009 『ファーストキャッチ』

「ねえ、手に持っているそれは何なのかしら?」

「何でもない」


 僕はボブから貰ったなんでもない物を後ろ手に隠し、苫小牧とまこまいを迎えに来ていた。

 スケートリンクから寮までは距離がそこそこあるので、迷わないようにするためだ(水の送迎は毎回は頼めない)。

 水路脇の路面を歩きながら、隣接されたグランドを眺める。


「ちゃんと部活とかやってるのね」

「形式は一応学校だからな」


 グランドでは何人かの生徒が、熱心に部活動に興じていた。

 時折心地よい金属バッドの音が響く。

 学園にいる超能力者の中にはもちろん成人している人もいるが、それでも多くの十代の子供がいる。

 十代の子供を世間に怪しまれずに集めるには、学園という形態が適していた––––というわけだ。


「ほとんどの人は、ちょっと変わってる学生に過ぎないからな」

「あなたは違うのかしら?」


 まあ、そうだな。違うだろうな。


「僕や如宮きさみやみたいなのは、割と特別なんだ。自由に能力を制御出来て、"代償"も別に命を落とすようなものじゃない。だから、こうして他の超能力者の手助けをしている」

「私にしているように?」

「そんな感じだ」


 そう言うと、苫小牧とまこまいは急に足を止めた。


「ハッキリ言うけど、迷惑よ」

「……そうかい」

「練習を見に来るのも気が散るから、止めて」


 元々、それは言われていた。だけど、心配なので僕は苫小牧とまこまいの元に足を運んでしまっていた。


「こうして、この学園に招待してくれたのは感謝しているけど、私はそういうのは望んでない。ほっといて」


 キツい言い方だ。私は困ってない、助けなどいらない。

 それは事実なのだろう。実際、苫小牧とまこまいは困ってないし、助けて欲しいなんて言ってない。


「私に生理が来ないことを心配してくれてるようだけれど、そんなの必要ない」


 先日、僕は苫小牧とまこまいに保健体育のお勉強をしてあげた。

 ノートに子宮とか描いて、あーだこーだ教えた。まさかこんな歳になってノートに女性器なんて描く羽目になると誰が想像しただろうか?

 中学生じゃあるまいし。


「むしろ来なくていいとさえ思うわ。体調が悪くなるそうだし、運動の邪魔になるのは間違いないわ」


 そりゃそうだろう。そう思う人も多分いると思う。仕事とか、旅行に行く時とか、無い方がいいはずだ。


「何より、私は子供なんて欲しくないもの」

「…………」


 それは個人の自由だと思うし、僕が何か言ったところで苫小牧とまこまいの意見が変わるようなこともない。

 銀盤の女王は、心まで氷で出来ているみたいだ。僕の言葉など響かないし、その氷に亀裂が入ることもない。

 だけど、それは良くないことだと思うし、何とかしてやりたいと僕のお節介心がわめき出す。

 なんて言おうかと考える。

 こういうのは得意じゃないし、慣れてもいない。

 当然、答えは出ない。答えなどないのだろう。仮ににあったとしても、僕のような人生経験も浅い子供には、正解なんて出せるわけがない。

 もしかしたら、こうやって何を言おうかと考えてしまう時点でダメなのかもな。例えるなら、小さな子供が包丁をオモチャにして遊んでいたら、誰だって咄嗟に『危ない!』って出てくるはずだ。

 包丁は危険なもの、危ないもの。

 こうやって考える前に、何か言葉が口から飛び出して来ないのならば、僕は苫小牧とまこまいに何かを言う資格さえない。

 少し離れた所で気持ちのいい金属音が再び聞こえた。ボールがバットに当たる音だ。その音で、僕の思考は一度止まった。

 だがその直後「危ない」という叫び声。

 すぐに気が付いた。

 ボールが苫小牧とまこまいの後頭部を目がけて一直線に飛んで来ている。苫小牧とまこまいもその声に反応して振り向いたが、避けたりキャッチしたりする時間の余裕はもうない。

 まあ、それは苫小牧とまこまいの話だ。

 僕の話ではない。

 だって僕には苫小牧とまこまいの顔の正面に左手を出し、なんなくボールをキャッチしてみせた。

 パシッとね。


「危なかったな」


 苫小牧とまこまいは状況が分からずにしばらく僕の左手の甲を眺めて目をパチクリさせていたので、僕は手を返し、キャッチしたボールを苫小牧とまこまいに見せた。

 苫小牧とまこまいは状況を理解したようで、僕の顔を値踏みするように見てきた。


「……なんだよ」

上終かみはてくんって、中々やるじゃない」


 褒められた。しかも、初めて名前を呼ばれた(上終かみおわじゃない方で)。

 さっきまでのカリカリ具合はどこに行った。ボールをキャッチしたくらいで、態度が変わりすぎだろ。


「急に手の平を返すなよ」

「何言ってるのよ」


 と苫小牧とまこまい


「手の平を返したのはあなたじゃない」

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