010 『三人集まれば文殊菩薩』

 あれから三日たった。

 如宮きさみやからは音沙汰なく、正式に行方不明扱いとなり、捜索される手筈となったが見つけられるわけがない。

 姿を変える如宮きさみやを、見つけられるわけがない。

 足は付いても、見つかりはしない。

 "代償"として標準語を話せないものの、関西弁とかでもいいのだから、そこから見分けることは不可能と言ってもいいだろう。


 学園サイドの警備、具体的には監視カメラにも––––みたいなことはなかったらしい。

 まあ、如宮きさみやはその気になればカメラにも映らないくらい小さな生物にもなれるのだから、監視カメラは役に立たない。

 同様に、こういう場合によく使われる、カメラリレーのようなもので追うことも不可能だ。

 現代科学の力を持ってしても、如宮きさみやの追跡は困難を極める。


 ––––何でだ。


 何でいなくなる?

 どこにいる?

 教えてくれ、如宮きさみや

 分からない、分からない、分からない。

 分からない、分からない、分からない。

 分からなくて、分からない。


 こういう時、僕はいつも如宮きさみやに頼っていた。

 苫小牧とまこまいの時も、草壁の時も。

 答えをくれたのは、いつも如宮きさみやだった。

 それは、問題集を答えを見ながらやっているようなものだった。

 解答を知った上で、問題に取り組んでいた。

 僕のやっていた事は、答えに辿り着くまでの途中式を埋めることだった。

『1+1=?』ではなく。

『1+?=2』だった。

 だから、今の僕には何も出来ないし、何も分からない。

 でも、なんとかしなきゃいけない。

 それだけは、分かっている。


「まあ、三人集まれば文殊もんじゅの知恵って言うしね」

上終かみはて先輩、文殊って何ですか?」

文殊菩薩もんじゅぼさつ、仏教における知恵を司る仏様だ」


 なんて会話をしながら、僕は草壁の作ったロールキャベツを口に放り込む––––うおっ、匂いから分かってはいたが、カレー風味だ! 美味ぞこれ!

 ––––如宮きさみやの次くらいに。


「お口に合いましたか?」

「カレーとは意外だな」

「クックパッドで調べたら、出てきたんです」


 やるな、クックパッド。

 如宮きさみやの次くらいに。


「真彩ちゃんは、どうですか?」

「まあ、美味しいわ」


 僕と苫小牧とまこまいは、如宮きさみやの失踪以降、草壁に料理を作ってもらっている。

 草壁は如宮きさみや程ではないが、苫小牧とまこまいのために栄養バランスを考え食事を作ってくれていた。

 草壁は引きこもり生活が長かった為、家庭的なスキルが異常に高くなっている。

 特に洗濯物を取り込む時に、取り込んだ洗濯物を胸の上に置くのとか、家事し慣れてるって思うよね!


「で、如宮きさみやさんの話よ」

「もう何回も話したろ、探すのは無理だって」

「それは分かったけど、失踪した理由は分かってないじゃない」

「それは、そうだけど……」


 如宮きさみやならこういう時に、これこれこうだからこういうわけでこうなったのだ––––みたいな事を言ってくれる。

 まあ当の本人が居ないのだから、それは不可能なのだけれど、あの淡々とした口調が今は物凄く恋しい。

 というか、理由は明白じゃないか。


「いや、どう考えても僕の告白が原因だろう」

「はい、上終かみはてくんの告白のセリフまで、3」

「やらねーぞ」


 なんでこいつ、こんなウェーイ系のノリしてんの?

 なんか色々吹っ切れた感あるよ、こいつ。


「2」

「だから、やらない」

「1」

「……如宮きさみや、お前のことが好きだ。この好きは手を繋ぎたいの好きで、チューをしたいの好きで、エッチがしたいの好きだ」


 やった。

 やってしまった。

 今思うと最悪な告白台詞だ。

 だけど、如宮きさみやの姿、性別、年齢が分からない以上、こうやって言うのがいいと思ったのだ。

 そしてこのセリフは、毎日言わされている。

 晒し首のように、晒されている。


「あの、もう一度どうしてそのセリフが出て来たのか、訊いてもいいですか?」


 草壁はそんなことを僕に尋ねてきた。


「いや、だから……相手の姿や、性別、年齢が分からないのだから、僕の覚悟的なものを表明するために、だな」

「なら、ストレートにそう言えば良かったじゃないですか」


 上終かみはて先輩の悪い所ですよそれ、と草壁は唇を尖らせた。


「変に上手く言おうとして、逆にこんがらがっちゃてますよ」

「というか、如宮きさみやさんは間違いなく女性よ」


 苫小牧とまこまいが急に口を挟んできた。


「なんで分かるんだ?」

「だって、生理用品くれたもの」

「いや、それは苫小牧とまこまいの事情を考えて、準備してたからじゃないのか?」

「開封済み、何個か使用済み、羽なしが好みだそうよ」


 それは紛れもない女性だった。

 そもそも、羽ってなんだ? 飛ぶのか?


如宮きさみやさんは、上終かみはてくんがカバー出来なかった部分の保健体育もちゃんと教えてくれたわ」

「いや、僕はちゃんと教えたぞ」

上終かみはて先輩、小学生の頃とか、休み時間に女子だけ体育館で何かやっていませんでしたか?」

「いや、あんまり覚えてない」


 小学生の頃は、まだギリギリ子役をやっていたので、実はそんなに学校に行ってなかったりもする。

 まあとにかく、と苫小牧とまこまいは話をまとめにかかる。


如宮きさみやさんは、間違いなく女性よ」

「でもさ、それは失踪した理由にならなくないか?」

「そうですね」


 と同意する草壁。


「もしも如宮きさみやさんが男性だというのなら、自身の性別を偽った罪悪感のようなものから失踪した––––と考えることは出来なくはないですけど、女の人だというのなら、嘘は付いてないですものね」


 罪悪感。

 罪悪感というワードに、ちょっと引っかかりを覚えた。

 僕の告白が直接的な理由だったとしても、それはおそらくトリガーに過ぎない。

 別のが、最初からあった?

 そう考えるのが、妥当かもしれない。

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