004 『エスパー苫小牧』
「草壁さんに会ってきたわね」
エスパーかこいつは。
いや、超能力者だから、エスパーみたいなものか。なんか、納得はいかないけど。
僕は
「というか、なんで分かるんだよ」
「いい香りがするもの」
いい香り。
そう、草壁はいい香りがする。女の子の匂いと言えば簡単に説明出来てしまうが、それだけでは僕の気が済まないので懇切丁寧に解説を始めるのはやぶさかではないが、それをしてしまうと本が一冊書けてしまうので、今回は割愛。
まあ、一行にまとめると。
僕の母親の匂いに似てるかな。
「で、今日も練習を邪魔しに来たのかしら?」
「あ、いや、リハビリも兼ねてるんだ」
まだ本調子とは言えないからな。
腕はともかくとして、身体自体もだいぶ鈍っている。
一か月近くも運動をしなかったのは初めてなので、ちょっと走るだけでも身体が着いて来ない感覚がある。
僕はそれが気持ち悪い。
サッカーをやっていた時くらいとは言わないけれど、せめて怪我をする前にくらいは戻したい。
「補助が必要なら手伝うわよ」
「大丈夫、そんなキツい負荷はかけないから」
「そう」
と言いつつ、
謎の動きをし始めた。
腕を頭の後ろに組んで、上半身を左右に動かし始めた。
「お前は何をやっている」
「おっぱい体操よ」
おっぱい体操よ。
……何だ、それ? いや、知ってるよ? バストアップ体操の事だろ?
何で
「ある知り合いに教わったのだけれど」
「お前知り合いいたんだな」
草壁だ。間違いない。これ絶対草壁が教えたろ。
何やってるんだよ、アイツ。
ストイックな銀盤の女王に、変な体操教えてるんじゃねーよ!
「え、何、
「違うわ」
違うんだ。
「なら、なんでやってるんだよ」
「本当はおっぱい体操じゃなくて、ただのリンパの流れをよくする体操よ」
「ふぅーん」
「それに、もしも大きくなったら飛ぶのに邪魔だし」
重いと飛べない。
大きくなったら困る。
身長もバストサイズも。
なんだか、やるせないな。
大人になるのを妨げられ、子供でいる事を虐げられる。
中身はともかく、外見はそのうち大人になってしまうというのに。
「ところで
「お願いがあるのだけれど」
「なんだ?」
コイツからお願い事とは珍しいな。
「昨日少し母親と話したのだけれど」
昨日、ね。
どうやら、
いいことだ。
「母親がね、
「ほう」
「サインとか、その、貰えたりとか」
「いいぞ」
「いいの?」
「いや、別に断る理由も無いし」
子役時代はよく書いたもんだ。サラサラっとね。
一日百枚も書いた日には、
それに、そのサインがきっかけで
「草壁さんに写真を見せてもらったのだけれど、昔の
「女の子みたい?」
「そう、それよ」
言われ慣れてるからな、こっちは。
昔も今も。ちょっと油断すると、すぐにそれだ。
僕の顔立ちというのは、イケメンと可愛いの間を行ったり来たりするタイプらしい。
今は髪の毛が短いのでそれは無いと思うが、少しでも長くなり、フェイスラインが隠れてしまうと、そう見えるのは分かっている。
「どうしてあんなに可愛いのかしら?」
「いや、僕にそれを今更聞かれても困るのだが」
「ちょっと子供の頃に戻ってちょうだい」
「それ、僕は気にしないからいいけど、子役やってた人に言ったら一番怒るやつだから、絶対に言うなよ」
これはマジで怒る。
特に育成失敗とかネットに書かれた日には、別にお前の好みに育ってないからって、文句言ってんじゃねーよ! ってなるからな。
逆に育成成功って言われても怒るけどね。
「私は、テレビを見なかったことをこれほど後悔することになるとは思わなかったわ」
別にいいけどさ。
僕は
「画面の中を所狭しと駆け抜ける
「そうかい」
「特にゾンビから逃げてる時の顔が最高よ」
「ホラーのやつかよ!」
確かシリーズ物で、三部作全てに出た記憶がある。
僕が出演したものの中でも、一二を争うくらいにヒットした作品であり、海外とかでも放映されたらしい。
ちなみに僕の役はビビリの少年なのだけれど、いつもちゃっかり最後まで生き延びて、ビビりつつも、気付いたら周囲のゾンビを一網打尽にしていた––––みたいな役回りだった。
懐かしいな、おい。
「で、草壁と楽しくそれを見てたってわけか」
「そうね、草壁さんったら、ゾンビが怖いのに頑張って見てて、とても可愛かったわ」
「なんか、分かる」
その光景が目に浮かぶよ。
「ねえ、質問があるのだけれど」
「何だ?」
「よく、草壁さんのこと許したわね」
「それ本人にも同じようなこと聞かれたよ」
「なんて答えたのかしら?」
「人間誰しも過ちはある––––みたいな感じ」
確かそんな事を言った。数時間前なのに、記憶があやふやだ。
「私ね、最初草壁さんのこと嫌いだったの」
唐突に、
「なんか気に食わないなって思ってた」
「その理由は分かるのか?」
「まあ、ハッキリしてるわね」
「何だ?」
そう尋ねると。
たまにしか見せない笑みを浮かべた。
「それは、秘密」
「あっそう……」
別に無理矢理聞き出そうなんて思わないし、
それが上手い方向に働いたのも、まあなんとなく分かる。
草壁がそこを修正したらしい。
有難い話だ。
僕の知らない所で、物語というのは勝手に進んでいるものだ。
そうやって、世界は作られている。
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