005 『水に囲まれた学園』

「まるでベネチアね」

「ああ、それな。僕も思った」


 初めて栢山かやま学園を訪れた人はきっとみんな同じことを思うだろう。

 栢山かやま学園は敷地内に多数の水路があり、広大な敷地内の移動には船が使われているくらいだ。


「オシャレなところね」

「税金の無駄遣いって言う人もいるよ」


 栢山かやま学園は国立で、しかも消費税が上がった原因だからな。ただ、それにはちゃんと理由がある。


「この栢山かやま学園はな、超能力者の防衛も兼ねてるんだ」

「誰かに狙われているの?」

「もしもの時のため––––らしいよ。そういったのは今の所はない」


 苫小牧とまこまいは辺りを見渡してから、


「城の周りを囲む、水堀みたいなものなのかしら?」

「違う違う、この学園には水を上手に操れるやつが居るんだよ、緊急時にはこの大量の水を操って––––」


 と噂をしていれば、近付くの水面の水が渦を巻き、人型を形成した。

 そして、そのまま水面を滑るように移動して行く。

 まるで、氷の上を滑っているように。


「歓迎されてるぞ、苫小牧とまこまい

「すごい……綺麗だわ」


 意外にも苫小牧とまこまいは、喜んでいるようで、水上で演舞をする様子をただジッと見つめていた。


「ライバルになれそうか?」


 軽口を叩いてみても、銀盤の女王は相手にしてくれないと予想したのだが、


「相手はCGみたいなものだから、勝負にもならないわね」


 僕の予想は普通に外れた。銀盤の女王は冗談の分かる王女様らしい。

 なら、この学園におけるもう一つの歓迎も喜んでくれることだろう。


「連絡を入れれば、水の上に乗せて目的地まで運んでくれるけど––––どうする?」


 苫小牧とまこまいは未だに水の上で踊り続ける水上のプリマをチラリと見てから、水面に視線を移す。


「まあ、断る理由もないし、是非体験してみたいわ」

「了解」


 僕は苫小牧とまこまいに断りを入れてから電話をかけ、目的地までの送迎をオーダーした。

 すぐに水面の一部が楕円だえん形状に上昇し、乗ってくださいとばかりの二つの水の足場が出来上がる(スノーボードみたいな感じだ)。


「これに乗ればいいのかしら? というか、乗れるの?」

「乗れるが、注意事項がある」

「何かしら?」

「まず、靴はぬれるからな」

「大丈夫よ」


 僕は苫小牧とまこまいの手を取り、水で出来た足場の上にエスコートしながら言う。


「バランスを崩したら、全身ビチョ塗れだからな」

「大丈夫よ」

「そうか、ならこれも言っておく」


 僕も同様にスノーボードならぬ、ウォーターボードの上に乗りながら、


「未だかつてビチョ濡れにならなかったのは、一人だけだぞ」


 僕が乗った瞬間、二つの足場は急発進した。

 結論だけ言うと、苫小牧とまこまい真彩は二人目となった。

 流石はフィギュアスケートの選手というべきだろうか。素晴らしいバランス感覚で、この水の学園における歓迎アトラクションを見事乗りこなした。


 僕? 着替えたけどなんか文句ある?

 ビチョ濡れになってお着替えしたけど、なんか文句ありますか?


 ……いや、言い訳をさせてくれ。

 頼むから言い訳タイムをさせてくれ。

 いつも途中までは調子がいいんだよ、カーブも問題ないし、スピードが出てもバランスを崩すこともない。ただなぜか目的地付近になると、急に足場となっている水がぐにゃりと歪むんだな、これが。

 いや、本当に、本当だから、マジで。

 僕は昔、この水を操って人物とちょっと揉めたことがある。相手は、そのことは水に流すと言っていたけれど、全然流せてない。むしろ、水と油になりつつある。きっと、一緒に宇宙旅行にでも行かない限り、仲良くはなれないのだろう。

 閑話休題かんわきゅうだい

 目的地でもある、スケートリンクに到着した苫小牧とまこまいは、さっそく持参したスケートシューズを履き、リンクを一回りしていた。

 滑らかに滑っている。

 英単語で滑るを意味する『slide』は、実は『glide』と合わせることで、『滑らかに進む』と言う意味もある。そう考えると、『滑』と言う文字を、『滑る』と、『滑らか』という言葉に使い分ける日本語と共通点を持っているような気がして、妙な親和性を感じるな。

 まあ、僕にとっては滑るを意味する『ツルっ』という擬音が心臓に悪いけどね(絶対に二回繰り返すなよ!)。

 などといらん事を考えているうちに、スケートリンクをもう一周した苫小牧とまこまいは、助走を付けてから、飛翔した。

 無重力、羽が生えているよう。

 なるほど、そう例えたスポーツ紙のライターは的確に的を得ている。

 ゆっくりと上から糸に吊るされたように上昇し、一切のブレなく、一本の線が頭から爪先まで通っているように、回転する。

 くるりくるりくるりくるりくるっと。

 綺麗な四回転半を苫小牧とまこまいはアップ無しでいきなり決めてみせた。

 僕が点数を付けてもいいなら、文句なしの10点だ(フィギュアの得点ってこれでいいんだっけ?)。


「すごいな」

「そう、ありがとう」


 銀盤の女王はその名の通り、クールな表情で戻ってきた。


「中々いいわね、うん。ここを使わせてもらえるというなら文句なんてないわ」


 ただ、と苫小牧とまこまい


「アスリートは食事も大事なの。うちの高校はその辺もしっかりしているのだけれど、ここはどうなのかしら? ただ美味しいだけではなく、栄養バランスも考えてくれるの?」

「ああ、それなら心配ない」


 この学園には、料理上手で、家庭的で、お節介焼きな猫がいるからな。

 特に、亜鉛が入った料理を作ってくれるのがとてもいい。

 亜鉛は髪にいいからな。

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