4.ざっくりしてるね

 早めの夕食の後、リヴィオがロゼッタに案内されたのは、主宰宮殿パラッツオ・ドゥカーレだった。


 ラグーナ佇立ちょりつする海洋交易国かいようこうえきこくヴェルナスタ共和国の、国家元首たる主宰ドージェ公邸こうていで、政治最高機関の大評議会だいひょうぎかいがある行政・立法・司法の政庁せいちょうでもある。


 北面が唯一神教ゆいいつしんきょうの大聖堂、西面が公共広場、東面が市街地、そして南面が二本の大運河カナル・グランデが合流する海への出口にせっしている。


 リヴィオも、祭礼さいれいなどで大聖堂や公共広場に来たことはあるが、主宰宮殿パラッツオ・ドゥカーレの中には入ったことがない。


 ラグーナに沈む夕日に照らされた白亜の宮殿は、ヴェルナスタ共和国の国民みんなが共通の感慨かんがいを抱く通り、美しかった。


 その主宰宮殿パラッツオ・ドゥカーレの、なんだかおくまった地味な一室に、自称えらい眼鏡男めがねおとこがいた。


 執務机しつむづくえで夕食を済ませたらしく、葡萄酒ぶどうしゅを飲んでいた。


 節度をたもっていれば、勤務中でも食事時など葡萄酒ぶどうしゅを飲むのは普通だが、なんだか腹立たしい印象なのは、本人の人徳不足と言うしかない。


「やあ。ヴェルナスタ特務局、魔法アルテの専門部隊<赤い頭テスタロッサ>にようこそ。ぼくはアルマンド=デル・ペッツォ、局長きょくちょうです。えらいんですよ?」


 わざわざ強調しなければいけないのだから、あんまり敬意を持たれていないということだ。


「もう一つ、隠密部隊おんみつぶたいの<黒い掌パルマネラ>もありますが……まあ、その辺は追い追い、必要に応じて説明しますよ。どちらも諜報活動ちょうほうかつどう、逆の防諜ぼうちょう治安維持活動ちあんいじかつどうなんかをこっそり行う、主宰ドージェ直轄特殊工作機関ちょっかつとくしゅこうさくきかんです」


「へえ……?」


 なんだかいろいろ飛び越えた職場構造しょくばこうぞうと、諜報ちょうほうとか治安維持ちあんいじとかの仕事内容に、リヴィオはやっぱり、頭がついていかなかった。


「とりあえず、例の怪魚人事件かいぎょじんじけんの対応が、当面のお仕事ですね。怪奇話かいきばなしの全部が全部、というわけではありませんが、魔法アルテが関わっているとなれば、ぼくたちの担当です」


「あの、魔法アルテって……?」


「不思議な現象です」


 アルマンドの簡潔かんけつな言葉に、リヴィオは追加の説明を待って、沈黙した。ずっとおとなしく横に立っていたロゼッタが、あきれたようにため息をつく。



「科学的にわからない、今の段階で普通じゃないと思える現象、全部ひっくるめて魔法アルテって呼んでるのよ。細かい分類や理論体系もあるみたいだけど、せいぜい後づけの言葉遊びだし、結局は千差万別で意味ないわ」


「……ざっくりしてるね」


「そんなものですよ。後は……そうそう、ちょっと大きさが合わなさそうですが、きょく官服かんふくを支給しますよ。はい」


 アルマンドが、とっくにそのつもりでいたのか、執務机しつむづくえの引き出しから新品の官服かんふくを取り出した。


 リヴィオも、まあ、否定はせずに受け取った。ロゼッタと同じ、赤い縁取ふちどりの紺色官服こんいろかんふくだ。


「<赤い頭テスタロッサ>なのに、帽子ぼうしとかじゃないんだ」


「昔はそうだったみたいですけど、いちいちかぶるのが面倒だったり、紛失したりで、こうなったようです。<黒い掌パルマネラ>の人たちは普通の人にまぎれて行動してますので、これを着ていれば、危ない時に向こうから助けてくれたりしますよ」


 昨日、アルマンドは、あんまり助けてもらえる雰囲気がなかった。どっちの部下からも嫌われてるんだろうな、と、リヴィオは内心で納得した。


「以上です。それじゃあ、ロゼッタと二人でがんばってくださいね」


「え……? こ、これだけ? あの、他に、魔法アルテの使い方とか……そうだ、グリゼルダさんは……?」


「グリゼルダ?」


 アルマンドが、疑問符ぎもんふで聞き返す。少しして、ぽん、と手を打った。


「すいません。ぼく、その人、見えてないんですよ」


「ええ……?」


 言われた意味がわからず、リヴィオが当惑とうわくする。ロゼッタがなにか言うより早く、リヴィオの耳に、ふう、と吐息といきがかけられた。


「ぅおわっ?」


「私なら、いつでもあなたのかたわらにいますよ」


 金髪碧眼きんぱつへきがん、神話っぽい白装束しろしょうぞくの美女が、本当にいつの間にか、リヴィオとロゼッタの間に割り込んでいた。


 耳を押さえて動揺するリヴィオの顔を、美女が、ほくそんで見た。


このましい反応ですね。初心うぶなのは良いことです」


「え、えええ、ええと、グリゼルダ、さん……?」


「グリゼルダで結構ですよ。私とあなたの仲じゃありませんか」


 状況も、行動も、言っていることも、リヴィオには全部わからない。


 助けを求める視線をロゼッタに向けると、ロゼッタはグリゼルダの、言われてみれば確かに豊満ほうまんな胸に、不愉快ふゆかいそうな目を向けていた。


「リヴィオ、あんた昨日、魔法アルテ結晶単子けっしょうたんしを飲んだでしょ」


単子たんしって……あの、丸薬がんやくみたいな?」


「そ。あれ、あんたの身体の中でけて、すみずみまで侵食しんしょくしてるから」


 ロゼッタが不穏ふおんなことを言う。

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