6.適当だよなあ

 ヴェルナスタ共和国の領土りょうどは、海洋交易路かいようこうえきろ中継拠点ちゅうけいきょてんとなる世界各地の港湾都市こうわんとしを除けば、ラグーナ佇立ちょりつする巨大な水上都市すいじょうとし、国名と同じ政務首都せいむしゅとヴェルナスタだけだ。


 二本の大運河カナル・グランデが市街の中央を蛇行だこうし、そこから無数の支流、小型船ゴンドラの専用水路が網目あみめのように走っている。


 市街の建物は、よほどの密集地のまん中でなければ、どこかの面が必ず水路に面しているほどだ。


 生活用品の物流や、個人の中長距離の移動手段も、小型船ゴンドラになっている。水路には立体的な橋があちこちにかかって、街全体が風光明媚ふうこうめいびな迷宮だった。


「ロゼッタと二人で手分けして、全域を見回れというのは、人使いの荒い話ですね」


「今、他の魔法士アルティスタがいないんだってさ。細かいところは、ええと、<黒い掌パルマネラ>だっけ? 大勢で見回ってるから、俺たちは、なんかあった時にどっちか駆けつけられるように分散しておけば良いって、役立たず……アルマンドは言ってたよ」


 リヴィオは、あくび混じりに、堅焼きパニーニにかぶりついた。


 支給された官服かんふくは、やっぱりそですそも少し余った。ほそるわけにはいかない。背丈せたけの成長が止まったら一大事だった。


「……」


「な、なに? グリゼルダも食うの?」


「いえ。私が言うのもなんですが、順応じゅんのうが早いですね。もうしばらくは私に、恐々と拒絶感きょぜつかんを示すと思いましたが」


「なんか、どうしようもなさそうだしなあ。なっちゃったもんは仕方ないさ。仕事だって、おえらいさん直轄ちょっかつなんて、安定した就職しゅうしょくの先取りに思えなくもないしさ」


 リヴィオの単純思考に、グリゼルダがあきれたように笑う。


「あなたのそういうところ、このましいですよ。とても素敵です」


「そ、そうかな……てれるよ、あはは」


 リヴィオのほお紅潮こうちょうする。


 実際問題、ロゼッタの言葉ではないが、少なくともグリゼルダの容姿は、リヴィオが思いえがく理想の女性像そのものだった。


 第三者からは妄想もうそう一人芝居ひとりしばいにしか見えなくても、こうして連れ立って歩いて、笑いかけられれば、それだけで気分も高揚こうようするというものだ。


 今、リヴィオは街の東から北、ロゼッタは西から南を巡回じゅんかいしている。


 ロゼッタと二人で家を出た時は、話せるほどの事情を知らなかったから、臨時雇りんじやといの事務仕事を紹介された、と苦しい言い訳をしていた。


 帰りは遅くなるかも知れないと言うと、母親のダニエラは、なんだか妙な笑顔になっていた。昼間の状態を見ていたからだろう、レナートは最後まで厳しい顔で心配していた。


 過去の怪魚人かいぎょじんの目撃情報に、さほど有益ゆうえきな手がかりはなかった。それでも、昨日の騒ぎでわかったことが、かなりある。


 主宰宮殿パラッツオ・ドゥカーレを出発する前、ロゼッタが得意げに語っていた。


『まず、怪魚人かいぎょじんの中には、人間が入っていたわよね。出てきた男は、まだ意識は戻ってないようだけど、大きな外傷もないそうよ。さらわれた人間が怪魚人かいぎょじんにされるってうわさは、とりあえず本当ね』


 人間をさらうために出没するのなら、人通りが完全に途絶とだえる前、日づけが変わる前後までが、危険な時間帯ということになる。


大規模だいきぼな騒ぎに出てないのだから、まだなにかの準備段階。勢力が小さいのよ。魔法士アルティスタは少人数か、もしくは一人。散らばった魚肉片ぎょにくへん小怪魚しょうかいぎょになったことから、生き物をそのまま変化させたり、あやつ系統けいとうが得意らしいわね』


 水路は、相手の縄張なわばりみたいなものだ。そうなるとこちらの基本戦術もさだまってくる。


『先に遭遇そうぐうした方もあせりは禁物きんもつ。もう片方が合流するまで慎重しんちょうに対処して、連携れんけいして相手の数をへらしていく、よ』


 リヴィオは、ロゼッタの論理展開ろんりてんかいに、素直に感心した。


 さすがは年上で、先輩だ。合図や連絡は<黒い掌パルマネラ>の人たちが手伝ってくれるようだし、やることが明確なら冷静にもなれる。


 後は、まあ、あしの多い姿にくじけないよう、心を強く持つだけだ。


「あんな風に、ロゼッタが言ってたけどさ。魔法励起現象アルティファクタの得意と不得意って、そんなにはっきりするもんなの?」


 ふと気になって、リヴィオがグリゼルダに問いかける。考えてみれば、魔法アルテそのものに関しては、結局、誰もまともに説明してくれなかった。


 グリゼルダが多分、意図的いとてきに、リヴィオの初恋の幼年学校教師のように微笑ほほえんだ。


「それなりです。魔法アルテの定義は広大ですが、扱う人間のがわの、相性と想像力の問題ですね。人間はまったくの自由より、分類と系統けいとうを意識した方が、かえって想像力を働かせやすいのです。自然現象を四種類に分類などするでしょう」


「あ、なんか、物語で読んだことあるな。風、水、火、土ってやつ?」


「ええ。それにもとづけば、私とあなたの場合、土壌由来どじょうゆらい鉱物組成こうぶつそせいの操作などにもっとも適性がありますね」


「なんだ、一番地味なやつ……ったたた、いたたたたたッ! ごめんなさい、生意気なこと言いましたっ!」


 両足の小指の先で地味な痛みが爆発、したように脳が受信して、リヴィオがのたうち回る。この呪いには抵抗のしようがない。


「質量は正義です。質量を笑う者は、質量に泣きますよ」


 グリゼルダがしたり顔で、わけのわからないことを言う。現在進行形で泣かされているリヴィオとしては、とにかく曖昧あいまい首肯しゅこうした。


「そ、それで……俺、具体的にどうすれば良いのかな? 魔法アルテのことなんて、なんにも知らないんだけど」


「千差万別と言われたでしょう。手ほどきは、私が愛と時間をかけて、しっとりとして差し上げます。しばらくは、あまり複雑に考えないことですね。気合きあいで暴れて下さい」


「なんかみんな、適当だよなあ。その方が助かるけどさ」


「素質の一つですよ。物事を考えすぎる人間に、魔法士アルティスタつとまりません。知識の探求たんきゅうから、戻れなくなりますからね」


「良いんだか悪いんだか」


 リヴィオは嘆息たんそくした。まあ、利口りこうぶるほど学業成績が良くないことは確かだった。この際、ほめられたと解釈かいしゃくする。


「だったら、相手もあんまり、深く考えない奴なのかなあ。一匹退治された昨日の今日で、すぐにまた……」


 リヴィオが、無駄口を飲み込んだ。グリゼルダも、ほくそ笑む。

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