42.落ち着いた方が良い

 秘密結社<黄金の夜明けか黄昏ドラート・アルバ・オ・セーラ>は、それなりに構成員の多い、界隈かいわいでは大手の存在らしい。


 古代世界を支配していたらしい、そして今は封印されているらしい、強大な力を持つらしい邪神を復活させて、自分たちに都合良く世界を支配したいらしい。


「いろいろ、ぼんやりしてるね」


「そんなもんよ」


 作戦会議からきっちり一週間後の夜半、地図に描かれた円の中心、ほぼヴェルナスタ中央の大運河カナル・グランデの真ん中に、また怪しげな小型船ゴンドラが浮かんでいた。


 マトリョーナが三人から聞き出した情報の通りに、儀式の仕上げが行われていた。


 公序良俗こうじょりょうぞくには違反するくせに、自前規則じまえきそくには律儀りちぎらしい。二艘にそうが並んで、合わせて七人ほどの黒外套くろがいとうが、なんだかごちゃごちゃとやっていた。


 大運河カナル・グランデのほとりの物陰で、夜食に野菜と燻製肉くんせいにくをはさんだ堅焼きパニーニを食べながら、リヴィオとロゼッタが待機していた。


 グリゼルダとジャズアルドも現れて、時々、周囲を見渡している。


 大運河カナル・グランデの河幅は広い。攻撃目標が真ん中に浮かんでいるのだから、空を飛べる怪雌鶏かいめんどりの方が、強襲で先手を取り易い。


 儀式そのものは、せいぜい気持ち良くやってもらわないとおとりにならないのだから、リヴィオたちは早期警戒に注力するしかなかった。


「マトリョーナは大運河カナル・グランデの中?」


「あんたも、人を人と思わないところあるわよね……対岸よ。怪雌鶏かいめんどり魔法アルテの風で飛んでるなら、速度はともかく、騒々しいから近づいてくる時点でわかるわ。連中が一発襲われるのは間に合わないとして、その後をしっかり……」


 ロゼッタの言葉を、ジャズアルドの落ち着いた声がさえぎった。


「来たようだ。グリゼルダ」


「わかっています。リヴィオ、行きますよ」


「おうとも!」


 少し遅れて、空の上から、風の荒れる音が聞こえてくる。リヴィオは両足を踏みしめて、魔法励起現象アルティファクタ双肩双腕そうけんそうわんを構築した。


 月と星の夜空を乱して、巨大な影が飛来した。まっすぐ、隕石いんせきのように大運河カナル・グランデを目がけて落ちてくる。リヴィオとグリゼルダが、双肩双腕そうけんそうわんの背部装甲から圧縮空気を噴射ふんしゃして、飛び出した。


 瞬間、影の軌跡が変化した。


 ほとんど直角に曲がって、リヴィオとグリゼルダに突進する。リヴィオは咄嗟とっさに、右拳を突き出した。


 それでも、空中軌道制御くうちゅうきどうせいぎょの能力は、圧倒的にが悪かった。真正面をわずかにらした激突に、リヴィオは見事にはじかれ、大運河カナル・グランデに叩き落とされた。



********************



 大運河カナル・グランデに、派手な水柱が立った。暴風が吹きつける。ロゼッタは、思わず飛び出しかけていた。


「リヴィオ!」


『私は、あなた方を理解しています』


 大運河カナル・グランデのほとり、ロゼッタとジャズアルドの前に、人間の倍ほどもある怪雌鶏かいめんどりが降り立った。風が、大きく逆巻いた。


『お互いの排除が、行動目標に優先していると考えます』


「生意気な家禽かきんね……っ!」


 ロゼッタが両腕を広げた。指と指の間にはさんだ紙細工かみざいくの小鳥が燃え上がり、炎の赤羽根あかばねが、無数の灯火とうかとなって空間を染めた。


 怪雌鶏かいめんどりが、同じように両翼を広げた。魔法アルテの薄青い燐光りんこうまたたいて、風をまと白羽根しらはねが、無数の星となって空間に舞い上がった。


「な……っ?」


 炎の赤羽根あかばねと風の白羽根しらはねが飛び交い、焼き払い、打ち払い、輝き合ってすべてが対消滅ついしょうめつした。大運河カナル・グランデのほとりが、真昼のように照らされた。


「こ、この……食肉の分際で……ッ!」


「……ロゼッタ、落ち着いた方が良い」


直火焼きポルケッタにしてやるわッ!」


 普段は無口なジャズアルドが、あきれたように苦言くげんていしたが、遅かった。


 似たような魔法アルテで互角に張り合われたのが、しゃくに触ったのか。ロゼッタがいつもの自称戦術家っぷりをかなぐり捨てて、今しがたに倍する赤羽根あかばねり出した。


 怪雌鶏かいめんどりも、受けて立つように両翼を羽ばたかせ、白羽根しらはねを展開する。


 対消滅ついしょうめつの光が縦横無尽じゅうおうむじんにきらめいて、なおも無限のように、赤白せきはく魔法アルテの羽根が大運河カナル・グランデと地上を旋回せんかいした。

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