013 『ミサキティの話』
「ミサキティはね、研究施設から私たちが保護した子なんだ」
「研究施設……それは、超能力を––––人体実験ってわけですか?」
「そうなるけど、扱いはとても丁寧だったみたいだよ、さすが日本だねぇ」
「それは嫌味にも皮肉にもなってないですよ」
「いやいや、本当の話さ、栄養バランスを考えたオリジナルの離乳食を食べさせてたみたいだよ。とても健康的だ。それに沢山のおもちゃもあったそうだし、お世話係の人も、二十四時間体制で常に五人は居たそうだよ」
「それは……なんか、おかしな話ですね」
「だろう? 超能力者の研究というよりかは、大切な娘を大事に育てている––––といった方がしっくりくる。実際、保護した彼女は健康体そのもので、むしろ同年代の子に比べて、元気があり余っているくらいだった––––と聞いている」
「その保護した時というのは、
「大体、七か月くらいの時だね。出生記録もあるから間違いない」
「それで、その研究所はどうなったんですか?」
「潰したよ、ミサキティを保護した後にね。というよりかは、彼女を連れ出すので精一杯だった。当時の超能力者は、私を筆頭に少数精鋭だったからね」
君が居たらもっと楽だったのにね、とナデシコさんは笑う。
「研究記録とか、そういうデータは電子的なものは私が、紙媒体は燃えて無くなってしまったんだ」
「でも、それは正しいですよ。超能力者の人体実験なんて……」
「そうだ、私はそういうものを許しはしない」
ナデシコさんは、怖いくらいの口調でそう凄んだ。
「ただ、ミサキティは実験前……だったのかもね、もう一度言うけど、とんでもないくらいの健康優良児だったよ」
「検査とかしたんですか?」
「一通りはね、何も問題は無かった」
「あの、その研究所にいた実験体……みたいな存在は
「そうだね、あの子一人だったよ」
この件は、
分からない。分からないことだらけだ。新しい情報を得るたびに、どんどん分からなくなっていく。
知らないことを、知っていく。
「あの、子供の頃の
「優秀だったよ、運動も勉強も。ギフテッド––––というわけではないけど、総合的にかなり優秀だった、遊んでばっかいたのにね」
あ、君の出ているゾンビ映画も見てたよ、とナデシコさんは思い出したように言う。
「もしかしたら、君のファンかもね」
「そんなこと一言も言わなかったですよ」
「いやいや、君をスカウトに行くのは本来私が行く予定だったんだ」
「……え」
「君は強力な超能力者で、扱いの難しい存在だったからね。ここは経験豊富で色々知ってるナデちゃんの出番だと思ったんだけどねぇ」
「じゃあ、なんで
「あの子が志願したんだ、意外だったと言わざるを得なかったね。ただ、そうした方がいいとなんとなく直感で思ったのさ。そして、それは当たりだったね」
確かに。当たりだった。
「そうそう、本当はミサキティにバースデーメッセージを送ろうと思ったのだけれど、本人が居ないからねぇ、ラッキー、代わりに見つけたら言っといてもらえるかな」
「え、いつなんですか?」
「明日だ」
僕はスマホを離し画面を見る。
今日の日付は、七月二十日。明日、もうすぐ変わる日付。
七月二十一日。
僕はそんなことも知らなかった。
「たまには帰っておいで、と伝えてくれると嬉しいな。あ、もちろんラッキーも一度遊びにおいで、歓迎するよっ」
「……考えときます」
「ま、私の知っている情報はこれくらいさ。そろそろ戻らないと怒らせちゃうから、じゃねっ」
星が飛ぶような「じゃねっ」で電話は切れた。
なんか、一度に大量の情報が入ってきたことで頭が混乱している。
そもそも、
それにしても誕生日、か。
ケーキとか用意してないし、プレゼントも無い。
バスボムはあるけど(あの後、一応ネットで頼んで買っておいたのが今日届いた)。
「まあ、
そう寂しく独り言を言い、僕は自室を出て、
鍵を開け中に入り、テーブルの上にバスボムを置いた。
僕は初めて
そういえば、あの時の出会いを
いや、待て。
待て待て待て待て待て。
考えろ、何か見落としている。
急に電気が走ったように、思考が加速する。
姿を変えるんじゃない。
認識を変化させるんだ。
自分の姿を変えるのではなく、他者から見てどう見えるかを変化させる。
あの時、
僕の背後にワープするように移動した。
そのカラクリは––––
ああ、なるほど。
灯台下暗しとはこのことか。
「そこに居るんだろ、如宮?」
「よく分かったね、
綺麗な声だった。
今まで一度も濁音を発したことのないと勘違いしてしまう程、透き通った綺麗な声が、耳のすぐ後ろから聞こえた。
振り向かない。
振り向けない。
拘束されている。
蛇が絡みつくように、二本の腕が僕の身体に絡まり、抱きしめられている。
二つの柔らかい物体が背中に押し付けられるくらい、ギュッと密着している。
甘い匂い。いい匂い。
官能的で、欲情的な、女の匂い。
如宮は標準語を話している。
「巨乳なんだな、
「おや、久々の再開だというのにいきなり胸の話かい? そんなんじゃ、
「僕はおっぱい星人じゃない」
「触ってもいいぞ」
「触る」
「正直タイプだな」
姿を変えるのではなく、他者からの認識を変える超能力。
僕から見て、
あの時背後に移動した時も、ちゃんと説明してくれた。
透明ににゃってから、君の背後に回っただけにゃ。
失踪したのではなく、見えなくなっていたのだ。
「ちなみに
「なんだ?」
「私は今、全裸だ、すぐに揉めるな」
そう言って、さらに密着する
地面に届くくらい長い黒髪が、ハラリと僕の首筋から前に垂れる。僕の顔が反射して映りそうなくらい綺麗でツヤツヤだ。
「ただ、おっぱいを触るのは、私の話を聞いてからにして欲しい」
「そうだ、僕もお前に話がある。なんで急に居なくなったんだよ」
「それをこれから話そうというんだ、早くおっぱいを揉みたい気持ちは分かるが、私が話している間くらいは、我慢出来るだろう?」
「人のことを、おっぱいが揉みたくてしょうがないやつに仕立てあげるのをやめろ!」
「なんなら、処女もあげちゃうぞ」
「……お前なぁ」
「ただ」
「なんだよ?」
「私の話を聞いて、その気があればだがな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます