5.御褒美も考えてあげますよ

 グリゼルダが、ほこらしげに胸を張った。


「正確には、脳組織のうそしきに重点的に寄生きせいしています。この姿も声も、あなたの感覚神経に干渉かんしょうしている幻像げんぞうです」


「え……?」


脳組織のうそしきの奥まで侵食しんしょくして、潜在意識せんんざいいしきから抽出ちゅうしゅつした、あなたにとってもっとも鮮烈な姿……率直に言って、性的欲求を最大限に喚起かんきする異性像を体現しました。嬉しいでしょう」


「ちょッ、ちょちょ、ちょっと……ッ?」


「……同じように魔法アルテを使える人間を、魔法士アルティスタって呼んでるの。あたしもそう。で、魔法士アルティスタはなんか同調するみたいで、見えるし、会話もできるのよ」


「グリゼルダという名前も、記憶中枢きおくちゅうすうから拾った、あなたの初恋の幼年学校教師の名前です。なかなか一貫いっかんした、母性嗜好ぼせいしこうですね」


「わぁあああああッ! な、なに言ってんのッ! ちが、違うってッ! そんな……なぁッツ!!」


 慌てて叫びかけ、リヴィオは、唐突とうとつな激痛にころがった。


「素直でないのは、いけませんね。感覚神経に干渉かんしょうすると言ったでしょう。これは、お尻の穴の辺りですね」


いたたたたっ! やめて! 本気でやめてッ!」


 リヴィオが、一人でのたうち回る。グリゼルダはすずしい顔だ。


「肉体的に損傷そんしょうするわけではないので、安全に限界をきわめられますよ。昨夜、ばしてあげたように、五感を適切に同期どうきさせれば、あなたの肉体が私の実存じつぞんを疑うことはできません」


「ごめんなさいっ! このみですっ! 素敵ですっ! めちゃめちゃグッときてますううぅうッ!」


「愛と賞賛しょうさんは、言葉で伝えるものです。忘れないで下さいね。もちろん性感せいかんも感覚神経ですから、良い子にしていれば、御褒美ごほうびも考えてあげますよ」


 グリゼルダが艶然えんぜんと笑う。脳内拷問のうないごうもんがやっと終わって、リヴィオにはそれどころではなかった。


「あ……あの……もしかして、呪いって……」


「ええ、まあ。見えない相手といろいろやっている変人に、親しくしてくれる人はいないでしょうねえ。実際、ぼくからは笑えるか不気味かの、どっちかです」


 アルマンドが肩をすくめた。大きくうなずいて、グリゼルダがほおを染めた。


「あなたには、私一人がいれば充分ですよ、リヴィオ。あなたが死ねば私も結晶単子けっしょうたんしに逆戻り、次に目覚める保証はありません。一蓮托生いちれんたくしょう伴侶はんりょということです」


「いや、その……ええと……」


 身体どころか脳みそ全部をにぎられた相手に、迂闊うかつなことは言えない。リヴィオの目が泳ぐ。


浮気うわきには死の鉄槌てっついを。脳組織のうそしきを破壊して心中します。究極の愛ですね……言っておきますが、視線も思考も、私に隠せると思ってはいけませんよ」


 なるほど、呪いだ。


 恋人ができないとか、飛び越して結婚相手とか、そんな世界の話ではない。少し同情気味の目で、ロゼッタがリヴィオを見た。


「こいつらや昨日の魚の怪物、あんたが出した岩の腕や、あたしが使う火の羽根なんかの、魔法アルテが起こす現象全部を、魔法励起現象アルティファクタって呼んでるわ。実際にあるものを加工して使う場合がほとんどだから、そういうのは普通の人にも見えてるわよ」


「こいつら……? あ。もしかして、あの黒髪の……」


 ようやく立ち上がったリヴィオの眼前に、黒髪黒衣くろかみこくいの、精悍せいかんな男性が現れる。


 外套がいとうの立ったえりが口元を隠し、敵意はないが鋭い目だ。かなりの長身で、たくましい。


「あたしのジャズアルドよ。良い男でしょ」


 こういう感じが、ロゼッタのこのみということだ。今となっては内実を知った同類の魔法士アルティスタ、開き直ってのろけていた。


「いろいろ言うこと聞いてくれる、完全なこのみど真ん中の相棒だから、現実の恋人なんてらないのよね。実際」


 精神的ないやしとかは、どうなんだろう。ジャズアルドは寡黙かもくな雰囲気で、ロゼッタには優しそうだし、なんかちょっと違うな。


 思わず考えて、グリゼルダにじろりとにらまれて、リヴィオは必死に無心になった。


「昨日から、ずっとおなかへってるでしょう? こいつら、あたしたちの身体を熱量ねつりょうに変えて活動してるから、出しっぱなしでいたり、大規模な魔法アルテを連発したりしたら、ほそって死ぬわよ。とにかく食べて、後は話し合って折り合いをつけることね」


「あ……! このはらへり具合って、そういうこと……っ?」


 ロゼッタの言葉に、気をかせたのか、ジャズアルドがすぐに消える。リヴィオもグリゼルダを見たが、グリゼルダは満面の笑みを返してきた。


伴侶はんりょとは、できるだけ一緒にいたいものでしょう」


 リヴィオは、少し目の前が暗くなった。


 こうなったら、連日連夜の買い食いだ。なんと言っても、お偉いさんの直轄組織ちょっかつそしきで、特殊技能者とくしゅぎのうしゃでもあるようだし、給金きゅうきんもそれなりだろう。


 確か、小型の鳥やねずみなんかの活動消費かつどうしょうひが激しい小動物は、行動時間のほとんどを食事しながら過ごすらしい。


 リヴィオは、その気持ちがわかるようになった。

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