006 『母親猫』

「初めまして、苫小牧とまこまい真彩まあにゃ


 苫小牧とまこまいは一匹の猫を見て顔をしかめた。

 どうやら苫小牧とまこまいには顔をしかめる以外の表情が無いらしい。


「私は如宮きさみにゃ美咲みさきと言うにゃ。そこにいる上終かみはてくんの胃袋という袋に、日夜食材を詰め込む任をおった猫にゃ」


 補足になるが、僕は料理が作れないので、食事は如宮きさみやの作ったものを食べている。


「今度は喋る猫? それとも猫に変身出来るのかしら?」


 苫小牧とまこまいはしかめっ面のまま、如宮きさみやを見つめている。


「まあ、そんにゃところだにゃ」


 それと姿を変えている間は通常語がはにゃせにゃいのでそこは勘弁だにゃ、と如宮きさみやは付け足した。

 これを言わないと、如宮きさみやは変な人扱いをされちゃうからな。


「それで猫に料理なんて出来るのかしら?」

「それには及ばないにゃ」


 首を振ってから、如宮きさみや苫小牧とまこまいの姿に変身して見せた。


「なるほど、なるほど、好きなものに変身出来るのね」


 大して驚かない苫小牧とまこまい。肝が座っているというか、微動だにしない。


「厳密には少し違うが、その認識にゃんしきで構わないにゃ」


 同じ顔をした人物が二人いることになるが、どちらが本物で、どちらが如宮きさみやなのか見分けるのは簡単だ。ニコッとしているのが如宮きさみやで、ムッとしているのが苫小牧とまこまいだ。

 これほど分かりやすいドッペルゲンガーは他にいるまい。

 如宮きさみや流のウェルカムジョークみたいなものだろう。

 僕も似たようなことをやられた覚えがある。

 というか、定期的にやられている。もう単に嫌がらせと言ってもいいようなことをされている。如宮きさみやイズ悪趣味。

 閑話休題かんわきゅうだい

 てなわけで、如宮きさみやの手料理を食べるために、僕たちはそのまま如宮きさみやの部屋を訪れていた。お昼時だしね。


「まあ、上がれよ……人の家だけど」

「どうぞ、どうぞだにゃ」

「ええ、お邪魔するわ」


 ムスッとしている方の苫小牧とまこまいが玄関に上がったところで、ニコッとしている方の苫小牧とまこまいは、そのままリビングへと向かって行く。

 如宮きさみやが使用しているこの部屋は、デザイナーズマンションの一室であり、僕なんかこのマンションのエントランスに案内された時は、美術館にでも連れてこられたんじゃないかと思ったくらいだ。とにかくオシャレなマンションであり、部屋の中に下からスカートを覗けるスケスケ階段とかあるし、クローゼットとかガラス張りだし、トイレなんか本棚にある隠し扉の奥にある。オシャレ過ぎて友達を呼びたくなる。

 下の共有スペースにもジムとプールがあり、他にも寮はいくつかあるのだけれど、ここだけは何故か場違いに質がいい。

 理由は、知らない。多分、税金の無駄遣いだ。もしくはデザイナーが趣味で作ったに違いない。とりあえずお金あるから、センス出しまくりで作っちゃいましたーみたいな。うん、絶対そうだ。


「あなた、カミハテって言うのね」


 女王様は靴を揃えながら、今更な名前確認をしてきた。


「そう言えば名乗ってなかったな、上終かみはて和音わおんだ」


 僕は自分の名前にちょっとしたコンプレックスがあるので、あまり名乗りたくないタイプだったりする。


「どういう漢字を書くのかしら?」


 と苫小牧とまこまい

 くそ、訊いてきやがった。まあ、変に誤魔化すのもアレだし、素直に答えるか。


「……川上の『かみ』に、終了の終を『はて』と読んで、上終かみはて、平和の『和』に音で和音だ」

「なるほど、上終かみおわね」

「違う、上終かみはてだ」

「嘘ね、どう考えても上終かみおわじゃない」

「嘘じゃない、学生証のフリガナも上終かみはてだ」


 もちろん僕の髪は終わってないことも付け加え述べておく。

 ……だから、自己紹介は嫌いなんだよ!

 髪に関する話は聞きたくない! 世界中の人間はハゲてしまえ! そして世界を明るく照らせばいいのさ。これが真の世界平和だちくしょう!

 僕は苫小牧とまこまいに学生証を見せて、自身の苗字が『上終かみはて』であるとしっかりと教えてから、リビングに案内した。


「少し前までは僕もこっちに住んでたんだ」

「喋る猫と二人暮らしってわけね」

「まあ、そんなとこだ」


 実際は、能力を悪用しないように保護観察という名目で見張られていただけだ。

 実はもう一つ別に理由もあるのだが、そっちは言わない。


「今はこの隣の部屋に住んでるよ」

「随分と立派な部屋ね。私が住んでる寮なんて、ワンルームしかなかったわよ」

「寮だったのか?」

「ええ、通学にも便利だし、練習に行くのも近いし」


 苫小牧とまこまいの高校は、食事面まで面倒を見てくれると先程言っていた。そうか、寮生活だから、当然食事も寮で取るのか。健康的で身体にいいものが、バランスよく出るのだろう。

 ここで、キッチンから一人の女性がコーヒーカップを片手に歩いてきた。

 栗色のふわふわした髪に、柔らかい表情を浮かべた女性。

 如宮きさみやだ。


「コーヒーと紅茶、どっちがいいかにゃ?」

「ミネラルウォーターで、カフェインは取らないようにしているの」


 平然と第三の答えを返す苫小牧とまこまいに気を悪くせずに、如宮きさみやは「分かったにゃ」とキッチンへと戻って行った。

 苫小牧とまこまいはその後ろ姿を目で追う。


「……綺麗な人ね」

「……そう思うか?」

「さっき一緒に住んでたって言ってたわよね」

「言ったな」

「付き合っているの?」


 僕は溜息をつく。深く不快な溜息だ。付き合っているなど、あり得ない。


「お前にいいことを教えてやる」

「何かしら?」

「あれは僕の母さんの姿をした如宮きさみやだ」


 如宮きさみや流のウェルカムジョーク、僕バージョンだ。自分の母親の姿になられるのは、正直止めて欲しい。


「僕がこっちに住んでいた頃は二十四時間あの姿だった」

「いいじゃない、綺麗なお母さんね」

「…………」


 否定はしない。事実だからな。


「あなたはお母さん似なのね」

「髪質はお父さん似だよ」


 如宮きさみやがミネラルウォーターではなく炭酸水を持ってきた後(苫小牧とまこまいは特に文句は言わず炭酸水を飲んだ)、料理が出来るまでちょっとだけ僕の家族の話をした。父親は舞台俳優で、母親が元宝塚という、自慢話だ。

 父親が髪が薄くなってきて悩んでいるとか(僕にとってもシビアな問題だ)、母親は暇があれば絨毯じゅうたんの上で踊り出し、ミュージカルを始めちゃうとか、そんな話をした。

 その話を聞いた苫小牧とまこまいは、


「将来ハゲるのは決まっているのね」


 と嫌味を言った後に、


「あなたは、役者を目指さないの?」


 と訊いてきた。


「小さい頃、それこそ小学生の頃は、自分も役者になるぞって思ってたけど、中学からサッカーを始めて、それ以降はなりたいって思ったことはないかな」

「ふーん、両親はなんて?」

「応援してくれてたよ、というか自分の将来は自分で決めろって感じだった」


 父親が舞台とかの仕事をしていて、それを子供の頃から見ていた僕としては、当然そういう仕事に憧れを持っていた。

 それは多分、当然のことなのだろう。医者の子は医者を目指して、サッカー選手の子はサッカー選手を目指す。

 よくあることだと思う。

 そして、それは苫小牧とまこまいも同じだったようで、


「私もね、両親がアスリートだったの。父親が体操の選手で、母親がフィギュアスケートの選手」

「へー、じゃあ、母親に憧れてスケートを始めた感じか」

「…………」


 苫小牧とまこまいは何も答えない。言いたくないことでもあるのかと勘ぐったが、如宮きさみやが料理を運んで来たので、話は一旦終了となった。

 相変わらず、僕の母親の姿をしていやがる。如宮きさみやは本当に悪趣味な奴だ。

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