみに足を着けた。


「グリゼルダ!」


「お任せなさい、愛しい人」


 リヴィオが左足を前に、右半身を引く。両足から広がった光の波紋が、明滅めいめつして右足に集中する。舞い上がる鉱物粒子こうぶつりゅうしが鋼鉄の右腕と、右腕が握る長大な槍を構築した。


 大運河カナル・グランデを超えて怪雌鶏かいめんどりが飛来する。水路の入り口、真正面を、翼を広げた巨影がふさぐ。


「視線で誘導します。そのまま、目を離さずに」


「わかった……っ!」


 鋼鉄の右腕が空気をふるわせて、槍を投擲とうてきした。槍の後端こうたんが、圧縮焦熱気流あっしゅくしょうねつきりゅう噴射ふんしゃする。槍先の近く、軸の四方に制御翼せいぎょよくが展開、推進方向を整える。


 矢よりも速く、鋭く強く、槍が飛んだ。


 怪雌鶏かいめんどりが瞬間、身をける。近接位置で槍そのものが赤熱、膨張炸裂ぼうちょうさくれつした鉄火てっか奔流ほんりゅうが、空間ごとけずかすように、怪雌鶏かいめんどりの左半身を焼き尽くした。



********************



 水路脇に落ちた怪雌鶏かいめんどりの両脚をつかんで、鋼鉄の右腕で持ち上げる。左の翼は炭化して崩れ、身体の大きさも、人間より少し小さい程度に縮んでいた。


 それでも、眼光が鋭く水路の先を射抜く。リヴィオが立ち位置を変えて、警戒した。


「大した気合きあいだよな、まったく」


魔法アルテの影響が消えていません。油断してはいけませんよ」


 グリゼルダが大運河カナル・グランデを見る。槍の炸裂した光が、見えたのだろう。なんだかぐったりした感じのロゼッタとジャズアルド、さわやかな笑顔のメドゥサを頭に乗せた大怪蛸だいかいだこが、大運河カナル・グランデを渡ってきた。


「理解しなさい……あなたの負けよ」


 水路脇に降りたロゼッタが、怪雌鶏かいめんどりに話しかける。怪雌鶏かいめんどりは、ロゼッタを見なかった。


「あんたの身体には、まだ魔法アルテが残ってる。おとなしくしていれば……」


『個体の生死は問題ではないと、言いました』


「最後の力をふりしぼったって、あの連中は殺せない。私たちが殺させない。食べる肉もないほどからびて、あんた、それこそ無用に死ぬだけよ!」


『なぜ、あなたが怒りを感じているのか……理解していません』


 ロゼッタが唇を噛みしめる。怪雌鶏かいめんどりがロゼッタを見なくても、ロゼッタは怪雌鶏かいめんどりをまっすぐに見た。

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