014 『人ガ異デ人デ無シ』

「君は美味しい卵の作り方を知っているかい?」


「……ふふっ、違う、違う、料理じゃない」


「素材としての卵、つまりニワトリから産まれる方の卵だ」


「ほら、高級卵って聞いたことないかい? というか、食べてるだろう?」


「そうだよ、君に出してる卵は高い卵なんだ」


「ワンパック198円じゃなくて、一つ500円の卵だ」


「栄養満点で、濃厚で、口溶けも滑らかだ、美味しかっただろう?」


「君は私の料理を美味しいと言ってくれるが、半分以上は素材の良さのおかげさ」


「もちろん、私も料理上手だけどね」


「なんだい、自画自賛だって?」


「私が料理上手なのは当たり前だ」


「もうすぐ分かるよ」


「まずは話を先に進めさせて欲しい」


「そうだな……高級な卵は普通の卵と何が違うと思う?」


「どう作ると思う?」


「まあ、クイズをしているわけじゃないしね。さっさと正解を言うことにしよう」


「答えはニワトリにストレスを与えずに育てるのさ」


「広大な土地で伸び伸びとね」


「もちろん美味しくて栄養のあるエサ付きだ」


「そうやって育てられたニワトリはとても美味しい卵を産むんだ」


「さて、ここからが大事な話だ」


「いいかい、よく聞いて考えてくれたまえ」


?」


「はははっ、まさに人体実験の類だね」


「でもこれは日常でも割とある風景と言えるかもね」


「ほら、お金持ちの家の子が肌艶が良かったりするのは、栄養のある物を食べてるからさ」


「ストレスも……あるにはあるだろうが、少ないはずだ」


「君は案外そっちかもね」


「お金持ちの家に産まれて、母親と父親から沢山の愛情を注がれて」


「父親と母親の外見の良さを、君はしっかりと受け継いだ」


「いい遺伝子から産まれて、いい育てられ方をした」


「だから君は人として、男として、優れた状態にある」


「……なんだ、もしかして頭にきたのかい?」


「すまない、君の家庭を悪く言いたかったわけじゃないんだ」


「私は君のお母さんが大好きだよ、私のお母さんになって欲しいくらいさ」


「ふふっ、話を戻そうか」


閑話休題かんわきゅうだいだ」


「あり大抵に言えば、仮に君に子供が出来て、君のお嫁さんとなる羨ましいほど幸福な人も同じような––––つまり、栄養のあるご飯と、ストレスフリーな環境で育った場合」


「その子供は、間違いなく優秀な才能と、美しい美貌を持って産まれるはずさ」


「だがこれには問題もある」


「不確定要素が多過ぎる」


「君は以前大きなストレスを受けているし、君に息子が出来たとしたら高確率でハゲるだろう」


「つまり君は完璧ではない」


「遺伝子としては優良で上質ではあるが、最高ではない」


「特に一度でも高負荷なストレスを受けたら遺伝子的には使えないんだ」


「なら、どうやってストレスを与えないようにする?」


「どうやってストレス社会の現代から身を守る?」


「答えは簡単だ」


「父親並びに母体がストレスを受ける前に子を成せばいい」


「産まれてすぐに施設という名の研究所に送り、伸び伸びと育て、美味しいご飯を与える」


「まさしく、本当に温室育ちというわけさ」


「そうやって親となる赤ちゃんを、一から育てるんだ」


「精通して生理が来るまでね」


「ほら、若い方が出来やすいって言うし」


「ふふっ、本当に人体実験の類になってきたね」


「よくない、よくない、よくない」


「でも」


「でもね」


「そうやって産まれた子供は」


「そうやって産まれた何かは」


?」


「そんなことをした目的?」


「知らないさ、そんなの」


「神様でも作り出そうとしたのかもしれないし、人知を超えた何かを作りたかったのかもね」


「人間は愚かで強欲だ」


「さて」


「さて、とだ」


「なあに、君もそろそろ勘付いているだろう?」


「そうだ」


「そうだよ」


?」


「ほら、こうやって君を抱きしめている腕を見てくれたまえ」


「すべすべでツヤツヤだ」


「水滴を垂らしたら、防水クリームを塗ったガラスのように弾くよ」


「それにさっきから君に押し付けている君の大好きなおっぱいは草壁並みの大きさだし、私はとてもいい匂いがするだろう?」


「私は人として––––女性として最適化されている」


「それは見た目だけではない」


「私は料理も勉強も運動も、人類における最高のレベルでこなせる」


「まあ、運動は少し苦手だと付け足しておこうか」


「胸が邪魔なんだ」


「女性としてはあった方がいいのかもしれないが、アスリートとしてはコレは不要だね」


真彩まあにゃのジレンマも少し分かるよ」


「だが問題はそこではない」


「見た目がいいのも頭がいいのも、なんの問題にもならない。そんなのはどうでもいい」


「そんなのは、まだ人と言える」


「私は」


「私は、だれも持っていない物を手にしてしまった」


「最高の生物として生まれてしまった」


「実験はある意味、成功以上の成果を出してしまった」


「あの研究所は、元々最高の人類を生み出すための研究所だったんだ。超能力に目を付けたのは、まあ––––必然だったろうね」


「そして、産まれた私は超能力を持っていたが、別の物も持っていた」


「何だと思う?」


「ふふっ、私だけしか持ってないスゴいものさ」


「それはね」


「永遠の命だ」


「ふふっ、冗談を言ってるわけじゃない」


「私のテロメアは減らないんだ」


「通常の生物は細胞分裂をするたびにテロメアが短くなるが、私は短くならない」


「簡潔に言えば、私は老いないんだ」


「私は歳を取らない」


「人類はついに永遠の命にたどり着いたわけだ」


「まさか、人類が長年追い求めていたものの答えが、美味しい卵の作り方だったとはね––––まさにコロンブスの卵だ」


「冗談はさておき」


「ここからが大事な話だ」


「そうだな……いつまでも若々しく、いつまでも美しい私を見て、人々はどう思うだろうか?」


「アラフォーくらいまではアンチエイジングで誤魔化せるかもしれないが、五十代や、桁が三桁になっても、私の外見に変化は無い」


「もちろん、私の超能力をもってすれば、年齢的な変化を再現することは出来る。出来はする」


「それで? それをいつまで続ければいい?」


「百歳まで? それとも二百歳までか?」


「前に超能力者を世間から隠す理由は説明したよね」


「……うん、そうだ、上終かみはてくんは物覚えがいいね、それは超能力を持たないものからの、迫害を避けるためだ」


「持たざる者は持っている者を、妬み、恨み、嫉妬する」


「そして、それを欲しがる」


「手に入れようとする」


「さて、私のこの老ない身体はどうだろう?」


「不老不死––––いや、不死ではないが、不老ではある」


「この、永遠の若さを人類はどう思うだろうね? 上終かみはてくんはどうだい?」


「前も訊いたよね。もしも永遠の命が手に入るならどうするって」


「君の回答は、人によって意見は違うと思うけど、貰えるなら欲しいかな––––だったね」


「聞いた話によると、真彩まあにゃも同じ回答だったそうだね」


「君達の回答は無難でもあるが、それを私という存在を知った後に、果たして同じことを言えるだろうか?」


「今まで持っている側だった君は、たった今、持っていない側になった」


「うわー、上終かみはてくんって、歳取るのー? ハゲちゃって可哀想ー、しかも、そのうち死んじゃうって、まじあり得なくなーい?」


「ふふふっ、意地悪をしてしまったね」


「だが、こういうことだ」


「持っている私から見たら、君達人類はそうも見えなくはない」


「さあ、どうする人類?」


「欲しがるか?」


「欲しがるだろう、こんなに分かりやすい問いはないね」


「ならば、私のコレは隠すしかないだろう」


「見せないようにするしかないだろう」


「私の超能力は、それにうってつけだったね。姿を変える超能力は、私の存在を隠すのに最適だった」


「これを持ってさえいれば、そのことを隠し続けられる」


「さて、これが私が誰にも姿を見せなかった理由だ」


「さあ、もう一度問おう」


「それでも君は私が好きかい?」


「人であるのかどうかさえ、怪しい私を」


「それでも好きと言えるかい?」


「当たり前だ、如宮きさみや! 早くおっぱい揉ませてくれ!」

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