004 『髪が大事な超能力者』

「あなた、車の運転が出来たのね」

「先週、免許を取ったばかりだ」


 フロントガラスに張り付けてある初心者マークをチラリと見てから、僕はバックミラーを見る。後部座では、銀盤の女王様がつまらなそうに窓の外を眺めていた。

 今の学校以上の高待遇を提示した結果、苫小牧とまこまいはその日のうちに学校を見学したいと言い出した。

 なので、如宮きさみやに確認したところ、「連れて来い」とのことなので、こうして僕が学園に戻るのも兼ねて、車で送迎している––––というわけだ。


「どうして、テレポートしないのかしら? さっき話してくれた"代償"とやらのせい?」


 先程、学校の説明をするついでに、"代償"の話を苫小牧とまこまいにはある程度説明しておいた。


「だから言っただろ、僕の能力はテレポートじゃない」

「じゃあ、なんなのかしら?」


 僕はそれには答えずに、別の質問をぶつける。


「それよりお前の"代償"の方が気になる。飛ぶたびに、何を失ってるんだ?」


 苫小牧とまこまいは少し考えてから、


「友達?」


 疑問系で答えた。


「いないのか、友達」

「ええ、一人も」

「それはいなくなったのか?」

「最初からいなかったわ」

「じゃあ、違うな」


 "代償"は、支払うものである。最初から無ければ支払えない。

 ただ、苫小牧とまこまいに友達がいないというのはなんとなく想像がつく。

 フィギュアスケートのことを第一に考える苫小牧とまこまいにとって、交友関係なんてものは不要なのだろう。友達とお喋りしたり、出かけたりする時間があったら、練習した方がいいと思っているに違いない。


「他に何か思いあたる節はないのか?」

「そういうあなたはどうなのかしら? 一体どんな"代償"を支払って、私の背後に移動したの?」

「…………」


 まあ、隠してもどうせバレるし言うか。


「……髪の毛だ」


 苫小牧とまこまいの視線がバックミラー越しに僕の頭皮に向かうのが見えた。


「まだフサフサね」

「若いからな」


 これはあまり言いたくないのだけれど、うちの父親も、おじいちゃんも、なんなら父親の弟さんも、みんな生え際が薄い。遺伝子的に言えば、僕の将来も光り輝く未来が待っている。ネガティブな意味で。

 なので。

 出来るだけ超能力は使いたくない。

 ハゲるから。


「ねえ、質問があるのだけれど」

「どうぞ、どうぞ」

「超能力ってどういうギミックで発動してるの?」

「正確には不明だ」

「ふぅん」


 苫小牧とまこまいは、まるで僕がそう答えるのが分かっていたかのような反応を見せた。

 まあ、これは僕も同じだったからな。

 例えるなら、スマホの使い方は分かるが、作り方は分からない––––みたいな話だ。慣れれば使いこなせるし、制御出来るけど、そのメカニズムは分からない。

 実際、何も分かっていない。

 宇宙の果てはどうなっているのかだとか、死後の世界はあるのかとか、そういうこの世界の分からないものリストに、新たに超能力の仕組みが追加された感じだ。


「じゃあ、もう一つ質問」

「どうぞ、どうぞ」

栢山かやま学園が超能力者を集めてるのは分かるし、それを国の主導でやってるのも分かるけど、それならこういう風に一人一人声をかけるんじゃなくて、もっと大々的にアプローチすればいいじゃない」

「テレビCMとかか?」


 苫小牧とまこまいは僕の回答が自身の求めていた回答に近かったらしく、


「まあ、そんな感じ」


 と頷いた。

 世間一般に超能力者の存在を公表すればいい––––みたいなニュアンスなのだろう。

 だがそれは、


「無理だ」

「どうしてかしら?」


 この質問はかつて僕が如宮きさみやにしたものでもある。

 超能力者がいて、超能力の"代償"は命を落とすほど危険なものもあるのだから、ニュースで取り上げるなどして、超能力の存在を公にすべきだと。

 殆どの人がオレオレ詐欺を騙されてから知ったのではなく、ニュースで知ったように、国民に注意を促す。

 知っていれば対処出来るかは分からないが、どこに頼ればいいかは分かるだろうし、今よりも確実に超能力者を見つけやすくなるだろう。

 だが、それは危ないと如宮きさみやは言っていた。


「もしも苫小牧とまこまいが超能力者じゃなくて、他の誰かが空を飛べたとしたら、どう思う?」

「単純に羨ましいと思うわ」

「じゃあ次の質問だ。もしも永遠の命が手に入るとしたらどうする?」

「人によって答えは違うと思うけど、くれるなら貰うわ」

「じゃあ、最後の質問だ。普通の反対はなんだと思う?」

「んー、特別……とかかしら?」

「外れだ。正解は––––だ」


 普通とは違う存在。異なる存在。異端なる存在––––それが、超能力者。


「僕たち超能力者は、他の人から見れば特別などではなく、異端者になるんだ。かつての魔女狩りってわけじゃないけど、異端者が迫害されるのは、人類の歴史だ」


 肌の色、人種、性別、年齢、出身地、信仰とかとかとか。自分と異なる存在を差別するのは、時代が進んでも––––変わらない。


「もしも、超能力者が迫害があった場合、力ある超能力者は、その差別に反旗をひるがえし、それがやがて大きな火種になる。平たく言えば、超能力者と非超能力者間での争いに発展するのが予想される。持たざる者が持っているものを憎み、羨み、戦争になる。これも、人類の歴史だ。それを避けるために、政府は超能力の秘匿ひとくを選択した」


 政府はどこもかしこも、気が利かないと思っていたけれど、こういう所は本当にしっかりしていると思う。

 平和というのはであり、勝手には成り立たない。


「数年前までよくやっていた超能力番組とかが急になくなったのは、本物の超能力の存在を勘付かれないようにするためだ」


 あとは、心霊番組とか、アトランティス伝説とかもな。僕は好きだったけどね。


「私、テレビは見ない方なの」


 と言いつつも、苫小牧とまこまいは納得したようで、


「なるほど、だから超能力者の存在を公にはしないのね」

「ああ、そもそも超能力者の存在自体、発覚したのはここ十年くらいの話なんだ」

「そうなの?」

栢山かやま学園も去年出来たばかりだしな」


 なので校舎も綺麗だし、設備も最新だし、割当られている部屋もすごい。

 苫小牧とまこまいが要望している、スケートリンクもあるしな。


「でも超能力者って、もっと昔からいたんじゃないのかしら?」

「アメリカの超能力捜査官のことか?」

「何それ?」

「そういうのがあるんだよ、こう––––透視能力で犯人の居場所を割り出しとかな」

「なるほど、実際にやってたわけね」

「アメリカは世界で一番進んでる超能力国家だからな」


 実際、すごい超能力者がゴロゴロいるし、最強と言われており、僕たち超能力者のまとめ役でもある人がいるのもアメリカだ。


「じゃあ、他の国でもそういう超能力者を保護している学校があるのかしら?」


 僕は首を振る。


「いいや、超能力者を保護しているのは日本とアメリカだけだ」


 これを聞いた時は僕も疑問に思ったものだが、理由を聞けば仕方のないことだと思った。


「金がかかり過ぎるんだ。超能力は個々によって違うし、"代償"における対処法もそうだ。一人辺り、意味の分からない金額がかかるし、そのリターンはその金額に見合わないものが多い。超能力と言っても、苫小牧とまこまいのように分かりやすいものはレアなんだ。殆どは、指先から火花が散るとか、爪が緑色になるとか、そんなのばかりなんだ」


 大金を使ってそういう超能力を制御出来るようになったとしても、その金額に見合わないのは事実だ。

 人命がかかっていると言えば聞こえはいいが、一人救うのにかかる金額がデカ過ぎる。


「だから、お金のある国でしか出来ないし、実質、日本とアメリカと中国くらいしか出来そうにないのが現実だ」


 正直、宇宙開発みたいなものだと思っている。月まで再び人を乗せてロケットを飛ばしたとして、得るものがあるかは不明だ。

 ただ、意味の分からないくらいのお金がかかる。

 国民からしたら、そんなことしてないで福祉に回せよ! と言いたくなることだろう。

 僕だって自分たちのために消費税が上がったのは、心苦しくもある。

 僕たち超能力のために国民の血税が当てがわれ、それに僕が値するのかと言われたら、言葉を濁すことだろう。

 政府が妙に隠し事が多いのは、僕たち超能力者の為に色々隠蔽しているのが真実であり、それを公表するわけにはいかないのでごまかした結果だったりもする。

 ただ、超能力者だって『国民』だ––––と言ってくれるのは、ちょっとだけ嬉しい。


「ねえ、人体実験とかされない?」

「されない、されない。超能力者の三大原則にもあるしな」

「人体実験の禁止と、後は?」

「兵器利用の禁止、自国への勧誘の禁止」

「へー、ちゃんとしてるのね」

「全部、『ナデシコ・ダイワ』が十年前に作ったものだ」

「その人が、超能力界のお偉いさんなの?」

「ああ、最強の超能力者で、僕たち超能力者のまとめ役だ」


 誰しもが認めるエースオブエースで、世界をたった一人で破壊出来る存在。

 と言われているが、電話で話したことがある僕からしたら、ノリのいいおばちゃんって感じだった。

 きっと先祖は関西人だ。


「やたらと日本人みたいは名前だけど、ハーフとかなのかしら?」

「そうらしいよ。ナデシコ・ダイワを日本表記にすると、『大和撫子やまとなでしこ』だし」

「それで、どんな超能力を使うのかしら?」

「『電子破壊』だ、機械を破壊出来る」


 バックミラーを見ると、苫小牧とまこまいが顔をしかめているのが見えた。


「『なんでそんなので、世界最強なの?』って感じの顔だな」

「だって、機械を破壊するって言っても大したこと無さそうじゃない」

「そうだな、僕もそう思っていた」


 だだな、現代においてそれは最強の超能力となる。


「効果範囲がな、地球全土なんだよ」

「……それって」


 苫小牧とまこまいも気が付いたようで、息を飲むように呟いた。


「しかもピンポイントも可能だ、ニューヨーク、東京、北京、とかとかとか」


 都市部の電化製品を丸ごと破壊する事が出来る––––と僕は補足する。


「都市部を破壊されたら、都市機能は消滅し、経済は破綻する。ナデシコ・ダイワ本体を兵器で狙おうにも、現代兵器の多くは電子制御だからな」


 戦闘機も、潜水艦も、核兵器でさえも。

 ナデシコ・ダイワの前では無力だ。


「ナデシコ・ダイワは、それを盾にアメリカ政府を脅し、超能力者の自治権を得た。僕らにとっては、彼女の存在そのものが後ろ盾のようなものなんだ」


 彼女の気まぐれで世界は光を失う。それはあまりにも強大な力だ。

 百年前なら脅威にもならなかった超能力だが、現代において彼女は、世界の命運をたった一人で握る神ような存在と化している。

 ただ、そういう強大な存在がいなければ、超能力者の自治権を維持できないのは事実であり、彼女こそが僕らにとっての核兵器となっている。

 核抑止理論というわけではないが、銃を向け合わなければ、話し合いも出来ないなんて少し悲しくもある。だけど、強大な力の前には同等の力が必要なのもまた事実だ。


「大分、山奥まで来たわね」


 苫小牧とまこまいは、窓から外を見ながら呟いた。


「ああ、この先にあるコンビニを過ぎると、後は何もないよ」


 栢山かやま学園は、性質上、どうしても人目を避ける場所に作る必要があった。自然に囲まれた場所で、豊かで伸び伸びとした教育––––と言えば、みんな納得するしね。

 先程言った、森の中にポツンと寂しく立つコンビニが視界に入ってきた。無駄に広い駐車場は相変わらずガラガラだ。絶対にこんな場所では商売にならないと思うが、聞いた話によると国からの援助金が出ているらしい。

 主に、生徒がネットで注文したものの受け取り場所として機能している。


「コンビニ寄ってもいいか?」

「別にいいけど、何か買う物があるのかしら?」

「ああ、チーカマだ」

「チーカマ? 随分と庶民的なものが好きなのね」

「僕じゃないよ」


 うちで飼っている、キツネが好きなんだ。

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