25.真っ向勝負だ

 リヴィオもグリゼルダも、押して押して、押しまくる。前に出る。打撃の嵐で押し通る。


「俺、あんまり頭が良くないからさ! おまえの気持ちは、わかってやれない。国とか海とか言われても、どう考えて良いかわからない……だから、まかされた仕事をするだけだ!」


 鋼鉄の腕が、一瞬だけ、てのひらを開く。


「おまえを連れ帰る! 母さんの料理を、腹一杯に食わせてやる! それだけだ!」


「君がそんなふうだから、ぼくは……っ!」


 両腕をくした氷像たちを守るように、その周囲に、樹氷じゅひょうの林が伸びた。一本の上に、レナートが立っていた。


 樹氷じゅひょう屹立きつりつは止まらず、氷原が、凍結した大運河カナル・グランデに連なるラグーナそのものが、レナートたちをいただきにして火山のように隆起した。


「うわ、たった……くそ! まだこんな……」


 背面装甲の圧縮空気噴射あっしゅくくうきふんしゃで、姿勢を制御しながら、リヴィオが隆起した坂道を下った。


「けっこうな魔法アルテを、使わせているのですが……レナートの気合いも相当ですね」


「ほんと、変なところで頑固がんこなやつだよ……っ!」


 グリゼルダのぼやきに、リヴィオも全面的に同意する。結局、隆起し続ける大運河カナル・グランデをすべり降りて、主宰宮殿パラッツオ・ドゥカーレの南岸まで戻された。


 二体だった氷像は一つになって、レナートも大運河カナル・グランデの氷も取り込んで、天をく巨大な姿になっていた。左右双面、背中合わせのように四本の腕を持ち、長い髪を螺旋らせんまとってラグーナに立つ、氷結の聖母像だ。


「グリゼルダ。この前のあれ、やるよ」


「巨神像ですか。消耗の激しい、短期決戦の魔法アルテですよ」


向勝負こうしょうぶだ。受けて立つのが、気合いってもんだろ?」


 消耗戦にてっするのなら、ここは逃げ回る手だ。リヴィオにもわかっていたが、同時になんとなく、それでは駄目な気もしていた。


 ただのかんだ。そして迷うくらいなら、基本戦術の、なにも考えず突っ込むことに決めた。グリゼルダも笑ってうなずいた。


夫唱婦随ふしょうふずいも良いですね。私はあなた好みの、古風な女です」


 リヴィオが苦笑して、魔法励起現象アルティファクタを発現させようとした。瞬間、場違いにのんきな声がした。


「いやあ、本当に機会が来ましたね。お見それしました、主宰ドージェ


「え……?」


 リヴィオが唖然として振り向くと、岸からそれほど離れていない所に、アルマンドとガレアッツオ主宰ドージェが立っていた。<黒い掌パルマネラ>はいない。あきれたことに、この状況で二人だけだった。


「ア……アルマンド、なにやってんだよ! いくらなんでも、そこまで役立たずかよ!」


「リヴィオくん、あの……一応、ぼくは上司で、隣にそのまた上司がいるんですよ。少しはぼくの立場ってものを、ですね」


「知るかよ! ああ、もう! とにかく危ないから、もっと離れてろよ!」


 言い捨てて、魔法励起現象アルティファクタを発現させた。氷結聖母像が、四本の腕を振り上げていた。


 リヴィオの踏みしめた主宰宮殿パラッツオ・ドゥカーレの南岸に、光の波紋が広がった。


 波紋は石畳いしだたみと氷原を、凍結した大運河カナル・グランデ河底かわぞこを超えて広がり続ける。大地から、この世界そのものから力を集約する。


 光の波紋から巻き上がる鉱物粒子こうぶつりゅうしうずが、双肩双腕そうけんそうわんに外装装甲を重ねていく。


 胸郭きょうかくが形成され、鉄片を積層せきそうした腹部、剣のような鋼板こうばんが並ぶ腰部ようぶ曲面装甲きょくめんそうこうを重ね合わせた脚部が、次々と構成されていく。甲冑のような頭部には、頭頂に衝角しょうかくが高く伸びた。


 巨大な氷結聖母像に匹敵する機械仕掛けの装甲巨人、鋼鉄の巨神像が顕現けんげんした。


 巨神像の両腕が、氷結聖母像の四本の腕の内の、二本を受け止める。他の二本が、巨神像の頭部をつかんだ。


 そのまま、吹雪がなお激しくなった。ラグーナの氷をさらに吸い上げて、氷結聖母像が大きさを増した。氷山のようにそびえ立つ。


「もうあきらめてくれ、リヴィオ……っ! 最初から、君の出る幕なんかじゃなかったんだ……っ!」


「そんなことは自分で決める! やりたいことも、やらなくちゃいけないことも、自分で納得して決める! おまえも同じだ! なにがあっても、それを感じるおまえは手の内側なんだ、レナート……っ!」


 巨神像の頭部が破壊される。両腕も押し負ける。力で、質量で圧倒される。


 リヴィオは、それでも咆哮ほうこうした。できることをやるだけだ。それだけだった。


 破壊された部分の再構築を発現させようとした瞬間、魔法アルテの流れに、鮮烈せんれつな情景がまぎれ込んだ。


 リヴィオの意識に、グリゼルダの意識がこたえる。巨神像の左脚に、ガレアッツオが触れていた。

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