27.潮の匂いがしますね
五年前、嵐の海で、オフィーリア=フォスカリとプリシッラ=フォスカリは死んだ。
雷雨と暴風、高波に
二隻の船団の、
壁も柱も
レナートは倒壊した壁に頭を強打されて、血を流し、意識が薄れていた。ガレアッツオとオフィーリア、オフィーリアとプリシッラは、互いの腰を
重なり落ちる床の
胸をつぶされて、血の混じった
ガレアッツオは、決断しなければならなかった。そのはずだった。
だが、できなかった。
オフィーリアが
ガレアッツオは、言葉を探せなかった。
「オフィーリア……」
「母親ですもの。この
ガレアッツオが探せなかった言葉を、オフィーリアが口にした。
ああ、そうだ。ガレアッツオも同じ気持ちだった。一緒に、笑おうとした。
「それは駄目よ。助かる子供を死なせるのも、ヴェルナスタの
オフィーリアの残酷な言葉に、ガレアッツオは絶句した。
心が砕けて、視界が暗くなった。暗い視界の中で、オフィーリアの笑顔だけが、ほのかに明るかった。
オフィーリアはゆっくりと、ガレアッツオと結び合った
ガレアッツオは、なじるように言葉を吐いた。
「そんなことが……私に、できるとでも……」
「あなたは父親で、
オフィーリアの手が、最後にガレアッツオの、左手の薬指に触れた。
「大丈夫。私たちは、海になるの……毎年、あなたと結婚するのよ。楽しみだわ」
オフィーリアが少女のように笑った。
そしてプリシッラと抱き合って、目を閉じた。
ガレアッツオは、目を閉じることができなかった。奥歯を
腕の中のレナートを抱きしめた。
立ち上がって、歩いた。歩き続けた。
********************
吹雪が
氷結聖母像が、双面から金切り声のような叫びを上げていた。四本の腕が、鋼鉄の巨神像の頭と両腕をひねりつぶしていた。
それでも立ちふさがる巨神像の左脚に、ガレアッツオが触れていた。氷結聖母像を、まっすぐに見上げていた。
「私は……おまえの前で、強い
ガレアッツオの言葉をかき消すように、双面の金切り声が大きくなった。金切り声に、レナートの声が混ざっていた。
ガレアッツオは、ただ静かに、言葉を続けた。
「そしておまえを、子供だと思っていた。どうしようもない現実を……理不尽を、ありのままに受け入れさせるのは、まだ
「……とう……さん……」
「私の弱さと
「父さん……ぼくは……」
氷結聖母像の腕が、巨神像の頭と両腕を引きちぎった。まっ白に
「ただ……一緒に、泣いて欲しかったんだ……っ!」
巨神像が片膝をついた。頭と両腕を失った上半身が、ひとりでにひび割れて、崩壊した。
そして内側にへこんだ。装甲が次々とひび割れて、内側につぶれて、
割れて、つぶれて、その度に鋼鉄が透明度を上げて、
「
「ああ。さっきも一度、感じた……
氷結聖母像を包むように、ゆるやかな台風のように、まっ白く
暖かい海風だった。
「あいつにも……とどいているはずだ」
リヴィオが顔を上げた。
巨神像は、人体の倍程度まで集束していた。全身が
両肩後方に翼のような四本の
リヴィオとグリゼルダが一つに重なって、騎士像の目で氷結聖母像を見る。
氷結聖母像は、四本の腕で
はっきりと見えた。
「レナート……今、そこに行く!」
背面と両肩後方の
想いが、叫びが、一筋の閃光となって氷結聖母像を
氷の身体に、その背後の空間に、光の波紋が
光と音の
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