003 『インドアガーデニング』
「よっ」
「あ、今開けますねっ」
インターホンから、ポワンと弾むような声が聞こえてきた。
数秒後、扉のロックが解除される。それと同時に、僕は口呼吸に切り替える。
草壁の部屋は、僕の右隣にある。
つまり、ご近所付き合いだ。
このマンションのロックはインターホンからでも開けられるようになっており、玄関まで行かなくても平気な仕組みになっているのだが、扉は毎回草壁が開けてくれる。
まあ、今の僕は両手が使えない状態にあるので、気を使われているだけかもしれない。
「こんにちはっ、
「ああ」
扉が開き、開口一番、弾むような笑顔を向ける草壁。
シンプルなフレアワンピースに、緩く巻いた髪。清楚ではあるが、オシャレな格好である。
「あの、早く入ってください」
「ああ、分かってる」
匂いが廊下に漏れるのを考えての発言だろう。草壁はそんな所まで配慮してしまう子だ。
僕は素早く玄関に上がり、手が使えないので、足をモゾモゾとさせ靴を脱ごうとしていると、それに気付いた草壁が、
「あ、靴なら私が脱がせてあげますので、座っていてくださいっ」
「大丈夫だって」
ちゃんと脱ぎやすいサンダルで来ているので、そこまでする必要はないとばかりに僕は手早く(足早くか?)、靴を脱いだ。
「腕の怪我、どうですか?」
「問題ないよ、少し不便なくらいで」
「痛く……ないですか?」
「大丈夫だ」
心配してくれてるのかな……草壁はちょっと不安そうな顔で、僕の腕を見ていた。
まあ、両腕だからな。側から見ても重傷に見えるので、誰が見ても心配すると思う。
僕は草壁に問題ないよって感じに、辛うじて動く指先でピースを作ってから、履き慣れたスリッパを履き、リビングに向かう。
リビング。
ちゃんとしたリビングだ。椅子があって、テーブルがあって、ソファーがあって、テレビがある。すべて、僕が運び配置したものだ。
半年くらい前までは、消臭機だらけだった。もう、サーバールームかってくらいの消臭機がこの部屋にあり、草壁はその中で、床にポツンと座っていた。
臭いから。臭うから。
見ていられなかった。そんなことまでする必要はない、普通に生活していいんだと、僕はこの部屋の模様替えを半ば強引に
唯一の救いは、草壁自身は臭いと感じないことくらいか。加齢臭を自分じゃ気付かないように、草壁自身が自分の悪臭に鼻をつまむことはない。
花はつむけど。
いや、お手洗いの方ではなく、本物の花の方だ。
一日中家にいるのも暇だと思い、僕は草壁に色々なことをやらせてみた。運動、勉強、読書、スポーツ観戦、DIY––––とかとかとか。その中の一つ、インドアガーデニングを草壁は気に入ったようで、毎日せっせとお花達の手入れをしている。
元々は、毎日一人なのは寂しいだろうと思い、僕は嗅覚が弱いタイプの動物の飼育、具体的には鳥類の飼育を提案したみたのだけれど(鳥類の中には嗅覚がないものも存在する)、草壁は動物が苦手だから難しいと肩を落とした。
なので、植物の飼育を勧めた。
花は綺麗だし、見ていて癒されるし、嗅覚もない。
これは我ながらいい提案だったように思える。その証拠に、今では沢山のお花が綺麗に咲いており、華やかに部屋を彩っている。
まあ、草壁が一番綺麗な花だけどね。
……すまん、今のは流石に恥ずかしかった。草壁の話になると、僕は歯の浮くセリフがスラスラと出て来てしまう。もう歯がガタガタだ(寒いという意味で)。
草壁はコチラをチラッと見てから、
「コーヒーを淹れておいたのですけれど、飲みますか?」
「いや、手がコレだから……」
僕は骨折している手を軽く揺らす。
「なら、少し濃い目に作りましたので、アイスコーヒーはどうでしょう? ストローもありますよっ」
にぱっと輝くような笑顔を浮かべる草壁。
断れるわけもない。
こんないい子の申し出を断れるわけがない。
草壁は、僕のことを一度も『
「砂糖ミルクマシマシマキシマムで」
「了解マキシマムですっ」
意味不明なやり取りをしつつ、草壁はパタパタと小走りでキッチンへと向かった。ちょっとだけ胸が揺れたのが見えたのは内緒だ。
今日の服装がやたらと胸を強調した服装なのもあるが、草壁はもう呼吸をしているだけで胸が揺れる。少し動くだけでも当然揺れるし、立ったり座ったりしても揺れる。ブラという下着は、その機能を忘れてしまっているのかと錯覚さえしてしまう。
こんな事を言うと、僕が胸ばかり見ているおっぱい星人に誤解されてしまいそうなので弁解しておくが、動物という生き物は、動く物に敏感なのだ。ほら飛んでいる虫とか、
アレだよ、アレ。大きいものは視界に入りやすいってやつだ。
なので、僕が草壁の胸を見ちゃうのはしょうがない事だし、仕方ないことなんだ。
うん、そう、そういうこと。
僕はおっぱいになんか、興味がない。
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