41.供養してやりましょ

 翌朝、リヴィオが官服で食堂に降りると、それなりに大きい籠一杯かごいっぱいに、ひよこが騒々しく鳴いていた。グリゼルダと一緒に、少しうんざりした顔になる。


「どうしたの、これ?」


「ああ、おはようリヴィオ。お肉屋さんでおろしてたから、練習用にね」


 レナートが、えりと前掛けだけが濃緑の、清潔な白い厨房服ちゅうぼうふくで料理を運んできた。リヴィオの父、ピエトロも同じ格好で現れ、陽気な声を張り上げる。


「おう、リヴィオ! 週末休日だってのに、ちゃんと起きてきたな! 感心、感心!」


「勘弁してよ、もう……この人、朝から声が大きくってさ」


 食卓に、リヴィオより先にロゼッタがいた。なんとか部屋着ではなく、リヴィオと同じ紺色官服こんいろかんふくだ。


 昨日の今日の作戦会議で、さすがに真面目な仕事人間を自称するだけはある。もともと朝が弱い分、ひどく不機嫌な顔なのは、まあ仕方がなかった。


 ピエトロは次の航海までひまなのか、朝食をレナートと二人で作っていたようだ。


 生野菜と一口堅焼きフォカッチャの山盛りに、生乳乾酪モッツァレラを乗せたトマトポモドーロの輪切り、牛肉の塩漬けブレザオラきのこ米煮リゾット、豚肉の直火焼きポルケッタなど、素朴だが立派な大皿料理が次々と並ぶ。ダニエラはこの時とばかり、朝寝坊をしているらしかった。


「ひよこは、もう少し太らせてから、内臓を抜いて串焼きにするんだ! 東の方の国じゃ、祭り屋台の定番だぞ!」


「骨はあんまり固くないから、包丁の背で砕いて、そのまま食べるんだってさ。おもしろいよね」


 ふわふわの黄色い羽毛は愛らしいが、おすのひよこは、鶏卵業者けいらんぎょうしゃの役に立たない。食肉業者が引き取る以外、結構な数が、こうして捨て値で流通する。平民の家庭料理でも、まとめて煮込んで出汁だしにするのがせいぜいだ。


 ピエトロとレナートが料理の話で盛り上がり、料理される予定のひよこがうるさい食堂で、肉料理を食べる。鶏肉料理はなかったが、なかなかの混沌こんとんだ。


「やあ、おそろいですね。朝食に間に合えて、良かったです」


 のんきな声がして、外からアルマンドが入ってきた。いつも通りの寝ぐせ頭で、無表情のマトリョーナも一緒だ。


 二つの食卓を広く使って、特務局<赤い頭テスタロッサ>の四人が、これまたいつも通り大量に食べながらの作戦会議となった。


 ジャズアルドは出てきていない。グリゼルダだけが、すずしい顔でリヴィオにもたれかかっていた。


「リヴィオくんが捕まえた三人を、軍の留置所で尋問しました。マトリョーナさんが手伝ってくれて、だいぶ助かりましたよ」


「また新しい快感を覚えました。世界が広がります」


「ああ、もう、前置きはどうでも良いわよ」


 ロゼッタが豚肉の直火焼きポルケッタをかじりながら、投げやりに言う。アルマンドが肩をすくめて、大皿の並ぶ隙間すきまに、小さなヴェルナスタの地図を広げた。


 大運河カナル・グランデのちょうど真ん中あたりを中心に、円形に印が書き込まれている。それだけで、ロゼッタの不機嫌な顔が、輪をかけてしかめられた。


「こういう連中は、いつになってもいて出るわね」


「この形に、なんか意味あるの?」


「あると考える連中のいることが、問題なのよ」


 リヴィオの素朴な疑問に、ロゼッタが眉間みけんをもみほぐした。


「ここ最近、マトリョーナやレナートの件で、ヴェルナスタでは大規模な魔法アルテが使われてるわ。魔法アルテの影響っていうのは、レナートもそうだけど、なんらかの状態で残留するのよ」


「それを彼らが、利用したということですか」


「正確には違うわ。魔法アルテ残滓ざんしそのものは無秩序な力だけど、集団意識や強い感情に引っぱられて、それらしい方向性を整えてしまうことがあるのよ」


 マトリョーナの不得要領ふえようりょうな顔を、ロゼッタが行儀悪ぎょうぎわるく、食器で指し示す。


「世界中に屠殺場とさつじょうがいくつあると思う? 適当に選んで線を結べば、どんな図形でも描けるわよ」


「彼らは、日時と座標にも要素があると言っていましたが」


「リヴィオ。適当に、大きな数字を言ってみて」


「え、俺? ええと……一二三四せんにひゃくさんじゅうよん


「……あんたも大概たいがいよね」


「ごめん。俺もそう思った」


「まあ、良いわ……じゃあ、一かける二、たす三、たす四は?」


「九だろ」


「九は十進法の最後の数、世界の終末と新たな再生を暗示する数よ。つまり一二三四は数秘術で、この世界に滅びを呼び込む邪神を分解、再構成した数字なのよ」


「え、そうなのっ? マジで?」


「ものすごく大雑把おおざっぱ実践じっせんしたけど、要するに、根拠こんきょの共通定義がない自前規則じまえきそくなら、いくらでも後づけできるのよ。図形も日時も座標も、海だか空だかの邪神さまも、連中が自家中毒で思い込んだだけ。なんの意味もありゃしないわ」


「ですがロゼッタ、怪雌鶏かいめんどり実存じつぞんしましたよ」


 それまで黙っていたグリゼルダが、少し不満そうに言う。確かにあの怪雌鶏かいめんどりだけは、少なくともリヴィオとグリゼルダは、思い込みで片づけるのは難しかった。


「そうね。話が最初に戻るけど、多分、魔法アルテの影響が方向性を整えちゃったのよ。その、頭のおかしな連中の……」


「秘密結社<黄金の夜明けか黄昏ドラート・アルバ・オ・セーラ>と名乗っていました」


「どっちなんだよ」


は海から昇る、もしくは海に落ちるかその両方、とのことで、海の邪神をたたえる名称と」


「海はともかく、邪神と、たたえるは、どこに引っかかってんだ?」


「……だから、自前規則じまえきそくはもうらないわよ」


 会話を散らかすマトリョーナとリヴィオに、ロゼッタが白い目を向ける。


「とにかく、怪しげな儀式で醸成じょうせいされた集団意識、思い込み……手軽だったからでしょうけど、生贄いけにえにわとりばっかり使ってたら、ごちゃごちゃした同じような感情がそろっちゃって、そういうのが魔法アルテ残滓ざんしと一緒くたに、その内の一羽にでも集中しちゃったんでしょう」


「昔から定期的にありますよねえ、こういうこと」


「たかが残滓ざんしだから、放っといても普通、長続きはしないんだけど……今回はちょっとわからないわね。元の魔法アルテが、派手に連続しすぎたわ」


 アルマンドとロゼッタが、同じ表情でため息をつく。


「結局あたしたちの魔法アルテが原因だし、死人が出る前になんとか収めないと、寝覚めが悪いわね。同族優先は、この際、グリゼルダの言った通りだわ」


 ロゼッタが、牛肉の塩漬けブレザオラの、最後の欠片かけらを口に放り込む。


「そこのひよこと同じよ。人間さまの都合でぶっとばして、せいぜい美味おいしく食べて、供養くようしてやりましょ」


「あれ食うの……?」


「まあ、雌鶏めんどりなのは、間違いないようですし」


「そう言われると楽しみです」


 リヴィオ、グリゼルダ、マトリョーナが、それぞれの反応をこぼす。絶妙にまとまらない空気に、食後の珈琲カッフェを持ってきたピエトロとレナートが、不思議そうな顔をした。

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