003 『飛行するプリマ』

 次の日、五月二十一日。

 僕は学校を休み、朝一番に都内にあるスケートリンクを訪れていた。正確にはスケートリンクではなく、高校の隣に隣接りんせつされた総合運動施設だ。多分、ここも高校の施設の一部なのだろう。スポーツ推薦があるような高校では別に珍しいことではない。オリンピックに出場するような生徒が居るなら、尚更だ。

 スケートリンクでは、一人の女子が熱心に練習をしていた。他に人は一人もいない(貸し切り状態だ)。

 少し離れたところからでもその練習に対する姿勢や本気度は伝わってきた。

 氷の上を滑り、ターンをするたびに揺れるポニーテールがやたらを目を引く。


 僕はその練習が終わるまで待ってから、銀盤の女王に近付いた。

 近付いてから気が付いたのだが、苫小牧とまこまいは、異様に細かった。

 先日の如宮きさみやが変身した苫小牧とまこまいは、うちの高校の制服だったので気が付かなかったのだが、運動着だと身体のラインがよく分かる。

 アスリートなのだから、細いのは当然と言えば当然なのかもしれないが––––なんて言うか、少し心配になってしまうくらいの細さだ。

 細いと言うより、薄いって感じだ。

 風が吹いたら飛んでしまいそうなほどに。

 立っていることさえ、超絶バランスの上に成り立っているんじゃないかと錯覚さえしてしまう。

 苫小牧とまこまいは僕の姿に気が付くと、ムッと顔をしかめた。


「誰も入れるなって言ったのに」


 僕はその明らかな不満顔を無視し、彼女の背後に回る––––


「単刀直入に言う、僕も超能力を使うことが出来る」


 急に背後から声が聞こえたからだろうか、驚き顔で苫小牧とまこまいは振り返り、僕を値踏みするようにマジマジと見てきた。

 上から下まで。舐め回すように。


「……『瞬間移動テレポート』ってわけかしら?」


 苫小牧とまこまいは驚きの表情を浮かべつつも、現状––––すなわち目の前で起きた事象を瞬時に把握したようだ。

 話が早くて助かる。


「厳密には少し違うが、超能力者であるとシンプルに理解してもらうにはこれがいいと思った」

「なるほど、なるほど。私のジャンプの秘密も知ってるってわけね」

「ああ、知ってるよ」


 苫小牧とまこまい真彩のジャンプの対空時間が長いのは、単純にジャンプ力が優れているのではなく、飛んでいるのだ。文字通りの意味で、飛行している。


「まあ、正確には飛んでいるのではなく、宙に浮いてるだけだけどね」


 自由飛行は出来ないわ––––と苫小牧とまこまいは付け加えた。


「じゃあ、抱えてもらって空を飛行するという僕の夢はおじゃんになるわけか……」


 人間誰しも、一度は空を自由に飛んでみたいものだ。

 苫小牧とまこまいは未だ値踏みするようにこちら見ながら、


「そもそも浮けると言っても五十センチいくかいかないくらいだし、飛びたかったら空中にでもテレポートすればいいじゃない」

「だから、僕の超能力はテレポートじゃない」


 とは言え、そう見えるようにしたのは僕なのだから、誤解されるのは仕方がないことだ。外から見て僕の超能力が分かりにくい性質を持つ以上、そう見せるのが適切だと判断した。

 一発で分かるしね。

 コレと同じような事を如宮きさみやも初対面の僕にやったし、ある意味超能力者同士のファーストコンタクトとしては、定番なのかもしれない。


「それで? あなたは一体何をしに来たのかしら?」


 苫小牧とまこまいの問いに対し、僕は答える。

 先程と同じ、単刀直入に要件だけをズバリと。


「君をスカウトしに来た」


 僕はカバンから栢山かやま学園のパンフレットを取り出し、苫小牧とまこまいに手渡した。


「……なんて読むのかしら?」

「かやまだ」

「転校しろって言うわけ?」

「直接的に言えばそうなるな」


 苫小牧とまこまいはパンフレットをパラパラとめくってから、


「断るわ」


 と、まったく興味も見せないといった様子でスケートリンクに戻ろうとしたので、引き止める。


「一応、理由を聞いても?」


 苫小牧とまこまいは足を止め、面倒くさそうに、


「私、これでもオリンピック選手なの。ここの学校は自由に練習出来るスケートリンクがあって、授業にも出なくていい。その栢山かやま学園というのは同じような待遇をしてくれるのかしら?」


 確かにこの学校は都内でも有名なスポーツ推薦校で、苫小牧とまこまいのようなオリンピックに出場出来るような選手となれば、高待遇なのは当たり前だろう。

 個人使用出来るスケートリンクに、最新のフィットネスマシーンなんかも当然揃ってるだろうし、来る途中に酸素マシーンなんかも見かけた。

 一高校の設備としては、やり過ぎ感も否めないが、苫小牧とまこまいはオリンピック選手なのだ。トップアスリートなのだ。

 この待遇や、整った設備は当然と言えよう。苫小牧とまこまい真彩は特別だ。


 ただ、超能力はそれ以上に特別なのだ。


「最近、消費税が上がったのは、栢山かやま学園を運営するためなんだぜ」

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