012 『ナデシコラブコール』

 晩御飯を終え、自室に戻ってきた。

 時刻は、22時過ぎ。

 少し二人と話過ぎてしまった。

 でも、こうやって一人になるとどうしても如宮きさみやのことばかり考えてしまうので、少しでも一人になる時間を減らそうと長居してしまった。

 二人もそのことは多分分かっているのだろう。

 分かっていて、何も言わないのだろう。

 僕に付き合ってくれているのだろう。


 ふと、ポケットに振動を感じ、スマホを取り出すと、電話がかかってきていた。

 相手は––––ナデシコ・ダイワ⁉︎

 僕は素早く通話ボタンをタップした。


「やあやあ、ラッキー、起きてるかな? 起きてるよね、君の大好きなナデちゃんからラブコールのお時間だよっ」

「……こんばんは」


 やたらと軽快な声が、受話口から聞こえてきた。

 ナデシコ・ダイワ。

 説明不要の超能力者であり、最強の超能力者。

 僕たち超能力者のまとめ役。

 ちなみに、『ラッキー』というのは僕の愛称である。

 ラッキーという名前は、日本で言う所の『ポチ』に該当する。

 上終かみはて和音わおん

 わおーん。


「どうしたんですか、こんな時間に……って、そっちは昼ですよね」

「そうそう、今スタバでちょっとしたコーヒーブレイク中さ、最近のシアトルコーヒーは、私的には少し迷走している気はするんだけど、日本のコーヒーが逆に流れ込んで来たと考えれば、悪くもないのかなって思うよ」

「は、はぁ……」


 なんか、親戚に自分がよく知らない話題を唐突に展開された気分を味わった。

 コーヒーは好きだけど、シアトルコーヒーと普通のコーヒーの違いがまず分からない。

 僕のコーヒー好きはその程度のレベルだ。


「でだ、ミサキティの話だ」


 ちなみに『タマ』は、アメリカでは『キティ』だ。


「僕もそのことでナデシコさんにお話があったんです」

「おいおい、ラッキー、私と君の仲じゃないか、私のことは気軽にナデちゃんと呼んでくれと、いつも言っているじゃないか」

「あ、でも……歳上の女性にそういう呼び方は……」

「年功序列というのは日本の文化の良い側面でもある反面、悪い側面だと私は考えるよ。臨機応変に使い分けてこそ、コミュニケーションは捗るものだ。ほら、メンヘラが大事と言うだろう?」

「多分それ、メリハリです」


 メンヘラが大事。なんだそれ。

 メしかあってないぞ。


「まあ、呼び方の件は今回も後回しだ。ミサキティの話だったね」

「はい」


 僕は尋ねる。単刀直入に。


「ナデシコさんは、如宮きさみやの本当の姿を見たことはあるんですか?」

「あるよ」


 即答だった。


「彼女が一歳と八か月くらいの時に見たのが最後だね」

「……は、え? それは、どういうことですか?」

「ミサキティは、その時から超能力を使えた。そして、その頃から言語によるコミュニケーションを可能としていた」


 早過ぎる。

 いや、産まれながらの超能力者ということか。ない話じゃないし、実例はある。


「私はリヴァプールの出身だからね、どうしても訛りが出てしまう。その英語を覚えたミサキティも、同様にリヴァプール訛りを話していたからね、標準語を話せないという"代償"は成立する」


 それは、知っている。如宮きさみやの英語は、とても流暢だ。


「でも、その時以降見たことが無いってどういうことですか?」

「言葉通りの意味さ、ミサキティはそれ以降も超能力を使い続けている」

「……なんのために?」

「さあ、そこまでは……、私は最初は楽しくて、そうやって姿を変えて遊んでいると思っていたのだけれど、どうやら違うみたいだね」


 やはり何かあるのか。


「私も一応彼女の親代わりみたいなものだったからね、やめさせようと思ったのだけれど––––本人がタダをこねて嫌がってね……それ以降言えず仕舞いさ」


 私は母親とか向いてないのかもねぇ、とナデシコさんは嘆息した。


「あの、超能力を使う前の如宮きさみやはどうでしたか?」

「可愛かったよ、普通の可愛いらしい女の子だった。黒髪黒目で、目がクリクリとおっきくてね、とっても可愛かったなー」


 普通だ。普通に可愛い女の子だ。


「もう私は可愛い女の子という存在がいるのが嬉しくてね、可愛いヒラヒラしたお洋服とかいっぱい買ってあげたものさ」

「着ましたか?」

「着なかった」


 うん、だと思った。

 如宮きさみやはそういうのは、あんまり好きじゃなさそうだ。


「ただね、これはあまり知っている人が居ない話で、私もこんなことがあるまでは秘密にしておこうと思っていたのだけれど––––」


 ミサキティは日本の研究所生まれなんだ、とナデシコさんは静かに言った。

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