011 『ラジオ体操は日本の宝』

「やっぱりさ、姿を見せないことに罪悪感を覚えてたんじゃないかな」

「そもそもどうして、姿を見せないのかも疑問ですよね」


 草壁は、僕と苫小牧とまこまいのコップにお茶を注ぎ足しながら言う。


「なんとなく––––ということも考えらなくはないんですけど……」


 草壁の言うことも分かる。

 なんとなく、学校に行きたくない。

 なんとなく、勉強をしたくない。

 なんとなく、帰りたくない。

 なんとなく、姿を見せたくない。

 そういう理由。

 なんとなく。

 まあ、如宮きさみやらしくはないな。

 これは、ない。


「やっぱりさ、前も話したけど外見的に何かしらの見せたくないものがあるんじゃないかな––––例えば、大きな火傷とか……」


 苫小牧とまこまいは思い出したように、


「それなら、あのボブって人が治せるんじゃないのかしら?」

「いや、ボブは自身が以前観測した状態にしか戻せない。そもそも、ボブも如宮きさみやの本当の姿は知らないと言っていた」


 ん?

 待てよ。如宮きさみやは確かナデシコ・ダイワの世話になっていたと言っていた。

 数年前まではアメリカに居たと言っていた。

 なら、ナデシコさんなら何か知っているかもしれない。

 あとで、テレアポを取ってみよう。


「これは私の個人的な意見になるんですけど––––」


 草壁が遠慮気味に話を切り出した。


如宮きさみやさんって、多分外見的なコンプレックみたいなものは無いと思いますよ」

「なんで分かるんだ?」


 草壁は僕の方を向き、生え際を見る。


「例えば上終かみはて先輩は、髪の毛を気にしてますよね」

「まあ……"代償"だし」

「私や真彩ちゃんの髪をどう思いますか?」


 僕は草壁と苫小牧とまこまいの髪を見比べる。

 サラサラで艶があり、太い。

 いや、多分平気的な太さだと思うのだけれど、その、僕はその……髪が細いのだ。柔らかい猫毛なのだ。

 つまり、ハゲやすい。


「正直、羨ましい」

「ですよね。それと同じように、私は真彩ちゃんみたいなスラリとした長身のモデル体型をいいなぁって思ってます」


 それは聞いたことがある。

 でも草壁は、草壁でいい所がおっぱいあるぞ。

 違う、いっぱいあるぞ、だ。


「それと、真彩ちゃんも同様に––––」

「それは言わなくていい」


 苫小牧とまこまいは草壁の話に割り込んだ。


「それは言わなくていい」


 二回言った。

 草壁は微妙そうな表情を苫小牧とまこまいに向けてから、言わないことにしたのか、僕の方に向き直る。


「みたいな感じに、自分に足りないものとか、無いものっていうのは、潜在的に羨ましがったりするものなんですよ、如宮きさみやさんにソレはありましたか?」

「……無かった」


 アイツが外見的なことでそういうことを言ったことはなかった。

 草壁さんは可愛いので、とか。

 上終かみはてくんは、顔がチャラいとか。

 苫小牧とまこまいは絞ってる、とか。

 ありのまま、見たままを言っていただけだ。


 ……なら、何故隠す?

 何のために?

 理由が全く分からない。

 くそ、知れば知るほど分からなくなる。


「そもそもだけど」


 苫小牧とまこまいは、ロールキャベツを自身の小皿に取り分けながら、言う。


上終かみはてくんは本当に心当たりがないの?」

「ない」

「告白をする前とか、何かなかったかしら?」

「お宝本を如宮きさみやに見つかって怒られた」

上終かみはてくんのエッチ」


 しまった。

 ついうっかり要らないことを言ってしまった。

 まあ、苫小牧とまこまいも草壁も知ってるんだから、いっか。

 開き直っちゃお。


「でもまさか、僕がそういう本を持ってたから、怒って出て行く––––なんて思えないけど」

「確かに、如宮きさみやさんらしくないわね」


 苫小牧とまこまいの言う通りだ。

 本日何回か出たワード。

 如宮きさみやらしくない。

 如宮きさみやならこうする、とか。

 如宮きさみやならこうしそう、とか。

 そういうのは共通認識として、僕たちの中にある。

 要するに、その共通認識を頼りに推理するなら––––如宮きさみやはその程度で怒ったりはしないし、その程度で失踪なんてするはずがない。


「まあ、如宮きさみやさんがそれで怒る理由は分からなくはないけど」


 草壁も苫小牧とまこまいの意見に同意する。


「そうですね、私が如宮きさみやさんだったとしても、怒りはすると思います」


 怒りはするらしい。

 そして、女子二人にエロ本を買ったことを責められる上終かみはて和音。

 いや、ドMじゃないから喜ばないよ?


「怒るのは分かったし、悪いとは思ってるし、男性なんだからしょうがないと言って理解を求めてるようなことはしないけど、まずは聞いてくれ」


 苫小牧とまこまいと草壁は、無言でこちらを見つめている。

 というか、ジト目を向けている。

 ええい、構うか!


「そもそもな、ことの発端はお前らが悪いんだぞ。全裸で風呂に入ってくるわ、下着姿になって逆レイプしようとしてくるわで、常識的に考えておかしいんだよ」


 二人は何も言わずに仲良くそっぽを向いた。


「そんなことをされて、僕は腕が折れているとはいえ、冷静でいたんだぞ。ラブコメの主人公並みに、誠実だったんだぞ?」

「どちらかというと、少女漫画の王子様だと思いますけど」

「そうね、イケメンでスポーツ万能で元天才子役だなんて、私が主人公だったら惚れちゃうわ––––あ、惚れてたわ」


 妙なツッコミを披露された。


「いや、僕のキャラ設定的なものを語って話を誤魔化そうとするな」

「そもそも、理由があって買ったなら隠さなきゃいいじゃない」


 もっともなことを言われてしまった!


「おっぱいが好きなら見ればいいじゃないですか」


 草壁からも言われてしまった!


「なんなら水着を着て、ラジオ体操とか踊りますよっ」

「まじで⁉︎」

「第二までやっちゃいますっ」


 なんだって⁉︎ 第二だと⁉︎

 ラジオ体操第二には、前屈みになった姿勢で上半身を小刻みに揺らす、謎の運動がある。

 やばい、絶対やばい。

 水着姿で前屈みになるだけでもヤバいのに、それを小刻みに上下に揺らすとか、頭おかしいんじゃないのか?

 まったく、ラジオ体操は日本の宝だぜ!


「ただし、条件があります」

「なんだ? 今の僕はなんだって言うことを聞いちゃうぜ、ブガッティとか買っちゃうぜ」

「お化粧とかしてみませんか?」

「してみません」


 それは、してみませんだ。

 草壁のおっぱいを天秤に乗せたとしても(乗るのかはさておき)、釣り合いが取れない。


「多分お化粧をしたら、如宮きさみやさんもビックリして見に来ちゃうと思うんですよ」

「そんなとんでも理論を持ち出した所で、僕が首を縦に振ると思ったら大間違いだぞ、草壁!」


 そもそも、仮に僕がお化粧をしたとして、如宮きさみやはそれをどうやって知るんだ。

 失踪中なんだぞ、アイツ。

 Twitterで『#拡散希望』とかして、恥を晒してまで如宮きさみやを見つけに行けと?

 いや、そもそも如宮きさみやはスマホ持ってないから、意味が無い。

 無駄骨だ。

 ただ、考えればこちらからアプローチ出来そうな手段はあるな。

 ネット社会、現代社会。

 科学の力で如宮きさみやを見つけることは出来なくとも、こちらから如宮きさみやの目に止まるようなアクションを起こすことは可能だ。

 僕はこれでも、未だにスーパースターの地位にある。

 天才子役で、代表にも呼ばれたサッカー選手が目立つ行動を取れば、自ずと如宮きさみやの視界に入る可能性は高い。

 如宮きさみやがどこに居るかは分からないが、ここに来いと言うことは出来る。

 なんて言うかは考える必要はあるだろうが、こちらのメッセージを一方的に届けることは可能だ。


 如宮きさみや好きだ、戻ってこい––––と、公開告白でもするか?

 いや、効果は無さそうだ。

 そもそも、如宮きさみやの失踪理由が分からないのだから、それを知ることが先決だ。

 強引な手段よりも、スマートな手段の方が如宮きさみや好みだろうしね。


 大体な、こっちは告白の返事聞いてねーんだぞ。

 うちはそんなことせーへんよって、言ったじゃねーか。

 約束は守れよな、如宮きさみや

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