005 『シートベルトになりたい』
「太陽って久々に見ると、とっても
「吸血鬼かお前は」
草壁を助手席に乗せ、街に向かって車を走らせる。
草壁は久しぶりのお外にテンションが上がっているのか知らないけれど、なんかとても楽しそうである。
まだ、出発したばかりだってのに。
僕は助手席に座る草壁を見る。
白いフィットアンドフレアなワンピースに、編み込みのハーフアップ。シンプルではあるが、素材の良さを活かした服装。
クラシカルではあるが、上品なスタイル。
だが、注目すべきところはそこではない。
シートベルトが。
シートベルトの野郎が。
草壁の谷間に挟まってやがる。
パイスラ決めてやがる。
生まれ変わったらシートベルトになりたい。
じゃなくて。
僕は何をとち狂ったことを言っているのだろう、頭おかしいんじゃないだろうか?
シートベルトはないだろ、シートベルトは。
どう考えても、ブラの方がいいだろ。
直肌だぞ? 挟まるのも悪くないが、直に包み込む方がいいと思う。
いや、落ち着け
この思考そのものが多分ダメだ。
考えるのをやめ––––おっとぉ、よく見ると、車が揺れるたびに、胸も揺れているじゃないかっ!
なんだこれ、少し路面が荒い道とか通っちゃう? 山道だから結構あるぞ、そういうの。
「
「……はい」
草壁に諭された。
安全運転をしろと諭された。脇見運転ならぬ、パイチラ運転をやめてくださいと、遠回りでありつつも、やんわりと指摘された。
なんか気まずいから、話逸らしちゃお。
「草壁、久々の外はどうだ?」
「そうですね、一番の感想は先程も言った通り眩しいですが––––正直に言いますと、怖い……ですかね」
何が怖いかなんて僕には分からないけれど、その気持ちは想像が付く。
色々だ。知らない人とか、外の風景とか。今までの自分の世界に無かったもの全てが、その対象となり得る。
「まあ、少しずつ慣れていけばいいさ」
急に慣れる必要はない。水風呂に入るとしても、いきなりポチャンは無い。まずは足先をチョンチョンだ。
「それに街に行ったとして––––どうしてもって言うなら、誰の目にも触れずに一瞬で家まで返してやるから」
「えっ、そんなこと出来……ますね、
出来る。時間を止めて、草壁をおんぶでもして、帰ればいいだけだ。
「ま、別にこのままドライブをしてるだけでもいいしな」
「いいんですか?」
「ドライブもデートだ。ドライブデートって言うだろ?」
元々の目的は草壁を外に連れ出す事なので、この時点で目的は達成していると言っていい。
「本当は草壁に夏服を選んでもらったり、スマホを買い替えたりしたかったんだけどな」
「あ、ごめんなさい」
草壁は申し訳なさそうに謝る。
僕は「いいさ」と進行方向を変更する。
どうするかな、山道をずっと走ってるのもアレだし、いや山道の方が人が居ないからむしろいいのか。
「このまま、適当にこの辺を走る感じでもいいか?」
「そうですね、飲み物とかは持ってきましたし」
草壁は魔法瓶に入れて、コーヒーを持ってきていた。
なんかこういう所、妙に家庭的だよな。
「あの、スマホって……真彩ちゃんにあげるためですか?」
「それもあるけど、単純にそろそろ買い替えたいなって思ってた」
指紋認証から顔認証にしなければ、
待てよ、それも無駄じゃないのか?
だって僕が常に鍵となる物を携帯してる事に変わりはないのだから––––いや、目を閉じてたら開かない––––みたいな機能ないのかな?
「草壁」
「なんでしょう?」
「もしも他人に見れたくないものを隠すとしたら、何処へ隠す?」
草壁は「うーん」と少しだけ考えてから、
「自分の心の中に隠しますね」
哲学的で詩人的なことを言った。
深いな。
僕も今度から、記憶の中に隠すことにしよう。
「あ、もしかして、
草壁は中々に鋭い。
「……まあ、近いかな」
「もしかして、エッチな本とか」
鋭いを通り越して鋭利だ! エッジだ!
とりあえず誤魔化せ!
「……え、違うけど? てか、そんなの買ったことないし、てゆうか、それ何の本なの?」
草壁は微妙な顔でこちらを見つつ、
「でも
「……参考までに聞くけどそれはなんでだ? まさか、僕がモテるから––––とか、そういう話か?」
「そういう話でもありますが––––ほら、
「まあな」
髪を"代償"にな。タイムイズヘアーだ。
「例えば、時間を止めて私にイタズラとか出来ちゃうわけですよ。つまり、おっぱいとか、揉み放題ですよ」
「……天才か⁉︎ 草壁は天才かっ⁉︎」
「え、まさか、気付いてなかったんですか?」
「いや、さすがに冗談だ。そういうのは考えたことはあるよ」
時間停止系のそういう話は、僕のお宝本の中にもあった。
そういうことを考えた事はある。
僕だってこれでも男だ。
でも––––それは違う。
「だけど、そうすることは自分が嫌なんだ。自分で自分が嫌いになる。ゴミをポイ捨てするとか、食べ物を粗末にするとか、そういうのが僕は嫌なんだ。だから、そんな事をした日には、僕は自分で自分のことを恥ずかしいやつだと
超能力を使って、試合に勝ったあの日の事を––––僕は絶対に忘れない。
「
「いや、一度やらかしたからこそ、そう考えるようになっただけだ」
草壁には、僕が超能力を使いズルをした話はしてある。
それは、この間の草壁にも言える事だろう。
ちゃんとする。
草壁が言ったその言葉に、どれだけの意味があるかは僕には分からないけれど、罪悪感みたいなものはあるのだろう。
「まあ、その辺は
「そう言ってもらえると、私としてはとてもありがいんですけど……」
草壁は小さな声でもじもじと言う。
「やっぱり、申し訳ないって気持ちはありますよ」
「それはチョップで済ませたろ」
「それだけで済むわけないじゃないですか」
「なら、そうだな––––」
僕は少し考えてから、妙案を思いついた。
「––––プレゼントとか選ぶの得意か?」
「得意かどうかは分かりませんが、誰かのお誕生日なのですか?」
「いや、
草壁は「お礼?」と可愛らしく小首を傾げた。
「ほら、骨折している間はかなり
「なるほど……」
「別に今から買いに行くってわけじゃないけど、どんなものを貰ったら喜ぶとか、そういうのあるかなって」
「つまり、私は初デートだというのに、他の女の子にあげるプレゼントを選ばされるわけですね」
「…………」
なんだろ、僕のデートスキルの無さや、気の使えなさが、露見していた。
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